見付地区
旧東海道の宿場「見付宿」、遠江国府・遠江国分寺の故地、府八幡宮・見付天神(矢奈比賣神社)・旧見付学校など、磐田の歴史的記憶が幾重にも重なる、市の中心部にあたる地区です。
見付は、磐田原台地の南の縁に開けた町です。古代には遠江の国府が置かれ、江戸時代には東海道の宿場として東西の旅人を迎え、明治8年には擬洋風の見付学校が建ちました。国府、宿場、学校、祭り ── ひとつの町にこれだけの時間が層になって残っている場所は多くありません。このページは、その見付の記憶をたどるための入口です。まずは三つの扉から、どうぞ。
はじめて見付を読む方へ ── 三つの入口
国指定重要無形民俗文化財。宿場町ぐるみで受け継がれてきた夜の祭礼。
現存最古級の擬洋風校舎。明治の学びの記憶をたどる。
引札・浮世絵・古地図・絵葉書など約336点。紙片が伝える見付の記憶。
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見付地区に関係する読み物・特集・史料ページを、新着を上にして並べています。テーマ別に絞り込むこともできます。
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| No. | タイトル | テーマ | 概要 | 公開日 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 見付宿助郷68ヶ村 ── 宿の外側に広がった人馬供給圏 | 交通 | 見付宿の助郷は第一期68ヶ村から84ヶ村、123ヶ村へ組み替えられた。助郷村表と… | |
| 2 | 助郷高と領主支配 ── 見付宿の役をどう村へ割り付けたか | 交通 | 村高、助郷勤高、実働人馬を区別し、相給村と複数宿への割付から助郷表を行政の設計図… | |
| 3 | 助郷人馬の賃銭と代勤 ── 労役はどこまで金で置き換えられたか | 交通 | 天保10年の買馬約1,100疋分・買人足約6,600人分を起点に、自前出役、代勤… | |
| 4 | 水野氏記録が見た幕末の見付宿 ── 上洛・御札・橋普請 | 交通 | 水野家日記、問屋御用留、小遣帳から、将軍上洛、伊勢参宮、御札降り、舟橋普請に揺れ… | |
| 5 | 伝馬所から駅逓へ ── 明治初年の見付宿駅制改革 | 交通 | 明治元年の伝馬宿改革、新助郷、駅逓司・駅逓役所、旅行帳から、旧宿駅が近代交通制度… | |
| 6 | 見付宿の本陣と脇本陣 ── 三郎右衛門・孫兵衛・新左衛門 | 交通 | 見付宿には本陣2軒と脇本陣1軒があった。南側の本陣を三郎右衛門、北側の本陣を孫兵… | |
| 7 | 旅籠屋の間口と奥行 ── 天保13年の39軒を測る | 交通 | 天保13年(1842年)の見付宿で、書上帳が家作を伝える旅籠屋は39軒であった。… | |
| 8 | 宿泊料と食事 ── 木銭・旅籠銭・宿割の実務 | 交通 | 旅の宿代は、一つの定価ではなかった。木賃宿では旅人が米や薪を持ち込み、宿へ木銭を… | |
| 9 | 飯盛女と宿場統制 ── 59人の記録をどう読むか | 交通 | 天保13年(1842年)の見付宿では、書上帳に飯盛女59人が記された。年齢は16… | |
| 10 | 見付宿の職業分布 ── 448軒の町場経済 | 交通 | 天保13年(1842年)の見付宿職業分布は、宿内448軒におよそ71種の職業を数… | |
| 11 | 見付宿の歳入 ── 天保10年、誰が宿場の費用を負担したか | 交通 | 天保10年の歳入を賦課金・伝馬賃銭・助成金・特別借入金・財産収益に分け、宿民・助… | |
| 12 | 見付宿の歳出 ── 713両の運輸費と宿場を動かす固定費 | 交通 | 運輸費713両余、給料422両余を軸に、交付金・返却金・問屋場入用を読み、天保1… | |
| 13 | 宿助成のしくみ ── 貸付利子・補金・返済猶予で支えた見付宿 | 交通 | 幕府関係の元金を貸し、その利子を伝馬助成へ回し、未収時には補金・別口助成・返済猶… | |
| 14 | 見付宿の伝馬制 ── 人馬継立はどう動いたか | 交通 | 道中奉行と中泉代官という二重の支配、慶長6年から明治5年までの年表、そして宿駅制… | |
| 15 | 馬をどう補ったか ── 見付宿の伝馬補充と馬持の負担 | 交通 | 定数の馬と、その日歩ける馬は違う。補充の三経路、公定価格に縛られた収入と市場価格… | |
| 16 | 御用継立の実務 ── 証文・無賃・割増を見分ける | 交通 | 幕府は無賃、諸藩は御定賃銭、庶民は相対賃銭。同じ馬に三通りの値段がついた仕組みと… | |
| 17 | 大通行が見付宿に来た日 ── 人馬・宿泊・助郷の総動員 | 交通 | 文久2年の御上洛御宿割下帳は見付宿を1,083軒と数えた。宿泊の割り当て、寺の収… | |
| 18 | 見付宿から天竜川へ ── 池田の渡船につなぐ人馬継立 | 交通 | 東の袋井へ1里半、西の浜松へ4里半。賃銭を比べると距離比を1割強上回る。見付宿に… | |
| 19 | 見付宿の財政 ── 天保10年の勘定帳から読む宿場経営 | 交通 | 天保10年の勘定帳を全頁照合し、歳入5区分、主要支出、天保11年と元治元年の変化… | |
| 20 | 人足100人・馬100疋とは何か ── 見付宿の常備人馬を読む | 交通 | 百人百疋は実在の数か、負うべき義務の量か。読み方によって同じ数字の意味は変わる。… | |
