中泉地区
徳川の天領を治めた中泉陣屋(中泉代官所)と中泉御殿、遠江国府ゆかりの国府台・府八幡宮、そして近代の駅前商業のまち。行政・交通・商業の記憶が重なる、磐田市の中心市街を含む地区です。
中泉は、磐田原台地の南縁に開けた町です。古代には遠江国府や国分寺・国分尼寺が置かれ、江戸時代には徳川家康ゆかりの中泉御殿・中泉代官所を置く天領となりました。明治の東海道線開通後は、磐田の玄関口として駅前商業が発展し、現在の磐田市中心部を形づくっています。国府、御殿、駅前 ── ひとつの町に重なる時代の層をたどることができます。このページは、その中泉の記憶をたどるための入口です。まずは三つの扉から、どうぞ。
はじめて中泉を読む方へ ── 三つの入口
国府・御殿・駅前が重なる、中泉という町の成り立ちをたどる総論。
遠江国府の守り神を祀る社に伝わる、県指定の楼門建築。
引札・浮世絵・古地図・絵葉書など約336点。紙片が伝える中泉の記憶。
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中泉地区に関係する読み物・特集・史料ページを、新着を上にして並べています。テーマ別に絞り込むこともできます。
表示中:169件
| No. | タイトル | テーマ | 概要 | 公開日 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 府八幡宮の鎮座地と天平通り | 沿革/社寺/記憶 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに鎮座地と天平通りを史料批判的に読み、確認できる事実… | |
| 2 | 府八幡宮の由緒をどう読むか | 沿革/社寺 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに由緒を史料批判的に読み、確認できる事実・由緒・推定… | |
| 3 | 府八幡宮の祭神を読む | 沿革/社寺 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに祭神を史料批判的に読み、確認できる事実・由緒・推定… | |
| 4 | 府八幡宮本殿の造営史 | 社寺/建物 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに本殿の造営史を史料批判的に読み、棟札・屋根材・修理… | |
| 5 | 桜井王と「桜井の里」 | 社寺/記憶 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに桜井王と「桜井の里」の伝承を史料批判的に読み、事実… | |
| 6 | 府八幡宮の中門 | 社寺/建物 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに中門の建築と境内での役割を史料批判的に整理する。 | |
| 7 | 府八幡宮の末社群 | 社寺 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに境内の末社群を読み、祭神・配置・地域信仰の層を整理… | |
| 8 | 府八幡宮の社殿彫刻 | 社寺/建物 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに社殿彫刻を史料批判的に読み、意匠・配置・造営との関… | |
| 9 | 府八幡宮の社務所と境内運営 | 沿革/社寺 | 『府八幡宮ものがたり』をもとに社務所を読み、祭祀・文書管理・参拝者対応を支える境… | |
| 10 | 府八幡宮の境内景観はどう変わったか | 社寺/記憶 | 江戸後期・昭和初期・現在の境内を、絵図・写真・配置図から比較し、建物・樹木・参道… | |
| 11 | 府八幡宮の大場家 ── 大禰宜・神仏習合・大場重光 | 沿革/社寺 | 府八幡宮に代々仕えた大場家を、大禰宜、秋鹿家との役割分担、食い違う2種類の系図、… | |
| 12 | 府八幡宮神主・秋鹿家 ── 地頭・神職・代官の系譜 | 沿革/社寺 | 府八幡宮の神主を世襲した秋鹿家を、出雲起源の由緒、建武期の地頭職、朱印高250石… | |
| 13 | 府八幡宮の奉納絵馬 ── 祈りと町の絵画史 | 沿革/社寺 | 府八幡宮に伝わる45面の絵馬を、富士の巻狩、寛永期の絵馬、秋鹿神主寄進の6面、二… | |
| 14 | 府八幡宮の社宝と棟札 ── 物から読む神社史 | 沿革/社寺 | 府八幡宮に伝わる獅子頭、王舞面、神像、和鏡、棟札を、神仏習合・祭礼・造営の記録と… | |
| 15 | 府八幡宮の神宮寺と神仏分離 ── 境内にあった寺 | 沿革/社寺 | 府八幡宮境内にあった神宮寺、本地堂、阿弥陀三尊、神宮寺僧、慶応4年の神仏判然令と… | |
| 16 | 府八幡宮の鳥居講 ── 安政地震からの再建 | 社寺/記憶 | 安政東海地震で倒壊した府八幡宮石鳥居を、17人の鳥居講が講金・貸付・石材輸送によ… | |
| 17 | 府八幡宮境内を物から歩く ── 建築・石造物・末社 | 社寺/建物 | 楼門、本殿、石灯籠、狛犬、手水鉢、東照宮と末社をたどり、境内の物が伝える造営・奉… | |
