史跡
御厨古墳群
国指定史跡。松林山古墳に始まる新貝・鎌田の大型古墳群。
磐田物語 地区別入口ページ
よみがな:みくりや / 磐田物語 地区分類番号 01003
「御厨」は伊勢神宮の神領(御厨)に由来する地名で、鎌田御厨の名残を伝えます。鎌田神明宮(遠州のお伊勢さま)を中心に、東部の田園・集落・暮らしの記憶が重なる、磐田市東部の地区です。
この地区分類は、現在の行政区分をそのまま写したものではありません。旧町村の沿革、学校区、大字、生活圏、地域の記憶をもとにした、磐田物語独自の分類です。内容は今後の資料確認により随時更新します。
はじめての方に、まず見ていただきたい入口です。
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全27件
史跡
国指定史跡。松林山古墳に始まる新貝・鎌田の大型古墳群。
名勝
市指定名勝。鎌田の名勝庭園と参道空間を歩く。
天然記念物
市指定天然記念物。鎌田の屋敷林に立つイヌマキと遠州の風土。
地名
「御厨」という地名のなりたち。伊勢神宮領だった鎌田御厨の歴史を解説する。
神社仏閣
「遠州のお伊勢さま」と親しまれる鎌田神明宮。御厨の信仰の中心をたどる。
地名
縄文の海と地形史から、東貝塚・西貝塚の地名と土地のなりたちを読み解く解説。
土地の記憶
弥生後期の竪穴住居跡と後期古墳が重なる城之崎遺跡。重層的な土地の時間を読む。
土地の記憶
遠江国分寺を支えた瓦窯跡と、中世神領庄園としての新貝庄の開発史をたどる。
町村沿革
かつての今之浦潟の東岸。泥炭と湿地に立ち向かった近世の人々の干拓史。
土地の記憶
不毛の雑穀地から、太田川水系等の用水路開削によって実り豊かな美田へと変わった歩み。
土地の記憶
中世の開拓名主による開発史と、現代の道路や境界線に息づく「郷割」の美しい区画。
土地の記憶
不名誉な「悪路」から、瑞祥地名「安久路」へ。近代耕地整理の金字塔を追う。
街道・交通
急峻な車坂、富士見の茶屋の賑わい、そして国指定史跡「三ケ野一里塚」の記憶。
土地の記憶
台地南端からの富士の絶景と、明治期の士族授産による茶園開墾のフロンティア精神。
地名
本村から枝郷への人口移動。自立した農村としての東新屋村の成立史。
暮らし
水害多発の合流点。水神信仰を心の支えとし、周囲と「和」をもって共同治水にあたった歴史。
街道・交通
2020年のJR新駅開業。千年の眠りから冷め、地域アイデンティティとして復活した御厨の地名。
町村沿革
明治の大合併による摩擦。北部の伝統的鎌田エリアと、南部の実利的な平野エリアの分村。
町村沿革
分村によって生まれた南御厨村。共同治水と独自の学校運営が育んだ強固な南部生活圏。
町村沿革
明治22年に誕生した田原村。台地開墾とお茶の増産、そして御厨地区との深い学校・生活協同関係。
土地の記憶
台地縁・谷筋・旧道・水の得やすさが重なった場所に集落が寄った、田原地区を地形から読み直す総論。
街道・交通
坂・「島」地名・寺社・旧道を手がかりに、移動と信仰と農地の関係を読み解く田原地区の深掘り。
土地の記憶
古い地名の重みと、御厨駅・住宅地・生活圏が重なる現代の御厨を、地形・寺社・道から読む総論。
土地の記憶
御厨の付属ではなく、低地・水利・農地・寺社のまとまりを持つ独立した生活圏として南御厨を描く。
地域比較
同じ地名圏にある差異と連続性を、地形・水利・交通・生活圏から比較する横断ページ。
土地の記憶
西貝塚・西之島・上南田・安久路・城之崎。旧農村と近代の都市化・工業化が重なる西貝を読む総論。
土地の記憶
変化の速い地域ほど記憶は失われやすい。開発・宅地化の層が重なる西貝塚・安久路・城之崎の深掘り。
このテーマに該当するページは、現在準備中です。
御厨は、見付や中泉とは異なり、昭和30年に磐田市へ編入されるまで独立した村として歩みました。ここでは、明治の町村制から南御厨村の分立、磐田市への編入、平成の磐田市合併までの流れを、年表と対応表で整理します。各行に出典または確認状況を添えています。