| 21 | 本馬・軽尻・人足 ── 荷物に応じて変わる継立の単位 | 交通 | 本馬234文、軽尻151文、人足117文。二つの区間で比率がほぼ一致することから… | |
| 22 | 見付宿の人馬割 ── 誰が何人・何疋を出したのか | 交通 | 間口2間の家が約2割、11間・13間は庄屋の家。伝馬役は表間口の間数で割り付けら… | |
| 23 | 先触れから出発まで ── 見付宿の継立手順をたどる | 交通 | 先触の到着、御朱印の照合、人馬の割当、荷の積替え、次宿への引渡し。継立一件の手順… | |
| 24 | 待つことも負担だった ── 人馬の待機と見付宿の日常 | 交通 | 賃銭は区間に対して定められ、待たされた時間には欄がない。帳簿に残らないこの負担か… | |
| 25 | 伝馬を飼う ── 飼料・馬具・病馬から見る宿駅の維持費 | 交通 | 見付宿にもっとも古く残る絵図は、馬の草をめぐる訴訟の産物だった。岩井野の秣場と無… | |
| 26 | 継立帳簿は何を記録したか ── 人馬・賃銭・証文を残す実務 | 交通 | 問屋御用留、明細差出帳、庚申帳、絵図 ── 性格の違う史料を分けて読む。数値が食… | |
| 27 | 大通行の人馬数を比べる ── 動員規模と助郷の広がり | 交通 | 定数と実働数、予定数と実績数、基準額と実徴収額。数字を比べる前に揃えるべき区別を… | |
| 28 | 『東海道遠州見付宿』を読む ── 昭和20年に擱筆された見付宿研究(特集) | 交通 | 磐田市誌シリーズ第二冊(田中友次郎編著、1974年刊)の来歴・構成・史料を紹介し… | |
| 29 | 見付宿のすがたと戸口 ── 木戸から木戸まで、家数と人口を数える | 交通 | 天保13年の絵図で宿を東から西へ歩き、寛永15年の225軒から明治12年の1,4… | |
| 30 | 宿を動かした人々 ── 名主・問屋・年寄・組頭と伝馬役の負担 | 交通 | 天保13年の名前帳に残る宿役人9名の顔ぶれ、問屋給米、間口で決まる伝馬役の負担を… | |
| 31 | 中泉代官と見付宿の年貢 ── 安政3年の年貢割付を読む | 交通 | 中泉代官所の来歴と、今川氏以来の永高で計算された見付宿の年貢、附加税、御囲蔵の備… | |
| 32 | 火事・洪水・祭礼 ── 見付宿の災害史と天神祭の拝殿踊 | 交通 | 見付宿の災害史年表、中川・加茂川の治水と橋の掛替普請、祇園と天神の祭礼、文化14… | |
| 33 | 遠江の宿駅はどう移り変わったか ── 平安から江戸への駅名変遷表を読む | 交通 | 猪鼻・栗石から橋本・池田・国府、そして見付へ。五時代の遠江宿駅変遷表を読み、名を… | |
| 34 | 見付宿の十一ヶ寺と二社 ── 朱印高191石の寺社世界 | 交通 | 十一ヶ寺の宗派・本寺・朱印高・所在を天保15年の記録から一覧化し、堂庵の網と寺の… | |
| 35 | 問屋場はどこにあったか ── 見付宿の心臓部と六枚の高札 | 交通 | 天保13年の宿絵図から問屋場の位置と規模を復元し、人足部屋・馬小屋、六枚の高札、… | |
| 36 | 見付町 小字・地名資料 ── 宅地・畑・田の名が残す土地の記憶 | 交通 | 見付町地名一覧を宅地・畑・田に分けて翻刻し、鐘鋳塚・元天神・城ノ腰などを本書の記… | |
| 37 | 伝馬賃銭のしくみ ── 御定賃銭・相対賃銭と幕末の物価騰貴 | 交通 | 見付から浜松まで本馬234文、袋井まで69文。御定賃銭と割増、そして自由契約の相… | |
| 38 | 幻の大見付城 ── 家康が築こうとして中止した城と「古城郭二ヶ所」の記録 | 交通 | 永禄12年に家康が築きかけ用水の関係で中止した大見付城と、明和7年差出帳が伝える… | |
| 39 | 絵図で読む見付宿の周縁 ── 御伝馬自林絵図と御普請所絵図 | 交通 | 御伝馬林と自林、御普請所と自普請所。二枚の絵図が描いた権利と義務の境界線から宿の… | |
| 40 | 見付の引札 ── 明治の商店・図柄・版元を一枚の広告から読む | 史料/交通/暮らし | 佐口行正氏所蔵史料と磐田市教育委員会文化財課資料をもとに、見付の引札を商店名・図… | |
| 41 | 『舞車』から深掘りする12の研究キーワード | 祭り | 国立能楽堂上演資料集『舞車』から、見付宿、東坂・西坂、舞車神事、伝本、復曲、作り… | |
| 42 | 国立能楽堂上演資料集から読む『舞車』─ 諸本・節付・復曲上演 | 祭り | 国立能楽堂上演資料集〈2〉をもとに、渋田虎頼等節付本・光悦流書体六十番綴本・江戸… | |
| 43 | 見付天神裸祭 起源三説の学史的検討 ── 歓喜踰躍舞説・人身御供悉平太郎説・反閇説の伝承史と史料批判 | 社寺/祭り/記憶 | 見付天神裸祭の起源をめぐる歓喜踰躍舞説・人身御供悉平太郎説・反閇説の三説を、史実… | |
| 44 | 見付守護所 ── 遠江守護支配の拠点をめぐって | 沿革/記憶 | 遠江守護所が見付に置かれた経緯と、守護所の位置比定・機能をめぐる論点を、史料と伝… | |
| 45 | 見付天神裸祭の神事構造 ── 八日間の神事が示す意味の秩序 | 社寺/祭り | 見付天神裸祭の一連の神事(浜垢離・堂入り・鬼踊り・闇の渡御・還御)を、八日間の日… | |
| 46 | 姫街道と見付 ── 東海道から分かれるもう一つの道 | 交通/記憶 | 見付から分かれる姫街道(本坂通)の歴史・機能と、東海道本道との関係、「姫街道」と… | |
