中泉地区 古代・国府と荘園
府八幡宮
国府の社に、二十町の山車が集う
府八幡宮例大祭は、中泉の各町から二十台の山車が集まり、府八幡宮の神事とともに町を動かす祭りである。社伝では、遠江国司の桜井王が国府守護の神として八幡神を勧請したと伝わる。祭りの中では、浜垢離、前夜祭、例祭、夕祭、発御祭、命魚奉献の儀、還御祭、御幣返しが連なり、国府の記憶と町衆の自治が一つの流れとして現れる。
遠州灘で身を清め、清め砂を持ち帰る。神幸路を後ろ向きに掃き清める所作は、祭礼空間が海辺まで広がることを示す。神事を詳しく読む
宮入り順を抽選で決め、各町へ大榊と御幣が授与される。二十町へ祭礼の役割が配られる段階である。
本殿を中心に、神職と氏子総代が祭りの中心神事を行う。
提灯を落とした暗い境内で、神霊を神輿へ遷す。神事の核心として浄闇の空間がつくられる。
神輿が水堀地区へ出発する。町の山車運行と神輿渡御が結びつく。
淡海國玉神社の宮司が生きた魚を献じ、御清水へ放つ。国府と総社の関係を思わせる儀礼である。命魚奉献を詳しく読む
神輿が府八幡宮へ帰る。粟穂・茄子・稲穂・古代菓子など、古い供物儀礼の痕跡が見える。
二十台の山車が境内に集まり、御幣を返す。提灯と囃子の熱気が祭りの結びとなる。山車と二十町を詳しく読む
府八幡宮例大祭の山車は、中泉型二輪と四輪が混在する。二輪山車は前後に大きく揺らす動的な曳き回しを特徴とし、四輪山車は重厚な屋根や二層構造を備えるものが多い。各町には年番、地番、渡しなどの取り決めがあり、他町の山車が進入するときには、使者が会所へ出向いて経路や停止位置を調整する。
明治・大正期の神事日記や学校日誌には、祭典による休校、山車の曳き回し、鉄道通過時の調整、奉納舞踊、山車の大型化、警察への届出などが記録される。府八幡宮例大祭は、古い神事であると同時に、近代の町が組織的に運営した大きな地域行事でもあった。
古い地名や集落の成り立ちを調べていると、家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがある。
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