失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す

磐田物語 地区別入口ページ

中泉地区

よみがな:なかいずみ / 磐田物語 地区分類番号 01002
徳川の天領を治めた中泉陣屋(中泉代官所)と中泉御殿、遠江国府ゆかりの国府台・府八幡宮、そして近代の駅前商業のまち。行政・交通・商業の記憶が重なる、磐田市の中心市街を含む地区です。

中泉地区の天領の陣屋・御殿、町並み、近代の駅の記憶を表した模式図
中泉地区の記憶をたどる入口図 ── 天領の陣屋・御殿、町並み、近代の駅の重なりを表した模式図です(地理を正確に示す地図ではありません)。

この地区分類は、現在の行政区分をそのまま写したものではありません。旧町村の沿革、学校区、大字、生活圏、地域の記憶をもとにした、磐田物語独自の分類です。内容は今後の資料確認により随時更新します。

中泉を代表するテーマ

はじめての方に、まず見ていただきたい入口です。

この地区の歴史を読む

中泉地区に関係する読み物・特集・史料ページを、新着の記事を上に、ほかはランダムに並べて全件表示しています。テーマ別に絞り込んで探すこともできます。

全15件

天然記念物

善導寺大クス

県指定天然記念物。中泉の市街地に残る大クスと都市化の記憶。

史跡

澄水山古墳

市指定史跡。磐田農業高校に残る古墳から、台地縁辺の首長墓を読む。

天然記念物

福王寺のケヤキ

市指定天然記念物。城之崎の古刹に立つ平地最大級のケヤキ。

天然記念物

福王寺のクロバイ

市指定天然記念物。染めの媒染に使われた常緑樹と境内の植生。

土地の記憶

中泉御殿のあった町

天領を治めた中泉。御殿の地形と年表から、まちの成り立ちを読み解く解説。

町村の誕生から磐田市合併まで

現在の地区名だけでは、この地域の成り立ちは見えにくくなっています。ここでは、江戸期の天領・陣屋から、明治の町村制、昭和の合併と市制施行、平成の磐田市合併までの流れを、年表と対応表で整理します。各行に出典または確認状況を添えています。

年表

中泉地区の町村沿革年表
年月日出来事関係する旧町村・地区現在の地名・地区との関係出典確認状況
江戸期幕府直轄領(天領)を治める中泉陣屋(中泉代官所)が置かれる。徳川ゆかりの中泉御殿があった地でもある。中泉中泉地区の中心部磐田市/一般史確認済
1889(明治22).4.1町村制施行。豊田郡中泉村と山名郡二ノ宮村が合併し、豊田郡中泉町が成立(梅原村と組合村を形成)。中泉村・二ノ宮村中泉地区の母体『中泉町』ほか確認済
1896(明治29).4.1郡制施行により、所属が豊田郡から磐田郡に変更。中泉町『中泉町』『磐田郡』確認済
1929(昭和4).3.1梅原村を編入し、組合村を解消。梅原村中泉地区の一部『中泉町』ほか確認済
1940(昭和15).11.1中泉町・見付町・西貝村・天竜村が合併して磐田町が発足し、中泉町は廃止。中泉町ほか磐田町の一部に『中泉町』ほか確認済
1948(昭和23).4.1磐田町が市制を施行し、磐田市(旧磐田市)となる。磐田町旧磐田市の中心市街『磐田市』ほか確認済
2005(平成17).4.1旧磐田市・豊田町・竜洋町・福田町・豊岡村が新設合併し、現在の磐田市が発足。旧磐田市ほか4町村現在の磐田市『磐田市』ほか確認済
現在磐田物語では、旧中泉町域を中心に「中泉地区」として整理。中泉地区当ページの対象範囲磐田物語分類方針

二ノ宮村・梅原村の編入範囲の詳細(大字・地番単位)は、出典の追加確認中です(調査中)。確認でき次第、行を追記します。

旧町村・大字対応表

旧地域名から現在の地区分類への対応
旧町村・旧地域名成立・変遷現在の主な大字・町名磐田物語での分類備考・確認状況
中泉村(豊田郡)1889 二ノ宮村と合併し中泉町へ中泉一〜四丁目 ほか中泉地区確認済
二ノ宮村(山名郡)1889 中泉町に合併二之宮・二之宮東・二之宮浅間中泉地区確認済
梅原村1929 中泉町に編入梅原一部が中泉地区要再確認
中泉町(1889成立)1940 磐田町へ → 1948 磐田市中泉 とその周辺中泉地区確認済