| 47 | 家康はなぜ見付に本拠を置かなかったか ── 城之崎築城の中止と浜松移転 | 沿革 | 徳川家康が見付(城之崎城)ではなく引馬=浜松を本拠に選んだ経緯、城之崎築城の中止… | |
| 48 | 淡海國玉神社 ── 遠江総社の成立と機能 | 社寺/記憶 | 淡海國玉神社(遠江総社)の由緒・祭神と、「総社」という制度、見付の中心性・裸祭渡… | |
| 49 | 悉平太郎伝説の考察 ── 早太郎との異同と猿神退治の系譜 | 社寺/祭り | 見付天神の霊犬・悉平太郎伝説と、信濃・光前寺の早太郎との異同、猿神退治として類型… | |
| 50 | 見付祇園祭 ── 淡海國玉神社と天御子神社を結ぶ夏祭り | 社寺/祭り | 見付祇園祭の由緒と、祇園(牛頭天王)信仰の受容、淡海國玉神社と天御子神社を結ぶ渡… | |
| 51 | 今之浦と大之浦 ── 見付の水辺がつくった地形と地名 | 沿革/記憶 | 見付の今之浦・大之浦という水辺の地名を手がかりに、かつての入江・低湿地の地形とそ… | |
| 52 | 福田半香 ── 遠州見付が生んだ文人画家 | 沿革/暮らし | 見付出身の文人画家・福田半香の生涯と、渡辺崋山との交わり、半香義会、画風と門人を… | |
| 53 | 見付宿 ── 東海道二十八番の宿場町 | 沿革/交通 | 東海道二十八番・見付宿の宿駅制度上の位置と、本陣・脇本陣・旅籠・問屋場・助郷など… | |
| 54 | 旧見付学校 ── 現存最古級の擬洋風小学校校舎 | 沿革/建物/学校 | 旧見付学校(現存最古級の擬洋風小学校校舎)の建築と、明治8年落成・明治16年増築… | |
| 55 | 旧赤松家 ── 赤松則良と近代磐田の記憶 | 沿革/建物 | 赤松則良(近代日本造船の先駆者)の邸宅・門・塀を手がかりに、その事績と近代磐田の… | |
| 56 | 木造地蔵菩薩坐像 ── 見付の寺院に残る平安仏 | 社寺/建物 | 見付・西光寺に伝わる木造地蔵菩薩坐像(平安期とされる県指定彫刻)の様式・年代・伝… | |
| 57 | 戦国期の見付自治 ── 町人・桝座・大久保氏 | 沿革/記憶 | 戦国期の見付における町人の自治と桝座、大久保氏の関与を、自治都市論と大名権力論を… | |
| 58 | 舞車と磁石 ── 中世見付の謡曲と狂言 | 沿革/祭り/記憶 | 謡曲「舞車」や狂言「磁石」に描かれた見付を手がかりに、芸能作品が伝える中世見付の… | |
| 59 | 淡海国玉神社本殿と棟札 ── 遠江総社の社殿を読む | 社寺/建物 | 淡海国玉神社(遠江総社)の本殿建築と附棟札5枚を手がかりに、社殿の造営・修理の歴… | |
| 60 | 木造毘沙門天立像 ── 武神信仰と見付の寺院 | 社寺/建物 | 見付の寺院に伝わる木造毘沙門天立像の様式・年代・伝来と武神信仰を、指定情報を史実… | |
| 61 | 石川鴻斎 ── 見付に晩年を置いた遠州の文人 | 沿革 | 見付に晩年を置いた漢学者・南画家・怪談作家である石川鴻斎の生涯を、事績を史実・伝… | |
| 62 | 太刀 銘成高 ── 一振りの刀にみる中世遠江の武家文化 | 社寺/建物 | 見付伝来の県指定文化財「太刀 銘成高」を入口に、中世遠江の武家文化・刀工比定・奉… | |
| 63 | 徳川家康と三方原合戦 ── 見付を通った遠江攻略 | 沿革/交通 | 元亀3年(1572年)の武田信玄の遠江侵攻と三方原合戦を、見付・磐田を通った遠江… | |
| 64 | 平井顕斎 ── 豊浜中野に生きた遠州の南画家 | 沿革 | 豊浜中野に生きた南画家・平井顕斎の生涯と画業を、二度の江戸遊学(文晁門・崋山周辺… | |
| 65 | 西光寺の大クス ── 見付宿西端の社寺林と巨木 | 社寺/記憶 | 見付宿西端の西光寺に育つ大クス(附ナギ・天然記念物)と社寺林を手がかりに、宿場町… | |
| 66 | 遠州文人サロンの実像 ── 掛塚・見付の豪商が支えた芸術ネットワーク | 暮らし | 江戸後期の中遠地域における芸術支援を、天竜川の木材交易で栄えた掛塚と見付宿の豪商… | |
| 67 | 見付宿の機能構造 ── 本陣・脇本陣・旅籠が編んだ東海道の宿 | 沿革/交通/記憶 | 東海道五十三次28番目の見付宿を、本陣2・脇本陣1・旅籠56という宿の機能構造か… | |
| 68 | 西光寺のイヌマキを読む ── 巨樹・天然記念物・寺の時間 | 社寺/記憶 | 見付・西光寺のイヌマキ(巨樹)を、天然記念物指定という制度・樹齢の推定・寺の由緒… | |
| 69 | 旧赤松家門・塀を読む ── 近代和風の遺構と保存の論理 | 社寺/暮らし/記憶 | 見付の旧赤松家の門・塀を、近代和風建築の遺構・登録文化財として、建造年代を史実、… | |
| 70 | 見付という都市 ── 古代国府から26町内へ、まちの重層を読む | 沿革/交通/記憶 | 見付を、遠江国府・国分寺の古代から東海道見付宿・旧見付学校・現代の26町内へと積… | |
| 71 | 福田半香の画風を読む ── 山水図に残る静けさと気骨 | 暮らし/記憶 | 遠州の文人画家・福田半香の山水画を、文人画・南画の視点から、余白・筆致・点景人物… | |
| 72 | 福田半香の門人と遠州画脈 ── 名が残る人、残らなかった人 | 暮らし/記憶 | 福田半香の門人(小栗松靄・熊谷青城・武田桜園ら)と遠州画脈を、名が残る人と残らな… | |
| 73 | 見付に残る幻の城 ── 城之崎城と徳川家康の築城伝説を検証する | 沿革/記憶 | 見付の城山周辺に伝わる徳川家康の築城伝説「城之崎城」を、秀吉配慮説・対武田戦・中… | |