| 18 | 中泉御殿と天領中泉 ── 徳川直轄地の統治 | 沿革/建物 | 中泉御殿の成立と機能、徳川直轄地(天領)としての中泉の統治構造、代官支配と町場の… | |
| 19 | 遠江国府と府八幡宮 ── 「国府」を名のる土地の千三百年 | 沿革/社寺/記憶 | 遠江国府の所在をめぐる諸説と、府八幡宮・国府台という地名、総社との関係を、史料と… | |
| 20 | 遠江国分寺 ── 古代地方の大寺と伽藍 | 社寺/建物/記憶 | 遠江国分寺の造営の背景、伽藍構造、発掘調査でわかること、古代磐田の位置づけを、特… | |
| 21 | なぜ見付ではなく中泉に駅ができたのか ── 鉄道忌避伝説を検証する | 沿革/交通 | 東海道線の駅が見付でなく中泉に置かれた理由をめぐる「鉄道忌避伝説」を、地形・勾配… | |
| 22 | 風祭山福王寺 ── 国府の丘に残る千年の寺史 | 沿革/社寺 | 風祭山福王寺の創建伝承と近世の寺史を、国府台・城之崎の地理と結びつけ、寺伝・伝承… | |
| 23 | 遠江四十九薬師霊場と庶民の信仰 | 沿革/社寺 | 遠江四十九薬師霊場の成立と巡礼、薬師信仰、絵馬・巡礼・木喰上人を通じた庶民信仰を… | |
| 24 | 土器塚古墳「丸山」 ── 国府台に残る円墳を読む | 沿革/記憶 | 中泉・国府台に残る直径36mの円墳・土器塚古墳(通称「丸山」)の規模・構造・年代… | |
| 25 | 磐田駅前・中泉の近代商業 ── 駅の開業が変えた町 | 沿革/交通 | 中泉駅(現磐田駅)の開業が中泉の町・商業をどう組み替えたかを、駅前商業の形成から… | |
| 26 | 前島密と中泉 ── 郵便制度の父が遠江に残したもの | 沿革 | 郵便制度の父・前島密と中泉(中泉奉行)との関わりを、全国的名声と在任実態の落差に… | |
| 27 | 林鶴梁 ── 幕末の漢学者と中泉代官所 | 沿革 | 幕末の漢学者・名文家である林鶴梁の生涯と中泉代官所での仕事を、確実な生没年を史実… | |
| 28 | 府八幡宮楼門 ── 遠江国府の記憶を継ぐ社殿建築 | 社寺/建物 | 府八幡宮の楼門(県指定)の建築と造営年代を、指定上の時代区分と伝わる建立年紀を確… | |
| 29 | 青山士 ── パナマ運河と信濃川に生きた磐田の技術者 | 沿革 | 中泉出身の土木技術者・青山士の生涯と郷里との関わりを、パナマ運河従事や大河津分水… | |
| 30 | 堀越氏延の鰐口 ── 見付端城主が寄進した金属の証言 | 沿革/社寺 | 大永2年(1522年)銘の鰐口を寄進した見付端城主・堀越氏延を、鰐口の銘文四行を… | |
| 31 | 磐田駅に残る旧中泉駅の記憶 ── 駅舎・ホーム・跨線橋を読む | 沿革/交通/建物 | 磐田駅(旧中泉駅)に残る駅舎・ホーム・跨線橋の鋳鉄柱などの鉄道遺構から、駅そのも… | |
| 32 | 境松の門前町 ── 東海道の立場と饅頭屋のあった風景 | 沿革/交通/記憶 | 境松の門前町(東海道の立場・饅頭屋のあった風景)と、遠江国分寺門前と街道が交わる… | |
| 33 | 青山宙平 ── 中泉停車場を招いた実業家 | 沿革/交通 | 中泉停車場(中泉駅)の誘致に尽力したと伝わる実業家・青山宙平を、停車場開業を史実… | |
| 34 | 記録が消えた理由 ── 東海道が国分寺の前を通らなくなった道 | 沿革/社寺/交通 | 遠江国分寺の記録が中世に途絶えた理由を、東海道の付け替えという「動線説」と「衰退… | |
| 35 | 講堂が倒れた日 ── 治安2年の大風と国分寺の嘆願 | 沿革/社寺 | 治安2年(1022年)の大風で遠江国分寺の講堂が倒れ太政官へ嘆願がなされた出来事… | |
| 36 | 中泉代官と薬師堂の再興 ── 中野七蔵・高室昌重と憲能和尚 | 沿革/社寺 | 中泉代官(中野七蔵・高室昌重)と憲能和尚による遠江国分寺薬師堂の再興を、器・中身… | |
| 37 | 鎌倉時代の遠江国分寺 ── 釈迦から薬師へ、本尊が変わるとき | 沿革/社寺 | 鎌倉時代の遠江国分寺で本尊が釈迦如来から薬師如来へ変わった過程と意味を、承元3年… | |
| 38 | 明治の廃寺 ── 上知令と遠江国分寺の断絶 | 沿革/社寺 | 明治の上知令などの近代政策によって遠江国分寺が廃寺・断絶した経緯を、制度・災害・… | |
| 39 | 卵塔墓が語る260年 ── 国分寺住職たちの墓碑を読む | 沿革/社寺 | 遠江国分寺の歴代住職の卵塔墓(墓碑)の紀年銘から、近世約260年の寺の歴史を復元… | |
| 40 | 遠江国分寺とは何か ── 古代遠江の中心寺院と伽藍の空間論 | 沿革/社寺/記憶 | 奈良時代に磐田に置かれた遠江国分寺を、国家の祈りと地方支配の巨大空間として、伽藍… | |
| 41 | 府八幡宮と遠江国府の記憶 ── 国府・国分寺・総社を結ぶ中泉の空間 | 沿革/社寺/記憶 | 中泉の府八幡宮を、遠江国府・国分寺跡・御殿二之宮遺跡・淡海國玉神社・神宮寺跡と結… | |
