失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す

磐田物語 地区別入口ページ

南部地区

よみがな:なんぶ / 磐田物語 地区分類番号 01005
天竜川下流の平野に開けた、海寄りの暮らし・農地・集落・交通が重なる地区。豊島・鮫島・岡田・長須賀など、川がつくり、川が流した土地の記憶を伝えます。

南部地区の平野・集落・天竜川下流の水辺の記憶を表した模式図
南部地区の記憶をたどる入口図 ── 天竜川下流の水辺、平野の田園、集落の重なりを表した模式図です(地理を正確に示す地図ではありません)。

この地区分類は、現在の行政区分をそのまま写したものではありません。旧町村の沿革、学校区、大字、生活圏、地域の記憶をもとにした、磐田物語独自の分類です。内容は今後の資料確認により随時更新します。

南部地区を代表するテーマ

はじめての方に、まず見ていただきたい入口です。

この地区の歴史を読む

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全17件

村の誕生から磐田市編入まで

南部は、磐田物語の分類で、天竜川下流域の旧村々が磐田市へ編入されてできた区域です。ここでは、明治の町村制から磐田市への編入、平成の磐田市合併までの流れを、年表と対応表で整理します。各行に出典または確認状況を添えています。

年表

南部地区の町村沿革年表
年月日出来事関係する旧町村・地区現在の地名・地区との関係出典確認状況
1889(明治22).4.1町村制施行により、のちに磐田市へ編入される天竜川下流の村々(長野村ほか)が発足。長野村 ほか南部地区の母体一般史調査中
1894(明治27).5.31御厨村から南御厨村が分立。その一部が現在の南部地区に関係する。南御厨村一部が南部地区『御厨村』ほか確認済
1955(昭和30).1.1長野村・南御厨村の一部などが磐田市へ編入。長野村・南御厨村ほか旧磐田市の一部に『御厨村』『磐田市』確認済
2005(平成17).4.1旧磐田市・豊田町・竜洋町・福田町・豊岡村が新設合併し、現在の磐田市が発足。旧磐田市ほか4町村現在の磐田市『磐田市』ほか確認済
現在磐田物語では、天竜川下流域の生活圏を中心に「南部地区」として整理。南部地区当ページの対象範囲磐田物語分類方針

天竜川村など個々の旧村の所属・編入年の詳細は、出典の追加確認中です(調査中)。南部地区は磐田市統計上は旧磐田市域(磐田地区)に含まれます。

旧町村・大字対応表

旧地域名から現在の地区分類への対応
旧町村・旧地域名成立・変遷現在の主な大字・町名磐田物語での分類備考・確認状況
長野村1955 磐田市へ編入豊島・北島・岡田 ほか南部地区確認済
南御厨村〔一部〕1894 御厨村から分立 → 1955 一部が磐田市へ鮫島・中野 ほか一部が南部地区要再確認
天竜川下流の旧村天竜川の河道変遷とともに変化新島・長須賀 ほか南部地区調査中

現在の統計・公共施設

磐田市は人口を磐田・福田・竜洋・豊田・豊岡の5地区で集計しています。見付・中泉・御厨・南部・向陽の各地区は、統計上は旧磐田市域にあたる「磐田地区」として一括集計されます。ここでは南部地区を含む磐田地区の数値を示します。

項目内容出典・確認状況
人口(磐田地区)89,868人(男 45,396/女 44,472)磐田市「地区別人口」令和8年5月末現在
世帯数(磐田地区)40,596世帯同上
位置づけ磐田地区(旧磐田市域)に含まれる地区磐田市
交流センター・包括支援センター等調査中(磐田市資料を確認のうえ追記)調査中
磐田市全体(参考)163,503人/72,414世帯磐田市 令和8年5月末現在

南部地区単独の人口・世帯数は、磐田市の統計では旧磐田市域(磐田地区)に合算されており、地区単独の数値は公表されていません。地区単独のおおよその規模は、今後、磐田市「大字別人口表」「町別人口表」をもとに整理して追記します。

地名・大字・学校区

中学校区・小学校区は、現在の生活圏を知るための目安です。住所や番地によって異なる場合があります。正確な通学区域は、磐田市の最新情報をご確認ください。

現在の中学校区

中学校関係する地域備考
南部中学校南部地区

現在の小学校区

小学校関係する地域備考
磐田南小学校南部地区
長野小学校南部地区

主な大字・町名

南部地区に関係する主な大字・町名は次のとおりです。「〜の一部」とあるものは、町の一部のみが当地区に該当します。

天龍の一部、豊島、北島、千手堂、万正寺、中野、上大之郷、下岡田、上岡田、大原の一部、下大之郷、浜部、鮫島、小島、野箱、白拍子、草崎、前野、新島、長須賀、真光寺、刑部島