| 74 | なぜ家康は見付を選んだのか ── 国府・東海道・今之浦の地政学 | 沿革/交通/記憶 | 徳川家康が遠江支配の拠点候補として見付を検討した地理的理由を、遠江国府・東海道見… | |
| 75 | 見付宿西側の追分と池田近道 ── 街道が分かれる地点の論理 | 交通/記憶 | 見付宿西側の西坂町で東海道と池田近道が分かれた理由を、伝馬制度・池田の渡し・姫街… | |
| 76 | 見付の信仰空間 ── 天神・國玉・八幡が編む町の宗教地理 | 社寺/記憶 | 見付天神・淡海國玉神社・八幡宮などを軸に、見付の町がどのような信仰空間の中でお札… | |
| 77 | 見付本通りから消えた店 ── 旅館・銭湯・食べ物屋が語る町の変容 | 暮らし/記憶 | 見付本通りから消えた旅館・銭湯・食べ物屋の記憶を、商いの記録を史実、盛衰の背景を… | |
| 78 | 見付の成り立ち ── 国府・宿場・町から現代への沿革 | 沿革/記憶 | 見付地区の成り立ちを、遠江国府・東海道見付宿・見付町から近代の磐田町・磐田市まで… | |
| 79 | 史料で読む見付宿のお札ふり ── 複数の記録を突き合わせる | 社寺/祭り | 見付宿大略記・永野家書留・庚申中掛銭帳など複数の史料から見付宿のお札ふりを読み、… | |
| 80 | 鬼踊りと飛蘇鞠 ── 見付天神裸祭の動と静、二つの極 | 社寺/祭り/暮らし | 見付天神裸祭の核心である鬼踊りと飛蘇鞠(ひそまり)を、動と静の二つの極として、拝… | |
| 81 | 半香義会と福田半香 ── 師・渡辺崋山を支えようとした遠州画人の痛み | 暮らし | 福田半香が師・渡辺崋山を支えるべく結んだ半香義会を、蛮社の獄後の崋山救援という文… | |
| 82 | 磐田の祭礼を総合する ── 裸祭・屋台・囃子・神事の類型学 | 社寺/祭り/暮らし | 見付天神裸祭・池田やかた祭り・掛塚祭・福田の屋台・中泉山車・府八幡宮大祭など磐田… | |
| 83 | 遠州の文人画を総合する ── 半香・崋山・地方文化のネットワーク | 暮らし | 福田半香の画風・門人・半香義会・遠州文人サロン・文人画ネットワーク・熊野絵巻を扱… | |
| 84 | 磐田の街道と宿場を総合する ── 東海道・姫街道・追分の交通史 | 沿革/交通/記憶 | 見付宿の機能構造・三ヶ野坂・追分と池田近道・横須賀街道の松並木・大通行を扱った各… | |
| 85 | 見付と中泉 ── 二つの中心が重なる磐田という都市を総合する | 沿革/交通/記憶 | 見付という都市・中泉の成り立ち・見付の信仰空間・中泉の天領支配を扱った各論を横断… | |
| 86 | 商いと町場を総合する ── 宿場・湊・消えた店が語る磐田の経済 | 交通/暮らし | 見付宿の商い・掛塚湊の交易・見付本通りから消えた店・産業遺構を扱った各論を横断し… | |
| 87 | 遠江今川氏と見付端城 ── もう一つの今川家が治めた見付 | 今川了俊を祖とする遠江今川氏(堀越氏)。文明年間に見付端城を築いた堀越貞延、大永… | ||
| 88 | 見付と時宗 ── 一遍の教えと西光寺、遊行上人の道 | 社寺 | 踊り念仏の一遍上人が開いた時宗は旅する宗教だった。見付の西光寺は一遍の教化で時宗… | |
| 89 | 江戸の旅ブームと見付宿 ── 膝栗毛と道中案内の時代 | 十返舎一九『東海道中膝栗毛』の大ヒットは江戸の庶民を旅へ駆り立てた。弥次喜多も遠… | ||
| 90 | 広重「見附 天竜川図」を読む ── 霧の川に描かれた磐田 | 広重の東海道五十三次「見附 天竜川図」は宿場の賑わいではなく川霧に沈む天竜川の渡… | ||
| 91 | 見付の土地を売る前に知っておきたいこと - 間口・接道・隣地協力から読む | 交通/建物/暮らし/記憶 | 大石浩之の磐田土地記憶録 第6回。見付の宿場町に残る間口の狭い土地を、間口課税の… | |
| 92 | 地租改正 ── 地券が変えた磐田の土地所有 | 沿革/暮らし | 地券発行、土地丈量、地租改正反対運動、松方デフレから、近代的土地所有と磐田経済の… | |
| 93 | 見付中学校の創立と校風 ── 五階堂仮校舎・労作教育・校歌 | 学校 | 創立80周年記念誌から、前身の県立見付中学校の創立、五階堂仮校舎、労作教育、防風… | |
| 94 | 戦後の磐田南高校と男女共学化 ── 磐田第一高校から女子生徒の入学へ | 学校 | 見付中学校が新制高校となり、磐田第一高校、磐田南高校、男女共学へ移る時期を、年表… | |
| 95 | 創立80周年記念誌に見る1990年代の磐南 ── 国際交流・自然科学・部活動 | 学校 | 創立70周年から80周年までの10年を、マウンテンビュー高校交流、桶ケ谷沼・天竜… | |
| 96 | 見付守護所 ── 遠江支配をめぐる攻防 | 沿革/記憶 | 鎌倉から戦国まで、今川・斯波らが争った見付守護所の位置、権限、府八幡宮免状と鐘の… | |
| 97 | 戦国期の見付自治 ── 町人・桝座・大久保氏 | 沿革/暮らし | 祭礼・徴税・裁判を担った町役人と桝座、天文10年に今川義元が認めた見付自治の仕組… | |
| 98 | 舞車と磁石 ── 中世見付の謡曲と狂言 | 祭り/交通 | 謡曲『舞車』と狂言『磁石』に描かれた見付宿から、中世の祇園祭、東海道、都と地方の… | |