| 42 | 中泉代官所と天領の統治 ── 御殿と代官所を分けて読む | 沿革/記憶 | 中泉に置かれた中泉代官所を、徳川家康の中泉御殿と天領を治めた代官所に腑分けし、林… | |
| 43 | 二之宮はなぜ中泉と一つになったか ── 明治の合併と鹿苑神社 | 沿革/社寺/記憶 | 二ノ宮村が1889年に中泉町へ合併した経緯を、町村制・郡の枠組みから、合併年代を… | |
| 44 | アキザキヤツシロランを読む ── 社寺林が守った腐生植物の生態と記憶 | 社寺/記憶 | 中泉・城之崎の福王寺境内に群生するアキザキヤツシロラン(腐生植物)を、天然記念物… | |
| 45 | 遠江国府はどこにあったのか ── 所在地諸説を対等に読む | 沿革/記憶 | 古代遠江の政務を執った国府がいまの磐田のどこにあったかを、御殿・二之宮遺跡説、国… | |
| 46 | 森本善苗尼と近藤文六 ── 昭和の国分寺復興を担った人びと | 社寺 | 遠江国分寺(薬師堂)の昭和の復興を、森本善苗尼と近藤文六という二人の事績から、寄… | |
| 47 | 中泉御殿の史実 ── 家康の鷹狩り・秋鹿家・大池を資料で読む | 沿革/記憶 | 中泉御殿を、家康の鷹狩りの拠点・秋鹿家・大池・絵図と発掘という史料から、記載を史… | |
| 48 | 中泉の成り立ち ── 陣屋・御殿から磐田市への沿革 | 沿革/記憶 | 中泉地区の成り立ちを、中泉陣屋・中泉御殿から中泉町・磐田町・磐田市・平成の合併ま… | |
| 49 | 府八幡宮の楼門と杜 ── 建築と社叢が伝える信仰の記憶 | 社寺/記憶 | 中泉・府八幡宮の楼門(県指定文化財)と社叢(杜)を、建築と自然・景観の記憶として… | |
| 50 | 中泉の山車引き廻しを読む ── 祭礼が編む町の秩序と記憶 | 社寺/祭り/暮らし | 中泉地区の山車の引き廻しを、祭礼という装置が町の秩序と記憶をどう編むかという視点… | |
| 51 | 遠江国分寺史跡公園を読む ── 遺跡を保存し活用する場の論理 | 社寺/記憶 | 遠江国分寺跡(特別史跡)の史跡公園を、遺跡を保存し活用する場として、指定・整備の… | |
| 52 | 開莚楼跡を読む ── 中泉の料亭が映した近代のにぎわい | 暮らし/記憶 | 中泉の開莚楼(かいえんろう)跡を、近代のにぎわいを映した料亭・会合の場として、確… | |
| 53 | 善導寺の大樟を読む ── 一本の樟が刻む寺と土地の時間 | 社寺/記憶 | 善導寺の大樟(おおくす)を、寺と土地の時間を刻む巨樹として、指定・現状を史実、樹… | |
| 54 | 遠江国司の人々 ── 磐田の国府に赴任した官人たち | 沿革 | 遠江国府に都から赴任した国司たちを、桜井王・藤原俊成らの事績と守介掾目の四等官制… | |
| 55 | 令和の薬師堂移築 ── 国分寺奉賛会と二度目の史跡公園 | 社寺/記憶 | 令和4年(2022年)の遠江国分寺薬師堂の移築を、国分寺奉賛会の営みと二度目の史… | |
| 56 | 府八幡宮大祭を読む ── 例大祭が編む中泉の一年と秩序 | 社寺/祭り/暮らし | 中泉・府八幡宮の大祭(例大祭)を、祭礼が中泉の一年と町の秩序をどう編むかという視… | |
| 57 | 天御子神社のヤマモモを読む ── 市街に残る鎮守の社叢と巨木 | 社寺/記憶 | 中央町・旧磐田町の市街地に残る天御子神社のヤマモモ(市指定天然記念物)と社叢を、… | |
| 58 | 福王寺のクロバイを読む ── 社寺林が守った希少樹と土地の記憶 | 社寺/記憶 | 城之崎・福王寺境内のクロバイ(市指定天然記念物)を、社寺林が守った希少樹として、… | |
| 59 | 福王寺のケヤキを読む ── 参道の巨木が刻む社寺林の時間 | 社寺/記憶 | 城之崎・福王寺のケヤキ(市指定天然記念物)を、参道木・社寺林の巨木として、指定・… | |
| 60 | 遠江国分寺の千年 ── 創建から令和の移築までを総合する | 沿革/社寺/記憶 | 遠江国分寺の創建・本尊交代・中世的再編・近世の薬師堂再興・明治の廃寺・昭和の復興… | |
| 61 | 中泉代官と天領支配を総合する ── 御殿・陣屋・代官所が治めた土地 | 沿革/記憶 | 中泉御殿・中泉代官所・中泉代官と薬師堂再興を扱った各論を横断し、御殿(将軍の拠点… | |
| 62 | 古代の磐田を総合する ── 国府・国分寺・国司が結ぶ遠江の中心 | 沿革/記憶 | 遠江国府・国分寺・国司・府八幡宮を扱った各論を横断し、古代の磐田がなぜ遠江国の中… | |
| 63 | 遠江国司の人々 ── 磐田の国府に赴任した官人たち | 万葉集に歌を残した桜井王、千載和歌集の撰者・藤原俊成。守・介・掾・目の四等官制か… | ||
| 64 | 磐田駅に残る旧中泉駅の記憶 ── 駅舎・ホーム・跨線橋柱から読む駅そのものの歴史 | 交通/建物/暮らし/記憶 | 1889年に中泉駅として開業し、1942年に磐田駅へ改称された現在のJR磐田駅を… | |
| 65 | 中泉陣屋と、町を支えた二人の代官 - 伊奈忠次と林鶴梁から読む | 暮らし/記憶 | 大石浩之の磐田土地記憶録 第5回。中泉陣屋を、伊奈忠次の土地整備と林鶴梁の災害救… | |