南部地区の歴史をたどる ── 古代から現代まで

南部地区は、天竜川下流の低地、遠州灘に近い砂丘地、今之浦川周辺の水田地帯、そして昭和の町村合併で磐田市へ編入された旧村の記憶が重なる地域です。磐田物語では、現在の南部中学校区・磐田南小学校区・長野小学校区の生活圏を手がかりに、豊島、北島、千手堂、万正寺、上大之郷、下大之郷、岡田、鮫島、小島、浜部、新島、長須賀、刑部島、於保村などの記事を一つのまとまりとして整理しています。

この地区を読むうえで最も重要なのは、「川がつくった土地」と「人が守り育てた土地」を分けて考えることです。天竜川は土砂を運び、砂州・自然堤防・後背湿地をつくりました。一方で、その土地を村に変えたのは、堤防、排水、用水、松林、寺社、学校、町村制という人間の営みです。地名だけで由来を断定せず、地形図、旧村名、町村沿革、寺社・伝承、近代地形図を照合して、確認できる事実と解釈を分けて記します。

南部地区の記事群で使う根拠

根拠・資料分かること本文での扱い
国土地理院の地理院地図、旧版地形図、治水地形分類図旧河道、自然堤防、砂州、低湿地、集落の立地、海岸砂丘の読み取り。地形の説明に使う。ただし特定の洪水年や語源を地図だけで断定しない。
磐田市史、旧村誌、町村沿革資料長野村、南御厨村、於保村などの成立、編入、分割合併の流れ。行政上の変遷を整理する根拠にする。生活圏とは区別して扱う。
地名、寺社、小祠、地域伝承信仰、開発、災害、集落境界の記憶。伝承は「伝承」と明記し、史実と同一視しない。
天竜川下流域の治水関連資料洪水、河道安定、堤防、近代改修が地域に与えた影響。南部低地の生活条件を説明する補助資料として使う。

記事の読み順

まず 天竜川がつくった村、流した村 で河道変遷と低地の読み方を押さえ、次に 豊島・北島鮫島・小島新島・長須賀刑部島 で「島」地名と川・海の地形を読みます。その後、千手堂・万正寺上大之郷・下大之郷上岡田・下岡田野箱・白拍子浜部 で信仰・地名・生業を見て、最後に 長野村於保村 で近代の町村沿革へ進むと、南部地区の全体像がつかみやすくなります。

この地区の記憶を募集

この地区に関する古写真、古い地図、昔の屋号、商店、学校、祭り、建物、地名、言い伝えなどの情報を募集しています。

確実な史料だけでなく、「昔こう聞いた」「この場所にこんな建物があった」という記憶も、地域を記録する大切な手がかりです。確実な史料と地域の記憶は分けて整理し、次の世代へ手渡していきます。

この土地・家の記憶を残したい方へ

南部をはじめ磐田市・袋井市で、相続した実家・空き家・土地建物のご相談を、地域で暮らし不動産に関わる立場から承っています。歴史を記録する活動の延長として、土地や家のこれからを一緒に考えます。

作成方針・参考資料

このページは、磐田物語における地区別入口ページです。旧町村沿革、学校区、大字、地域資料、佐口行正氏所蔵史料などをもとに、今後内容を整理・更新していきます。

作成方針

  • 資料をそのまま転載せず、事実関係を確認したうえで独自に整理する。
  • 旧町村の沿革、現在の学校区、大字、生活圏を総合して分類する。
  • 断定できない情報は「要確認」「調査中」と明記する。
  • 地域の記憶は史実と分け、集合知として集めて随時更新する。

参考資料・出典

  • 磐田市公式資料(地区別人口・通学区域ほか)
  • 『御厨村(静岡県)』『磐田郡』『磐田市』ほか沿革に関する公開資料
  • 磐田市史・旧町村史・地域資料
  • 佐口行正氏所蔵史料
  • その他、今後確認する地域資料

この地域の家・土地・空き家について

古い地名や集落の成り立ちを調べていると、 家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。

相続した家、空き家、使わなくなった土地について、 「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、 富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。