| 99 | 徳川家康と三方原合戦 ── 見付を通った遠江攻略 | 交通 | 永禄11年の家康遠江侵攻から元亀3年の武田軍西進と三方原合戦まで、見付を通る軍事… | |
| 100 | 長州征伐と見付宿 ── 幕府軍通行の負担 | 交通 | 将軍家茂の上洛と長州征伐期、見付宿と助郷が担った軍勢の宿泊、人馬、物資を『図説 … | |
| 101 | 見付宿 ── 東海道二十八番、様々な人と物が行き交った宿場町 | 交通/暮らし | 東海道五十三次の二十八番目の宿場、見付宿。中世の今川氏支配から、伝馬朱印状に始ま… | |
| 102 | 見付の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字 | 沿革 | 見付地区の沿革年表・旧町村と大字の対応・現在の学校区と主な大字をまとめた資料ペー… | |
| 103 | 一の谷中世墳墓群遺跡 ── 見付の町はずれに眠る888基の中世墓地 | 記憶 | 見付の町の西北のはずれで見つかった中世の集団墓地、一の谷中世墳墓群遺跡。塚墓・土… | |
| 104 | 兜塚古墳 ── 直径84m、東海地方最大級と判明した円墳 | 記憶 | 磐田市見付・一言、かぶと塚公園に残る兜塚古墳。令和8年の測量調査で直径約84mの… | |
| 105 | 見付大久保家資料目録 ── 今川氏文書から遠州報国隊まで、1,500件の記憶 | 史料 | 見付の惣社・淡海国玉神社の神官を代々勤めた大久保家の資料が磐田市に寄贈され、資料… | |
| 106 | 見付祇園祭 ── 淡海國玉神社と天御子神社を結ぶ、光と音の夏祭り | 社寺/祭り | 見付の夏を彩る見付祇園祭。天御子神社と遠江国総社・淡海國玉神社を結ぶ約1.7km… | |
| 107 | 遠州報国隊 ── 淡海國玉神社の神官たちが結成した、幕末の民兵隊 | 社寺 | 慶応4年、討幕軍の東下に際して見付の淡海國玉神社と浜松の神官・国学者を中心に結成… | |
| 108 | 見付と中泉、二つの中心から磐田へ - 街道の町と鉄道の町が統合されるまで | 沿革/交通 | 見付と中泉が、1940年の磐田町成立と1942年の磐田駅改称を経て一つの都市イメ… | |
| 109 | 磐田市の旧映画館を歩く — 見付・中泉から郊外型シネコンまで | 交通/建物/暮らし/記憶 | 見付・中泉・掛塚・福田・豊浜にあった芝居小屋と映画館の記憶を、駅前、商店街、テレ… | |
| 110 | 磐田市の閉鎖したボウリング場を読む — 日活ゴールデンハイツと磐田グランドボウル | 交通/建物/暮らし/記憶 | 三ヶ野の日活ゴールデンハイツと中野の磐田グランドボウルを手がかりに、ボウリングブ… | |
| 111 | 磐田市の閉鎖プールを読む - 市民プールから温水・防災インフラへ | 建物/暮らし/記憶 | 磐田市民プール、旧磐田グランドホテルのプール、学校プールや民間施設の閉鎖から、遊… | |
| 112 | 見付宿西側の追分と池田近道 — 東海道・姫街道が分かれる西坂町を読む | 沿革/交通/記憶 | 見付宿西側の西坂町で東海道と池田近道が分かれた理由を、伝馬制度、池田の渡し、姫街… | |
| 113 | 見付本通りから消えた店を読む - 旅館・銭湯・食べ物屋の記憶 | 交通/建物/暮らし/記憶 | 見付本通りから消えた旅館、銭湯、食べ物屋や小売店の記憶を、宿場町から近代都市への… | |
| 114 | 見付宿を愛宕神社から俯瞰する ── 一枚の絵葉書が伝える宿場の家並み | 地図 | 絵葉書「東海道五十三次の内 見付(Mitsuke Totomi)」に写る、愛宕神… | |
| 115 | 見付宿の東木戸・西木戸・高札場 ── 宿場の境界と掟が置かれた場所 | 交通 | 東海道見付宿の東木戸・西木戸・高札場。宿場の東西の範囲、木戸の役割、高札に掲げら… | |
| 116 | 見付の坂道・辻・曲がり角 ── 台地の縁が刻んだ宿場の道すじ | 交通 | 東坂・西坂という地名、宿場の曲がり角、木戸に挟まれた約626間の宿内。磐田原台地… | |
| 117 | 見付の路地裏と生活道路 ── 拡幅された本通りと、残された小路の記憶 | 交通 | 昭和期に拡幅された見付宿場通りの本通りと、今も蔵や明治期建築が残る裏路地。見付の… | |
| 118 | 見付の水路・井戸・生活用水 ── 台地の縁の町が水とどう向き合ってきたか | 暮らし | 明治42年の戸別明細図に描かれた水路、磐田原台地の縁という立地、昭和30年の上水… | |
| 119 | 見付の旧家・屋号・家並み ── 名で語られる商家の記憶 | 建物 | 見付宿本陣を務めた神谷家・鈴木家、明治の引札に残る商家の名前を手がかりに、宿場の… | |
| 120 | 見付の町家・蔵・商家建築 ── 宿場のかたちが今も残るところ | 建物 | 間口の狭い「うなぎの寝床」型の町家、通り土間、土蔵。見付宿場通りに残る建築様式と… | |
| 121 | 見付の寺町と寺院配置 ── 総社・天神・宗派の異なる寺々が重なる町 | 社寺 | 淡海国玉神社と見付天神の役割分担、日蓮宗・浄土宗・時宗という宗派の異なる寺院群。… | |
| 122 | 見付の古写真・絵葉書から消えた建物を復元する | 建物 | 明治42年の戸別明細図に記された郡役所・登記所・製造所。古い絵葉書・引札という窓… | |
| 123 | 矢奈比賣神社と見付天神 ── 女神と学問の神が重なる社 | 社寺 | 女神・矢奈比賣命を祀る古社でありながら「見付天神」として菅原道真を配し、二つの信… | |