| 66 | 府八幡宮・楼門・杜に残る信仰と文化の記憶 | 社寺/祭り/暮らし/記憶 | 中泉地区の府八幡宮・楼門・杜(自然・遊歩道)を、自然・景観の記憶として読み直す。… | |
| 67 | 府八幡宮大祭に残る信仰と文化の記憶 | 社寺/祭り/記憶 | 中泉地区の府八幡宮大祭を、文化・信仰の記憶として読み直す。場所、資料から確認でき… | |
| 68 | 中泉地区の山車の引き廻しに残る信仰と文化の記憶 | 社寺/祭り/暮らし/記憶 | 中泉地区の中泉地区の山車の引き廻し(府八幡宮大祭・鹿苑神社祭典・白山神社祭典)を… | |
| 69 | 遠江国分寺史跡公園を地域の記憶として読む | 社寺/記憶 | 中泉地区の遠江国分寺史跡公園を、歴史・史跡の記憶として読み直す。場所、資料から確… | |
| 70 | 開莚楼跡を地域の記憶として読む | 社寺/暮らし/記憶 | 中泉地区の開莚楼(かいえんろう)跡を、歴史・史跡の記憶として読み直す。場所、資料… | |
| 71 | 善導寺の大樟と自然と土地の記憶を読む | 社寺/記憶 | 中泉地区の善導寺の大樟(クス)を、自然・景観の記憶として読み直す。場所、資料から… | |
| 72 | 今ノ浦川と自然と土地の記憶を読む | 暮らし/記憶 | 中泉地区の今ノ浦川(中川、今之浦川)を、自然・景観の記憶として読み直す。場所、資… | |
| 73 | 相撲場のある上野公園と自然と土地の記憶を読む | 暮らし/記憶 | 中泉地区の相撲場のある上野公園を、自然・景観の記憶として読み直す。場所、資料から… | |
| 74 | 青山 士の足跡を読む | 社寺/交通/学校/暮らし/記憶 | 中泉地区の青山 士 (あおやま あきら)を、人物・地域の記憶の記憶として読み直す… | |
| 75 | 磐田市唯一の酒造所から産業の記憶を読む | 暮らし/記憶 | 中泉地区の磐田市唯一の酒造所を、産業・なりわいの記憶として読み直す。場所、資料か… | |
| 76 | 蚊帳の生産から産業の記憶を読む | 暮らし/記憶 | 中泉地区の蚊帳(かや)の生産を、産業・なりわいの記憶として読み直す。場所、資料か… | |
| 77 | 青山宙平の足跡を読む | 社寺/交通/暮らし/記憶 | 中泉地区の青山宙平(あおやまちゅうへい)を、人物・地域の記憶の記憶として読み直す… | |
| 78 | 前島 密の足跡を読む | 社寺/暮らし/記憶 | 中泉地区の前島 密(まえじまひそか)を、人物・地域の記憶の記憶として読み直す。場… | |
| 79 | 林 鶴梁の足跡を読む | 社寺/暮らし/記憶 | 中泉地区の林 鶴梁(はやしかくりょう)を、人物・地域の記憶の記憶として読み直す。… | |
| 80 | 平氏と遠江国司 ── 平重盛の一族と磐田 | 社寺 | 平重盛の遠江国司就任を軸に、蓮光寺・連城寺・熊野御前へ残る平氏の記憶を、政治史と… | |
| 81 | 風祭山福王寺 ── 国府の丘と江月堂に残る千年の寺史 | 沿革/社寺/学校/記憶 | 城之崎の古刹・風祭山福王寺を、寺史年表、案内資料、江月堂展示目録、資料館常設展示… | |
| 82 | 野口在色と磐田の俳諧 ── 松尾芭蕉に連なった中泉の俳人 | 暮らし | 中泉に生きた江戸前期の俳人・野口在色。松尾芭蕉との交流、青楓亭撰集『歌仙紅葉』、… | |
| 83 | 秋鹿氏という土地の記憶|大石浩之の磐田土地記憶録 第3回 | 暮らし/記憶 | 中泉の地頭・府八幡宮の神職であった秋鹿氏。天正元年(1573)に屋敷を家康に献上… | |
| 84 | 資料で読む中泉御殿の史実 - 家康の鷹狩り・秋鹿家・大池 | 沿革/記憶 | 企画展資料をもとに、中泉御殿の用途、秋鹿家、大池、鷹狩り、絵図・公図・発掘の史実… | |
| 85 | 中泉の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字 | 沿革 | 中泉地区の沿革年表・旧町村と大字の対応・現在の学校区と主な大字をまとめた資料ペー… | |
| 86 | 家康はなぜ見付ではなく中泉を選んだのか|大石浩之の磐田土地記憶録 第2回 | 暮らし/記憶 | 徳川家康はなぜ見付ではなく中泉を拠点として選んだのか。水・天竜川・今之浦・東海道… | |
| 87 | 見付と中泉、二つの中心から磐田へ - 街道の町と鉄道の町が統合されるまで | 沿革/交通 | 見付と中泉が、1940年の磐田町成立と1942年の磐田駅改称を経て一つの都市イメ… | |
| 88 | なぜ見付ではなく中泉に駅ができたのか - 鉄道忌避伝説と地形の制約 | 交通/記憶 | 明治22年開業の中泉駅は、なぜ見付ではなく中泉に置かれたのか。鉄道忌避伝説を地形… | |
| 89 | 磐田市の旧映画館を歩く — 見付・中泉から郊外型シネコンまで | 交通/建物/暮らし/記憶 | 見付・中泉・掛塚・福田・豊浜にあった芝居小屋と映画館の記憶を、駅前、商店街、テレ… | |
| 90 | 磐田市の閉鎖したボウリング場を読む — 日活ゴールデンハイツと磐田グランドボウル | 交通/建物/暮らし/記憶 | 三ヶ野の日活ゴールデンハイツと中野の磐田グランドボウルを手がかりに、ボウリングブ… | |