| 年月日 | 出来事 | 関係する旧町村・地区 | 現在の地名・地区との関係 | 出典 | 確認状況 |
|---|---|---|---|---|---|
| 中世 | 伊勢神宮の神領(御厨)として「鎌田御厨」が営まれる。地名「御厨」の由来。 | 鎌田御厨 | 御厨地区の名のもと | 一般史/鎌田御厨ほか | 要確認 |
| 1889(明治22).4.1 | 町村制施行。鎌田・新貝・新出・稗原・東脇・和口・東新屋・大立野・東貝塚・南島・小島・蛭池の各村が合併し、山名郡御厨村が発足。 | 御厨村 | 御厨地区の母体 | 『御厨村』ほか | 確認済 |
| 1894(明治27).5.31 | 東脇・新出・和口・東新屋・大立野・蛭池・南島・小島の各大字が南御厨村として分立。御厨村は鎌田・新貝・稗原・東貝塚のみとなる。 | 御厨村・南御厨村 | 南御厨は南部地区とも関係 | 『御厨村』ほか | 確認済 |
| 1896(明治29).4.1 | 郡の廃置により、所属が山名郡から磐田郡に変更。 | 御厨村 | — | 『御厨村』『磐田郡』 | 確認済 |
| 1955(昭和30).1.1 | 御厨村・大藤村・向笠村および南御厨村の一部が磐田市に編入。 | 御厨村ほか | 旧磐田市の一部に | 『御厨村』『磐田市』 | 確認済 |
| 2005(平成17).4.1 | 旧磐田市・豊田町・竜洋町・福田町・豊岡村が新設合併し、現在の磐田市が発足。 | 旧磐田市ほか4町村 | 現在の磐田市 | 『磐田市』ほか | 確認済 |
| 現在 | 磐田物語では、旧御厨村域を中心に「御厨地区」として整理。 | 御厨地区 | 当ページの対象範囲 | 磐田物語 | 分類方針 |
南御厨村として分立した区域は、現在の南部地区(01005)とも関係します。各大字がどの地区に該当するかの詳細は、出典の追加確認中です(調査中)。
| 旧町村・旧地域名 | 成立・変遷 | 現在の主な大字・町名 | 磐田物語での分類 | 備考・確認状況 |
|---|---|---|---|---|
| 鎌田御厨(中世) | 伊勢神宮領の御厨 | 鎌田 ほか | 御厨地区 | 要確認 |
| 御厨村(1889成立) | 1894 南御厨村を分立 → 1955 磐田市へ編入 | 鎌田・新貝・稗原・東貝塚 ほか | 御厨地区 | 確認済 |
| 南御厨村(1894分立) | 1955 一部が磐田市へ編入 | 東脇・和口・新出・東新屋・大立野 ほか | 一部が御厨地区/南部地区 | 要再確認 |
中学校区・小学校区は、現在の生活圏を知るための目安です。住所や番地によって異なる場合があります。正確な通学区域は、磐田市の最新情報をご確認ください。
| 中学校 | 関係する地域 | 備考 |
|---|---|---|
| 神明中学校 | 御厨地区 | — |
| 小学校 | 関係する地域 | 備考 |
|---|---|---|
| 東部小学校 | 御厨地区 | 校区の一部が当地区に該当 |
| 田原小学校 | 御厨地区 | — |
御厨地区に関係する主な大字・町名は次のとおりです。「〜の一部」とあるものは、町の一部のみが当地区に該当します。
磐田市は人口を磐田・福田・竜洋・豊田・豊岡の5地区で集計しています。見付・中泉・御厨・南部・向陽の各地区は、統計上は旧磐田市域にあたる「磐田地区」として一括集計されます。ここでは御厨地区を含む磐田地区の数値を示します。
| 項目 | 内容 | 出典・確認状況 |
|---|---|---|
| 人口(磐田地区) | 89,868人(男 45,396/女 44,472) | 磐田市「地区別人口」令和8年5月末現在 |
| 世帯数(磐田地区) | 40,596世帯 | 同上 |
| 位置づけ | 磐田地区(旧磐田市域)に含まれる地区 | 磐田市 |
| 交流センター・包括支援センター等 | 調査中(磐田市資料を確認のうえ追記) | 調査中 |