| 124 | 磐田文庫と幕末・明治の地域知性 ── 大久保忠尚がつくった見付の文庫 | 史料 | 元治元年、見付の神官・大久保忠尚が私財を投じて設立した磐田文庫。国学者ネットワー… | |
| 125 | 旧見付学校以前の寺子屋教育 ── 宣光寺・省光寺と見付の手習い | 学校 | 明治8年の旧見付学校ができる前、見付の子どもたちはどこで学んでいたのか。宣光寺・… | |
| 126 | 見付地区の学校史と地域教育 ── 見付学校から磐田北小学校へ | 学校 | 見付学校、見付尋常高等小学校、見付国民学校、磐田北小学校。校名変遷と幻の見付中学… | |
| 127 | 校歌・学校区から見る見付の地域意識 | 学校 | 見付尋常高等小学校の男女合併、国民学校への改称、磐田北小学校への統一。校名・学校… | |
| 128 | 家康が見付から浜松へ移った理由 ── 信長の助言と「引馬」の改名 | 記憶 | 家康は当初見付に築城予定だったが、天竜川を挟む退却リスクを信長に指摘され浜松へ。… | |
| 129 | 城之崎城が完成していた場合の歴史IF ── 思考実験としての磐田 | 記憶 | もし城之崎城が完成し家康が見付を本拠とし続けていたら。既存記事で確認した史実をも… | |
| 130 | 見付宿の助郷制度と周辺村の負担 ── 宿場の外側で支えた村々 | 交通 | 見付宿の助郷制度を、第六章202〜237頁の助郷村表、勤高、買人馬、賃銭から再構… | |
| 131 | 見付宿の成立と宿場範囲 ── 慶長6年の伝馬朱印状から読む | 交通 | 関ヶ原の戦いの翌年、慶長6年(1601年)に発せられた伝馬朱印状。見付宿はどのよ… | |
| 132 | 磐田駅から消えた二つの鉄路 ── 中泉軌道と光明電気鉄道 | 交通/記憶 | 磐田駅、かつての中泉駅を起点に、天竜川水運と地域の産業を支えようとした中泉軌道と… | |
| 133 | 中泉軌道とは何だったのか ── 天竜川水運と磐田駅を結んだ細い鉄路 | 交通 | 1909年に中泉停車場から池田橋方面へ開通した中泉軌道。天竜川水運と東海道本線を… | |
| 134 | 旧東海道を走った軌道 ── 中泉軌道のルートと松並木の記憶 | 交通/記憶 | 中泉駅付近から旧東海道、一言橋、森下、池田橋へ。中泉軌道が通ったとされるルートを… | |
| 135 | 光明電気鉄道の夢 ── 見付と二俣を結ぼうとした高速電車 | 交通 | 新中泉から見付、岩田、上野部を経て二俣町へ。地方鉄道として異例の電化規格を持った… | |
| 136 | 光明電鉄19駅一覧 ── 新中泉から二俣町までをたどる | 史料/交通 | 光明電気鉄道の停留所を含む19駅を、新中泉からの距離とともに一覧表にまとめる。現… | |
| 137 | いま残る光明電鉄の痕跡 ── 平松駅、二俣口、トンネル、マンホール | 交通/記憶 | 平松駅跡のホーム跡、二俣口駅跡と阿蔵トンネル、駅前で見つかった光明電鉄のマンホー… | |
| 138 | 久根鉱山、木材、天竜川 ── 鉄道が運ぼうとしたもの | 交通/暮らし/記憶 | 天竜川の水運、久根鉱山の鉱石輸送、木材と地域産品。中泉軌道と光明電気鉄道が支えよ… | |
| 139 | なぜ鉄路は消えたのか ── バス、三信鉄道、過剰投資の時代 | 交通 | 自動車輸送の普及、三信鉄道の整備による鉱山輸送ルートの変化、重い設備投資。中泉軌… | |
| 140 | 見付に残る幻の城 ── 徳川家康の築城伝説と城之崎城 | 記憶 | 磐田城山球場・城山中学校周辺に伝わる、徳川家康の築城伝説「城之崎城」。秀吉配慮説… | |
| 141 | 城之崎城とは何か ── 城山球場・城山中学校に眠る未完の城 | 記憶 | 磐田城山球場・城山中学校周辺に比定される城之崎城。名古屋市蓬左文庫所蔵『遠州見付… | |
| 142 | なぜ家康は見付を選んだのか ── 国府・東海道・今之浦の地政学 | 交通/記憶 | 遠江国府、東海道見付宿、今之浦の水運。徳川家康が遠江支配の拠点候補として見付を選… | |
| 143 | 城之崎城はなぜ未完に終わったのか ── 武田信玄・天竜川・水不足 | 記憶 | 「秀吉に配慮した」という伝承を時代順に検証し、城之崎城が未完に終わった直接の理由… | |
| 144 | 磐田が戦場になった時代 ── 一言坂・三ケ野・社山城・匂坂城 | 記憶 | 元亀3年の武田信玄による遠江侵攻。一言坂の戦い、本多忠勝の殿、三ケ野坂、社山城・… | |
| 145 | 「秀吉に配慮した城」の正体 ── 中泉御殿との混同を解く | 記憶 | 秀吉配慮説は城之崎城ではなく中泉御殿に対応する話ではないか。1580年代に造営さ… | |
| 146 | 伝承はなぜ生まれるのか ── 城之崎城と中泉御殿が一つの物語になるまで | 記憶 | 時代も仮想敵も異なる城之崎城と中泉御殿が、なぜ一つの伝承として語り継がれてきたの… | |
| 147 | 見付から福田・掛塚方面へ向かう旧道 ── 南部の低地を渡る道 | 交通/記憶 | 内陸の見付と、沿岸の福田・掛塚を結んだ道を、南部の低地地形から考える。微高地づた… | |
| 148 | 旧東海道と国道1号・県道の主役交代 ── 磐田バイパスが変えた道の地図 | 交通/記憶 | 見付の旧東海道が国道1号として拡幅され、渋滞に悩んだ末に磐田バイパスへ主役を譲る… | |
| 149 | 鬼踊りと飛蘇鞠 ── 動と静、二つの極 | 社寺/祭り | 見付天神裸祭の核心である鬼踊りと飛蘇鞠を、動と静の二つの極として読み解く。 | |