| 91 | 磐田駅貨物・工場引込線・専売公社側線 ── 1996年まで残った専用線 | 交通 | 1958年、磐田駅には専売公社・遠州西石油・磐田製材・富士製粉の4社が専用線を持… | |
| 92 | 中泉御殿と関ヶ原の戦い ── 家康滞在記録をたどる | 記憶 | 慶長5年6月21日、家康は三河吉田からその夜のうちに中泉御殿へ入った。家康の側近… | |
| 93 | 遠江国分尼寺 ── 語られてこなかった、もうひとつの国家寺院 | 社寺 | 国分寺の北、行泉寺北側に眠るとされる遠江国分尼寺。講堂跡・版築基壇の発掘事実と、… | |
| 94 | 古代東海道と駅家 ── 律令が定めた、もう一つの東海道 | 交通 | 延喜式が記録した遠江国の栗原駅。律令の駅制度と、国府磐田を通った古代の官道をたど… | |
| 95 | 磐田駅から消えた二つの鉄路 ── 中泉軌道と光明電気鉄道 | 交通/記憶 | 磐田駅、かつての中泉駅を起点に、天竜川水運と地域の産業を支えようとした中泉軌道と… | |
| 96 | 中泉軌道とは何だったのか ── 天竜川水運と磐田駅を結んだ細い鉄路 | 交通 | 1909年に中泉停車場から池田橋方面へ開通した中泉軌道。天竜川水運と東海道本線を… | |
| 97 | 旧東海道を走った軌道 ── 中泉軌道のルートと松並木の記憶 | 交通/記憶 | 中泉駅付近から旧東海道、一言橋、森下、池田橋へ。中泉軌道が通ったとされるルートを… | |
| 98 | 光明電気鉄道の夢 ── 見付と二俣を結ぼうとした高速電車 | 交通 | 新中泉から見付、岩田、上野部を経て二俣町へ。地方鉄道として異例の電化規格を持った… | |
| 99 | 光明電鉄19駅一覧 ── 新中泉から二俣町までをたどる | 史料/交通 | 光明電気鉄道の停留所を含む19駅を、新中泉からの距離とともに一覧表にまとめる。現… | |
| 100 | いま残る光明電鉄の痕跡 ── 平松駅、二俣口、トンネル、マンホール | 交通/記憶 | 平松駅跡のホーム跡、二俣口駅跡と阿蔵トンネル、駅前で見つかった光明電鉄のマンホー… | |
| 101 | 久根鉱山、木材、天竜川 ── 鉄道が運ぼうとしたもの | 交通/暮らし/記憶 | 天竜川の水運、久根鉱山の鉱石輸送、木材と地域産品。中泉軌道と光明電気鉄道が支えよ… | |
| 102 | なぜ鉄路は消えたのか ── バス、三信鉄道、過剰投資の時代 | 交通 | 自動車輸送の普及、三信鉄道の整備による鉱山輸送ルートの変化、重い設備投資。中泉軌… | |
| 103 | 中泉軌道の会社史 ── 地域資本が敷いた5.8kmの人車軌道 | 交通/暮らし | 1907年の株式会社中泉軌道設立、地域有力者による発起、資本金5万円、人車軌道と… | |
| 104 | 車丁が押した鉄路 ── 中泉軌道の人車・馬力運行と旅客利用 | 交通/暮らし | 軌間762mmの人車軌道、車丁による2人がかりの手押し運行、貨物と旅客の輸送実態… | |
| 105 | 中泉駅北の歴史地層 ── 御林・赤煉瓦・中泉御殿のそばを通った軌道 | 交通/記憶 | 中泉軌道が抜けた磐田駅北一帯に重なる、御林、赤煉瓦、中泉御殿の堀跡、大乗院坂の記… | |
| 106 | 廃線後の中泉軌道 ── 遠足・祭り・石碑に残った細い鉄路 | 交通/記憶 | 1930年の営業休止と1932年の全線廃止のあと、軌道敷が遠足コースや祭りの巡行… | |
| 107 | 「秀吉に配慮した城」の正体 ── 中泉御殿との混同を解く | 記憶 | 秀吉配慮説は城之崎城ではなく中泉御殿に対応する話ではないか。1580年代に造営さ… | |
| 108 | 国分寺ものがたり ── 天平の寺はどう生き続けたか(特集・全12ページ公開) | 沿革/社寺/記憶 | 遠江国分寺跡に隣接する薬師堂を軸に、平安中期の講堂倒壊から令和4年の移築落慶まで… | |
| 109 | 講堂が倒れた日 ── 治安2年の大風と太政官への嘆願 | 社寺/記憶 | 治安2年(1022年)の大風で倒壊した遠江国分寺講堂。太政官への修復申請と勘査の… | |
| 110 | 鎌倉時代の国分寺 ── 釈迦から薬師へ、本尊が変わるとき | 社寺/記憶 | 建久2年の源頼朝による国分二寺修造令と、承元3年の「薬師堂」表記の史料から、本尊… | |
| 111 | 記録が消えた理由 ── 東海道と国分寺の前を通らなくなった道 | 沿革/記憶 | 鎌倉・室町期の紀行文に国分寺が登場しない理由を、中世東海道のルート変更と発掘成果… | |
| 112 | 堀越氏延の鰐口 ── 大永2年、見付端城主の寄進 | 社寺 | 大永2年(1522年)、見付端城主・堀越氏延が国分寺薬師堂に奉納した鰐口。現存す… | |
| 113 | 中泉代官と薬師堂の再興 ── 中野七蔵・高室昌重と憲能和尚 | 沿革/社寺 | 元亀3年の焼失を経て、江戸初期の中泉代官・中野七蔵と高室昌重による本堂再建と、初… | |