地名・大字・学校区

中学校区・小学校区は、現在の生活圏を知るための目安です。住所や番地によって異なる場合があります。正確な通学区域は、磐田市の最新情報をご確認ください。

現在の中学校区

中学校関係する地域備考
磐田第一中学校中泉地区

現在の小学校区

小学校関係する地域備考
磐田中部小学校中泉地区
磐田西小学校中泉地区

主な大字・町名

中泉地区に関係する主な大字・町名は次のとおりです。「〜の一部」とあるものは、町の一部のみが当地区に該当します。

中泉一丁目、中泉二丁目、中泉三丁目、中泉四丁目、二之宮、二之宮浅間、二之宮東、大泉町、今之浦一丁目、今之浦二丁目、今之浦三丁目、鳥之瀬、中泉の一部、見付の一部、国府台の一部、豊島の一部、西貝塚の一部、京見塚、一言の一部、天龍の一部

現在の統計・公共施設

磐田市は人口を磐田・福田・竜洋・豊田・豊岡の5地区で集計しています。見付・中泉・御厨・南部・向陽の各地区は、統計上は旧磐田市域にあたる「磐田地区」として一括集計されます。ここでは中泉地区を含む磐田地区の数値を示します。

項目内容出典・確認状況
人口(磐田地区)89,868人(男 45,396/女 44,472)磐田市「地区別人口」令和8年5月末現在
世帯数(磐田地区)40,596世帯同上
位置づけ磐田地区(旧磐田市域)に含まれる地区磐田市
交流センター・包括支援センター等調査中(磐田市資料を確認のうえ追記)調査中
磐田市全体(参考)163,503人/72,414世帯磐田市 令和8年5月末現在

中泉地区単独の人口・世帯数は、磐田市の統計では旧磐田市域(磐田地区)に合算されており、地区単独の数値は公表されていません。地区単独のおおよその規模は、今後、磐田市「大字別人口表」「町別人口表」をもとに整理して追記します。

中泉地区の歴史をたどる ── 古代から現代まで

中泉地区は、古代の国府・国分寺、徳川ゆかりの御殿、天領を治めた代官所、近代の町村合併が重なる地域です。古代の層は 遠江国分寺跡と、古代磐田のはじまり遠江国分寺とは何か から読み始めると、磐田中心部の成り立ちが見えやすくなります。

近世の中泉は、中泉代官所と、徳川の天領を治めたまち中泉御殿のあった町 を軸に整理します。御殿・陣屋・町場の記憶を重ねることで、政治と交通の結節点としての姿が見えてきます。

遠江国府そのものについては、遠江国府はどこにあったのか で、所在地の諸説や総社・府八幡宮との関係をまとめて読めます。地名と合併の流れは、国府台と府八幡宮府八幡宮と、国府のまちの守り神御殿・二之宮遺跡と、二つの時代が眠る原二之宮はなぜ中泉と一つになったか へ進むと理解しやすくなります。

この地区の記憶を募集

この地区に関する古写真、古い地図、昔の屋号、商店、学校、祭り、建物、地名、言い伝えなどの情報を募集しています。

確実な史料だけでなく、「昔こう聞いた」「この場所にこんな建物があった」という記憶も、地域を記録する大切な手がかりです。確実な史料と地域の記憶は分けて整理し、次の世代へ手渡していきます。

この土地・家の記憶を残したい方へ

中泉をはじめ磐田市・袋井市で、相続した実家・空き家・土地建物のご相談を、地域で暮らし不動産に関わる立場から承っています。歴史を記録する活動の延長として、土地や家のこれからを一緒に考えます。

作成方針・参考資料

このページは、磐田物語における地区別入口ページです。旧町村沿革、学校区、大字、地域資料、佐口行正氏所蔵史料などをもとに、今後内容を整理・更新していきます。

作成方針

  • 資料をそのまま転載せず、事実関係を確認したうえで独自に整理する。
  • 旧町村の沿革、現在の学校区、大字、生活圏を総合して分類する。
  • 断定できない情報は「要確認」「調査中」と明記する。
  • 地域の記憶は史実と分け、集合知として集めて随時更新する。

参考資料・出典

  • 磐田市公式資料(地区別人口・通学区域ほか)
  • 『中泉町』『磐田郡』『磐田市』ほか沿革に関する公開資料(町村制施行・郡変更・編入・合併・市制の年月)
  • 磐田市史・旧町村史・地域資料
  • 佐口行正氏所蔵史料
  • その他、今後確認する地域資料

この地域の家・土地・空き家について

古い地名や集落の成り立ちを調べていると、 家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。

相続した家、空き家、使わなくなった土地について、 「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、 富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。