| 150 | 磐田原から今之浦へ――台地と入り江がつくった磐田の暮らし | 記憶 | 磐田市歴史セミナー資料「磐田原から今之浦へ」をもとに、磐田原台地、今之浦、旧石器… | |
| 151 | 遠州画人伝を読む — 磐田・遠州の絵と文人の世界 | 社寺/交通/記憶 | 福田半香を中心に遠州の画人と文人画をたどるシリーズの入口・総合ポータル。 | |
| 152 | 遠州の文人画ネットワーク — 見付・掛川・浜松・田原を結ぶ道 | 社寺/交通/記憶 | 見付・掛川・浜松・田原・江戸を結んだ文人画の往来とパトロンのネットワークを読む広… | |
| 153 | お蔭参り・お札降り・ええじゃないかの違い | 社寺/交通/記憶 | お蔭参り、お札降り、ええじゃないかの違いと重なりを整理し、見付のお札ふりを全国史… | |
| 154 | 見付の社寺と町の信仰空間 | 社寺/交通/記憶 | 見付天神、淡海國玉神社、八幡宮などを軸に、見付の町がお札ふりを受け止めた信仰環境… | |
| 155 | 幕末の磐田地方と民衆の不安 | 社寺/交通/記憶 | 文久・慶応期の政治変動、米や物価への不安、遠州に届く世情の揺れから、見付のお札ふ… | |
| 156 | 史料で読む見付宿のお札ふり | 社寺/交通/記憶 | 見付宿大略記、永野家書留、庚申中掛銭帳など、資料に見える史料名を整理し、町の動き… | |
| 157 | 各地に広がったお札降りと遠州 | 社寺/交通/記憶 | 各地のお札降りの分布を手がかりに、見付のお札ふりを遠州・三河・伊勢に広がる幕末の… | |
| 158 | 大正期のある政党人の生活と意見 — 鎌田東一(仮名)から見る磐田の村政治 | 沿革/記憶 | 鎌田東一(仮名)を通して、大正期の磐田における村政治、地主、名望家、政党政治、大… | |
| 159 | 磐田の村を動かした「名望家」 — 地主・教員・村役人が重なった時代 | 沿革/記憶 | 明治・大正期の磐田で、地主・教員・村役人として地域を動かした名望家の役割を整理す… | |
| 160 | 大正デモクラシーは磐田の村にどう届いたか — 政党政治と村の現実 | 沿革/記憶 | 政党政治、郡役所、村長、公共事業、選挙の関係を、磐田の村の暮らしから読み解く。 | |
| 161 | 河川・用排水・新駅 — 大正期の村長が向き合った仕事 | 沿革/記憶 | 大正期の村長の仕事を、河川改修、用排水路、新駅建設、用地提供、土地所有者と村の調… | |
| 162 | 神職の家から近代の村へ — 鎌田東一の学びと家の立て直し | 沿革/記憶 | 神職の家、学び、家督相続、教員経験、地主としての立場から、明治・大正期の地方エリ… | |
| 163 | 自由主義を考えながら政友会に入るという矛盾 — 鎌田東一の思想と現実 | 沿革/記憶 | 自由主義的な考えと、現実には政友会に入らざるをえなかった事情を、地主・村長・公共… | |
| 164 | 昔話は何を伝えてきたか — 日本と世界の民話から読む「語り継ぐ」ということ | 暮らし | 笠地蔵・鶴の恩返しを入口に昔話の教訓と口承の知恵を考え、グリム童話・イソップ寓話… | |
| 165 | 石川鴻斎 — 見付に晩年を置いた遠州の文人画家 | 記憶 | 石川鴻斎を、漢詩・書・画に通じた明治期の文人画家として整理し、東京での活動、作品… | |
| 166 | 福田半香とは誰か — 遠州見付が生んだ文人画家の生涯 | 暮らし/記憶 | 見付宿に生まれ渡辺崋山に学んだ文人画家・福田半香の生涯。姓と地名の混同、名・字・… | |
| 167 | 福田半香と渡辺崋山、そして半香義会 | 暮らし/記憶 | 福田半香と渡辺崋山の師友関係、蛮社の獄、崋山生前の支援だった半香義会、崋山の死と… | |
| 168 | 福田半香の画風を読む — 山水図に残る静けさと気骨 | 暮らし/記憶 | 文人画・南画の視点から、福田半香の山水画を代表作とともに読み解く。形似と伝神、余… | |
| 169 | 福田半香の門人と遠州画脈 — 名が残る人、残らなかった人 | 暮らし/記憶 | 小栗松靄・熊谷青城・武田桜園・樋口思斎・藤田松湖ら、福田半香の門人と遠州画脈を一… | |
| 170 | 旧赤松家門・塀 ── 赤松則良の足跡と、近代磐田の町並みの記憶をつなぐ門と塀 | 社寺/記憶 | 県指定・建造物。見付に伝わる文化財を、公式指定情報と見付地区の地域史から読み直す… | |
| 171 | 木造地蔵菩薩坐像 ── 見付の寺院文化の奥に、平安仏の静かな時間を読む | 社寺/記憶 | 県指定・彫刻。見付に伝わる文化財を、公式指定情報と見付地区の地域史から読み直す。 | |
| 172 | 木造毘沙門天立像 ── 武神信仰の像から、見付の寺院と道の記憶をたどる | 社寺/記憶 | 県指定・彫刻。見付に伝わる文化財を、公式指定情報と見付地区の地域史から読み直す。 | |
| 173 | 太刀 銘成高 ── 刀剣一振りを、見付に残る中世遠江の武家文化の入口として読む | 社寺/記憶 | 県指定・工芸。見付に伝わる文化財を、公式指定情報と見付地区の地域史から読み直す。 | |
| 174 | 淡海国玉神社本殿 附棟札5枚 ── 遠江総社の本殿と棟札から、見付が国の中心だった記憶を読む | 社寺/記憶 | 県指定・建造物。見付に伝わる文化財を、公式指定情報と見付地区の地域史から読み直す… | |