| 114 | 卵塔墓が語る260年 ── 国分寺住職たちの墓碑を読む | 社寺/記憶 | 江戸初期から明治初期まで14基の墓塔が伝える国分寺住職たちの歩みと、寺子屋を開い… | |
| 115 | 遠江四十九薬師霊場と庶民の信仰 ── 絵馬・巡礼・木喰上人 | 社寺/記憶 | 遠江四十九薬師霊場第一番札所としての国分寺薬師堂。享保期に始まった霊場巡りと、病… | |
| 116 | 境松の門前町 ── 東海道の立場と饅頭屋のあった風景 | 沿革/記憶 | 見付と中泉の境にあたる境松。東海道の立場として栄えた門前町の家並みと、饅頭屋・鍛… | |
| 117 | 明治の廃寺 ── 上知令と国分寺の断絶 | 社寺/記憶 | 明治の上知令による寺社領没収と、最後の住職の死去による廃寺。無住職・無檀家となっ… | |
| 118 | 森本善苗尼と近藤文六 ── 昭和の国分寺復興 | 社寺 | 廃寺から80年、境松の招請で入寺した森本善苗尼と、それを支えた近藤文六。昭和17… | |
| 119 | 令和の薬師堂移築 ── 国分寺奉賛会と2度目の史跡公園 | 社寺/記憶 | 国分寺奉賛会の歩みと、令和4年の薬師堂移築落慶までの経緯。史跡公園整備が進む現在… | |
| 120 | 磐田駅前・中泉の近代商業 ── 中泉駅開業から「天平のまち」まで | 交通/記憶 | 明治22年の中泉駅開業から、見付との合併・磐田駅への改称、駅舎の変遷、令和の複合… | |
| 121 | 旧東海道と国道1号・県道の主役交代 ── 磐田バイパスが変えた道の地図 | 交通/記憶 | 見付の旧東海道が国道1号として拡幅され、渋滞に悩んだ末に磐田バイパスへ主役を譲る… | |
| 122 | 府八幡宮例大祭 二十町の山車 | 祭り | 府八幡宮例大祭の二十町の山車を、一覧、成立史、二輪・四輪、町内役職、八朔集会、引… | |
| 123 | 府八幡宮例大祭 山車祭りの近代史 | 祭り | 明治2年、明治33年、明治36年、明治42年、大正4年、大正5年の記録から、府八… | |
| 124 | 府八幡宮例大祭 命魚奉献の儀 | 祭り | 府八幡宮例大祭の命魚奉献の儀を、淡海國玉神社、国司役、御清水、府八幡宮との関係か… | |
| 125 | 府八幡宮例大祭 神事の詳細 | 祭り | 府八幡宮例大祭の浜垢離、祭典委員会、神輿巡行の役列、前夜祭から御幣返しまでを資料… | |
| 126 | 国司参拝行列 ── 古代の都市を、いまの街に歩く | 祭り | 遠江国分寺まつりの国司参拝行列を、磐田駅北口、府八幡宮、遠江国分寺跡を結ぶ動線か… | |
| 127 | いくつもの時代が重なる ── 天平・戦国・現代が出会う祭り | 祭り | 遠江国分寺まつりを、天平の国司行列・万葉歌会、戦国の酒井の太鼓、蹴鞠と現代スポー… | |
| 128 | 史跡から夜市へ ── まちをめぐる、もう一つの動線 | 祭り | 遠江国分寺まつりと連動するいわた駅前夜市を、史跡公園から駅前へ人の流れを戻す市街… | |
| 129 | 府八幡宮例大祭【特集】 | 祭り | 府八幡宮例大祭を、二十町の山車、浜垢離から御幣返しまでの神事、年中行事から読む親… | |
| 130 | 遠江国分寺まつり【特集】 | 祭り | 遠江国分寺まつりを、国司参拝行列、酒井の太鼓、万葉歌会、蹴鞠、駅前夜市から読む親… | |
| 131 | 遠江国府はどこにあったのか ── 古代遠江の政治の中心をめぐって | 記憶 | 役所=国府はいまの磐田のどこにあったのか。所在地の諸説、総社・府八幡宮との関係、… | |
| 132 | 府八幡宮楼門 ── 遠江国府の記憶を受け継ぐ中泉で、神社建築と町の中心性を同時に語る楼門 | 社寺/記憶 | 県指定・建造物。中泉に伝わる文化財を、公式指定情報と中泉地区の地域史から読み直す… | |
| 133 | 土器塚古墳 ── 中泉・国府台に残る直径36mの円墳、通称「丸山」 | 社寺/記憶 | 磐田市中泉・国府台に残る土器塚古墳。直径36m・高さ5mの円墳で、通称「丸山」。… | |
| 134 | 善導寺大クス ── 寺の境内に立つ老樹を、中泉のまちが重ねてきた時間の目印として読む | 暮らし/記憶 | 県指定・天然記念物。中泉に伝わる文化財を、公式指定情報と中泉地区の地域史から読み… | |
| 135 | 澄水山古墳 ── 磐田農業高校に残る古墳から、台地縁辺の首長墓を読む | 記憶 | 市指定・史跡。中泉・磐田農業高校内の古墳を、公式指定情報と中泉地区の地域史から読… | |
| 136 | アキザキヤツシロラン群生地 ── 福王寺の林床に生きる腐生植物と社寺林 | 社寺/記憶 | 市指定・天然記念物。福王寺境内の稀少植物群生地を、公式指定情報と中泉地区の地域史… | |
| 137 | 天御子神社のヤマモモの木 ── 中央町の鎮守に育つ平地最大級のヤマモモ | 社寺/記憶 | 市指定・天然記念物。中央町・天御子神社のヤマモモを、公式指定情報と地域史から読み… | |
| 138 | 福王寺のケヤキ ── 城之崎の古刹に立つ平地最大級のケヤキ | 社寺/記憶 | 市指定・天然記念物。福王寺境内のケヤキを、公式指定情報と中泉地区の地域史から読み… | |