| 磐田市全体(参考) | 163,503人/72,414世帯 | 磐田市 令和8年5月末現在 |
御厨地区単独の人口・世帯数は、磐田市の統計では旧磐田市域(磐田地区)に合算されており、地区単独の数値は公表されていません。地区単独のおおよその規模は、今後、磐田市「大字別人口表」「町別人口表」をもとに整理して追記します。
御厨地区は、ひとつの時代だけで説明できる地域ではありません。縄文海進のころの海岸線と貝塚、古代遠江国分寺を支えた瓦窯、弥生後期から古墳時代にかけての城之崎遺跡、中世の伊勢神宮領「鎌田御厨」、東海道三ケ野坂、明治の御厨村・南御厨村・田原村、そして令和の御厨駅まで、時代の層が非常に厚く重なっています。
この地区を読む鍵は、台地・低地・神領・交通の四つです。磐田原台地の縁には貝塚や古墳、坂道や一里塚の記憶が残り、低地には今之浦潟や水田開発、用水・排水の歴史が刻まれています。鎌田神明宮と「御厨」の名は、伊勢神宮領としての中世の記憶を現在へつなぎ、御厨駅はその古い地名を現代の交通結節点として再び可視化しました。
記事群では、地名の語感だけで由来を断定せず、考古資料、地形、旧村名、町村沿革、寺社・伝承、現代の駅・学校区を照合します。確認できる事実、地域に伝わる記憶、そこから導く解釈を分けて読むことで、御厨地区の歴史を厚みのある形で整理します。
| 根拠・資料 | 分かること | 本文での扱い |
|---|---|---|
| 磐田市史、旧御厨村・南御厨村・田原村関連資料、町村沿革資料 | 明治22年の御厨村成立、明治27年の南御厨村分立、昭和30年の磐田市編入など。 | 行政上の変遷を整理する根拠にする。生活圏や古い神領範囲とは区別する。 |
| 磐田市教育委員会の発掘調査報告・文化財資料 | 城之崎遺跡、貝塚、国分寺瓦窯、古墳、埋蔵文化財包蔵地の確認。 | 考古資料で確認できる範囲を明示し、伝承や推測と混同しない。 |
| 国土地理院の地理院地図、旧版地形図、治水地形分類図 | 磐田原台地、低地、今之浦潟、旧海岸線、坂道、集落立地の読み取り。 | 地形の説明に使う。ただし特定時期の海岸線や語源を地図だけで断定しない。 |
| 鎌田神明宮、伊勢神宮領「御厨」、東海道三ケ野坂・一里塚の関連資料 | 信仰、神領、街道交通、地名継承の背景。 | 確認資料と地域伝承を分け、地名の由来は慎重に扱う。 |
まず 西貝塚・東貝塚 と 城之崎遺跡 で古い海岸線・弥生後期集落・古墳の層を押さえ、次に 鎌田御厨 と 鎌田神明宮 で中世神領と信仰の中心を読みます。その後、新貝、東脇・新出、稗原、安久路 で低地開発と水利を見て、三ケ野・三ケ野坂、御厨駅 で交通の層へ進むと、最後に 御厨村、南御厨村、田原村 の町村沿革が理解しやすくなります。
この地区に関する古写真、古い地図、昔の屋号、商店、学校、祭り、建物、地名、言い伝えなどの情報を募集しています。
確実な史料だけでなく、「昔こう聞いた」「この場所にこんな建物があった」という記憶も、地域を記録する大切な手がかりです。確実な史料と地域の記憶は分けて整理し、次の世代へ手渡していきます。
御厨をはじめ磐田市・袋井市で、相続した実家・空き家・土地建物のご相談を、地域で暮らし不動産に関わる立場から承っています。歴史を記録する活動の延長として、土地や家のこれからを一緒に考えます。
このページは、磐田物語における地区別入口ページです。旧町村沿革、学校区、大字、地域資料、佐口行正氏所蔵史料などをもとに、今後内容を整理・更新していきます。
古い地名や集落の成り立ちを調べていると、 家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。
相続した家、空き家、使わなくなった土地について、 「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、 富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。