| 139 | 福王寺のクロバイ ── 染めの媒染に使われた常緑樹と境内の植生 | 社寺/記憶 | 市指定・天然記念物。福王寺境内のクロバイを、公式指定情報と中泉地区の地域史から読… | |
| 140 | 静岡県立磐田農業高等学校記念館 ── 中泉に移った農業教育と登録文化財の校舎 | 記憶 | 国登録・有形文化財。磐田農業高校記念館を、登録制度の説明とともに中泉地区の近代教… | |
| 141 | 映画『お別れの歌』と磐田の風景 | 記憶 | 磐田市内で撮影された映画『お別れの歌』を、今の磐田が映像として残された文化的出来… | |
| 142 | 磐田タイムトラベル地図 | 地図/社寺/祭り/交通/記憶 | 古墳、遠江国府、国分寺、見付宿、祭礼、湊、学校を固定SVG地図と時代別カードでた… | |
| 143 | 磐田の地名をたどる | 沿革/社寺/交通/記憶 | 見付、国府台、中泉、二之宮、鎌田、御厨など、磐田の地名に残る国府・街道・水・信仰… | |
| 144 | 磐田郡という広がり ── 旧磐田市の外側にあった村々 | 沿革/記憶 | 古代の郡、明治の郡制、昭和の編入合併をつなぎ、旧磐田市の外側にあった村々を整理す… | |
| 145 | 古地図に村の名を探す ── 戸別明細図と旧高帳の読み合わせ | 地図/沿革/記憶 | 旧高帳、戸別明細図、現在の公図を読み合わせ、消えた村名や字名を調べる方法を整理す… | |
| 146 | 旧磐田市の成り立ち ── 村から町、町から市へ | 沿革/記憶 | 江戸期の村名、町村制、磐田町成立、市制施行、2005年合併までを地名の記憶として… | |
| 147 | 遠江国分寺とは何か ── 国家が地方に置いた巨大施設 | 社寺 | 遠江国分寺とは何か。天平13年の国分寺建立の詔、聖武天皇と鎮護国家、正式名・全国… | |
| 148 | なぜ磐田に国分寺が置かれたのか | 社寺 | なぜ遠江国分寺は磐田に置かれたのか。遠江国府との関係、磐田原台地の南縁という立地… | |
| 149 | 遠江国分寺の伽藍を読む | 社寺 | 遠江国分寺の伽藍を読む。金堂・七重塔・講堂・中門・回廊・僧坊の役割と、磐田で発掘… | |
| 150 | 金堂とは何か | 社寺 | 遠江国分寺の金堂とは何か。本尊を安置する伽藍の中心建物の意味と役割を、確認された… | |
| 151 | 七重塔とは何か | 社寺 | 遠江国分寺の七重塔とは何か。仏舎利信仰と国分寺における塔の象徴性、古代の磐田にそ… | |
| 152 | 講堂とは何か | 社寺 | 遠江国分寺の講堂とは何か。僧侶が経典を学び教えを説く学びの場としての役割を、祈り… | |
| 153 | 回廊と中門 ── 伽藍を囲む空間 | 社寺 | 遠江国分寺の回廊と中門とは何か。伽藍を囲む空間構造と聖域の境界、中門から入る意味… | |
| 154 | 僧坊と寺院の日常 | 社寺 | 遠江国分寺の僧坊と寺院の日常とは何か。僧侶の生活空間と、食事・学び・修行・維持管… | |
| 155 | 遠江国分寺の瓦を読む | 社寺 | 遠江国分寺の瓦を読み解きます。屋根材であり国家事業の痕跡でもある瓦。軒丸瓦・軒平… | |
| 156 | 遠江国分寺 年表 | 社寺 | 遠江国分寺の歩みを年表でたどります。奈良時代の建立の詔から、七重塔の火災、衰退、… | |
| 157 | 遠江国分寺が人々の暮らしをどう変えたか | 社寺 | 遠江国分寺は人々の労働と暮らしの上に成り立っていました。木を伐り、土を運び基壇を… | |
| 158 | 遠江国分寺を歩く | 社寺 | 現在の遠江国分寺跡周辺を歩く案内。JR磐田駅北口から天平通り、市役所北の史跡公園… | |
| 159 | 遠江国分寺を復興できないか | 社寺 | 遠江国分寺を復興できないか。失われた建物を再建することではなく、古代遠江の中心だ… | |
| 160 | 遠江国分寺を読むための用語集 | 社寺 | 国分寺・伽藍・金堂・七重塔・基壇・木装基壇・瓦窯・復元と復興など、遠江国分寺の記… | |
| 161 | 府八幡宮と遠江国府の記憶 | 沿革/社寺/祭り/建物 | 磐田市中泉の府八幡宮を、遠江国府・遠江国分寺跡・絵馬・社宝・棟札・氏子区域・例大… | |
| 162 | 国府台と府八幡宮 ──「国府」を名のる土地の千三百年 | 沿革/社寺/記憶 | 遠江国府、国分寺、府八幡宮、御殿二之宮遺跡を接続し、国府台という地名の層を読む。 | |
| 163 | 中泉御殿のあった町 ── 天領を治めた中泉 | 沿革/建物/記憶 | 中泉御殿、中泉代官所、前島密、磐田駅をつなぎ、天領を治めた中泉の地域史を読む。 | |
| 164 | 二之宮はなぜ中泉と一つになったか ── 明治の合併と鹿苑神社 | 沿革/社寺/記憶 | 二ノ宮村、遠江二宮、鹿苑神社、町村制を結び、二之宮が中泉と一体化した地名史を読む… | |
| 165 | 中泉の生い立ち | 沿革/交通/記憶 | 中泉を、遠江国府・国分寺、中泉御殿・代官所、中泉駅から磐田駅前へ続く三層の中心地… | |
| 166 | 中泉代官所と、徳川の天領を治めたまち | 沿革/記憶 | 遠江・三河の天領を治めた中泉陣屋(代官所)。 | |
| 167 | 御殿・二之宮遺跡と、二つの時代が眠る原 | 記憶 | 御殿跡と古代の遺跡が重なる二之宮の原。 | |
| 168 | 遠江国分寺跡と、古代磐田のはじまり | 社寺/記憶 | 国の特別史跡・遠江国分寺跡。 | |
| 169 | 遠江国分寺とは何か ── 古代遠江の中心寺院 | 社寺/記憶 | 奈良時代に置かれた遠江国分寺の特集。 |
どこから読むか迷ったら ── 時間の道しるべ
時代の流れに沿って読みたい方は、この順でどうぞ。
歩いて出会える記憶 ── 中泉の主な文化財・史跡
読み物でたどった記憶の多くは、いまも町のあちこちに形として残っています。『ふるさと散歩』(磐田市教育委員会文化財課)ほかをもとに整理しました。指定内容は変更されることがあります。
| 名称 | 指定区分 | ひとこと | 磐田物語の記事 |
|---|---|---|---|
| 遠江国分寺跡 | 国特別史跡 | 奈良時代に置かれた国分寺の伽藍跡。古代磐田の中心地。 | 記事を読む |
| 府八幡宮楼門 | 県指定 | 遠江国府の守り神を祀る社に伝わる楼門建築。 | 記事を読む |
| 土器塚古墳 | 県指定史跡 | 直径36m・通称「丸山」。戒成皇子伝説も伝わる円墳。 | 記事を読む |
| 善導寺の大樟 | 県天然記念物 | 市街地の寺に残る、県指定天然記念物の大クス。 | 記事を読む |
| 磐田農業高校記念館 | 国登録有形文化財 | 中泉に移った農業教育の記憶を伝える校舎。 | 記事を読む |
残り10件の文化財・史跡を見る
| 名称 | 指定区分 | ひとこと | 磐田物語の記事 |
|---|---|---|---|
| 三角縁三神五獣鏡(連福寺古墳出土) | 主要出土品 | 連福寺古墳から出土した、古墳時代を物語る鏡。 | 調査予定 |
| 府八幡宮中門 | 市指定 | 府八幡宮に伝わる、市指定の中門建築。 | 調査予定 |
| 天御子神社のヤマモモ | 市指定 | 中央町の鎮守に育つ、平地最大級のヤマモモ。 | 記事を読む |
| 閻魔大王坐像(連福寺) | 市指定 | 連福寺に伝わる、市指定の閻魔大王坐像。 | 調査予定 |
| 中泉御殿跡・御殿裏門(西願寺表門) | 市指定ほか | 中泉御殿の裏門と伝わる、西願寺表門などの遺構。 | 記事を読む |
| 澄水山古墳・丸山古墳 | 市指定ほか | 磐田農業高校に残る、台地縁辺の首長墓とされる古墳。 | 記事を読む |
| 庚申塚古墳 | 市指定 | 台地上に残る、中泉の古墳群のひとつ。 | 調査予定 |
| 御殿・二之宮遺跡 | 弥生〜奈良の複合遺跡 | 御殿跡と弥生〜奈良期の遺構が重なる複合遺跡。 | 記事を読む |
| 京見塚古墳 | 学術発掘調査地 | 学術調査が行われた、京見塚に残る古墳。 | 調査予定 |
| 大之浦と万葉歌碑 | 名勝伝承地 | 万葉集にゆかりがあると伝わる、大之浦の歌碑。 | 調査予定 |
「調査予定」の項目は、資料確認・現地確認ののち、順次読み物として公開します。この一覧は地区の記憶の目次を兼ねており、記事が増えるたびにリンクへ置き換わります。
中泉の成り立ち ── 天領のまちから磐田市へ
こうした記憶を生んだ中泉という町が、行政のうえでどう歩んできたか。おおまかな流れは次のとおりです。
中泉陣屋・中泉御殿 江戸期 → 中泉町 明治22年(1889年) → 磐田町 昭和15年(1940年) → 磐田市 昭和23年(1948年) → 新・磐田市 平成17年(2005年)
天領を治めた中泉陣屋・中泉御殿を経て、町村制で中泉町となり、磐田町・磐田市への合併、市制施行を経て、平成の大合併で現在の磐田市の中心部となりました。沿革の年表、旧町村・大字の対応、現在の学校区と大字は、別ページで詳しく整理しています。
中泉の記憶を、次の世代へ
この地区に関する古写真、古い地図、昔の屋号、商店、学校、祭り、建物、地名、言い伝えなどの情報を募集しています。確実な史料だけでなく、「昔こう聞いた」という記憶も、地域を記録する大切な手がかりです。確実な史料と地域の記憶は分けて整理し、次の世代へ手渡していきます。
この土地・家の記憶を残したい方へ
中泉をはじめ磐田市・袋井市で、相続した実家・空き家・土地建物のご相談を、地域で暮らし不動産に関わる立場から承っています。
作成方針・参考資料
作成方針
旧町村の沿革、現在の学校区、大字、生活圏を総合して分類する。断定できない情報は「要確認」「調査中」と明記する。地域の記憶は史実と分け、集合知として集めて随時更新する。
参考資料・出典
磐田市公式資料(地区別人口・通学区域ほか)/『中泉町』『磐田市』ほか沿革に関する公開資料/磐田市教育委員会文化財課『ふるさと散歩 中泉編』/磐田市史・旧町村史・地域資料/佐口行正氏所蔵史料
古い地名や集落の成り立ちを調べていると、家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。相続した家、空き家、使わなくなった土地について、「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。