| 175 | 甲塚のクロガネモチ ── 旧東海道のまち見付に残る樹木から、甲塚周辺の自然記憶を読む | 暮らし/記憶 | 県指定・天然記念物。見付に伝わる文化財を、公式指定情報と見付地区の地域史から読み… | |
| 176 | 阿多古山一里塚 ── 東海道見付宿の一里塚から、街道と道中の記憶を読む | 記憶 | 市指定・史跡。見付の東海道一里塚を、公式指定情報と見付地区の地域史から読み直す。 | |
| 177 | 見付本陣(神谷家・鈴木家)墓所 ── 西光寺に眠る本陣の家から、宿場の運営を読む | 記憶 | 市指定・史跡。見付宿本陣を務めた家の墓所を、公式指定情報と見付地区の地域史から読… | |
| 178 | 西光寺大クス附ナギの木 ── 見付宿西端の寺に育つ社寺林の巨木 | 社寺/記憶 | 市指定・天然記念物。西光寺境内の大クスとナギを、公式指定情報と見付地区の地域史か… | |
| 179 | 西光寺のイヌマキ ── 時宗の寺に立つイヌマキと見付の社寺林 | 社寺/記憶 | 市指定・天然記念物。西光寺境内のイヌマキを、公式指定情報と見付地区の地域史から読… | |
| 180 | 映画『お別れの歌』と磐田の風景 | 記憶 | 磐田市内で撮影された映画『お別れの歌』を、今の磐田が映像として残された文化的出来… | |
| 181 | 磐田タイムトラベル地図 | 地図/社寺/祭り/交通/記憶 | 古墳、遠江国府、国分寺、見付宿、祭礼、湊、学校を固定SVG地図と時代別カードでた… | |
| 182 | 磐田の地名をたどる | 沿革/社寺/交通/記憶 | 見付、国府台、中泉、二之宮、鎌田、御厨など、磐田の地名に残る国府・街道・水・信仰… | |
| 183 | 磐田郡という広がり ── 旧磐田市の外側にあった村々 | 沿革/記憶 | 古代の郡、明治の郡制、昭和の編入合併をつなぎ、旧磐田市の外側にあった村々を整理す… | |
| 184 | 古地図に村の名を探す ── 戸別明細図と旧高帳の読み合わせ | 地図/沿革/記憶 | 旧高帳、戸別明細図、現在の公図を読み合わせ、消えた村名や字名を調べる方法を整理す… | |
| 185 | 旧磐田市の成り立ち ── 村から町、町から市へ | 沿革/記憶 | 江戸期の村名、町村制、磐田町成立、市制施行、2005年合併までを地名の記憶として… | |
| 186 | 今之浦と大之浦 | 沿革/記憶 | 今之浦を、大之浦、万葉集、湿地・水田、今之浦川、土地区画整理が重なる水辺の記憶と… | |
| 187 | 起源をめぐる三つの説 ── 歓喜・人身御供・反閇 | 祭り | 磐田市見付の見付天神裸祭について、歓喜の舞説、人身御供・悉平太郎説、反閇説を比較… | |
| 188 | 神事の構造と日程 | 祭り | 見付天神裸祭は、大祭の一夜だけでなく、浜垢離、清祓い、堂入り、鬼踊り、闇の渡御、… | |
| 189 | 無形文化財としての継承 | 祭り | 見付天神裸祭が国指定重要無形民俗文化財として評価された理由、昭和期以降の変化、コ… | |
| 190 | 旧見付学校と、学びのまち磐田 | 沿革/建物/学校/記憶 | 旧見付学校附磐田文庫を、磐田文庫・遠州国学・寺子屋から続く見付の教育史として読む… | |
| 191 | 東海道・見付宿の面影 | 史料/沿革/交通 | 東海道五十三次二十八番目の宿場・見付宿を、旧東海道、姫街道、天竜川の渡し、旧見付… | |
| 192 | 磐田市見付の歴史と町内案内 | 沿革/記憶 | 国府・宿場・学校と層をなす見付の歩みと、26町内の現在。 | |
| 193 | 東海道と見付宿 | 沿革/交通 | 東海道五十三次の宿場として栄えた見付宿。 | |
| 194 | 悉平太郎伝説の考察 | 社寺/祭り | 見付天神に伝わる霊犬悉平太郎の物語を、伝承・民俗学・地域記憶として読み解く。 | |
| 195 | 淡海國玉神社 | 社寺 | 遠江国の総社と伝わる淡海國玉神社。 | |
| 196 | 見付天神裸祭【特集】 | 祭り | 国の重要無形民俗文化財・見付天神裸祭を、神事構造・起源・鬼踊り・飛蘇鞠・継承・伝… | |
| 197 | 旧赤松家 | 建物 | 赤松則良の経歴、旧赤松家門・塀の文化財指定、旧赤松家記念館の公開情報を公的資料で… | |
| 198 | 姫街道 | 交通 | 東海道の脇往還・姫街道。 | |
| 199 | 見付古地図散歩 第1回 見付の土地と記憶 | 地図/交通/記憶 | 古地図を手がかりに、見付の土地と記憶をたどる第1回。 | |
| 200 | 見付古地図散歩 第2回 相続される土地 | 地図/記憶 | 土地がどう受け継がれてきたかを、古地図から読み解く第2回。 | |
| 201 | 見付古地図散歩 第3回 道と調査 | 地図/交通 | 道のかたちと土地調査の跡を、古地図からたどる第3回。 | |
| 202 | 見付古地図散歩 第4回 町の中枢 | 地図/暮らし | 町の中枢がどこにあったか。古地図から見付の中心をたどる第4回。 | |
| 203 | 見付古地図散歩 第5回 手放す前に | 地図/記憶 | 土地を手放す前に確かめたいこと。古地図散歩の最終回。 | |
| 204 | 佐口行正氏所蔵史料 本編 | 史料/地図 | 引札・浮世絵・古地図・絵葉書など約336点。 | |
| 205 | 佐口行正氏所蔵史料 目録 | 史料/地図 | 所蔵史料を一覧から探せる目録。 |
どこから読むか迷ったら ── 時間の道しるべ
時代の流れに沿って読みたい方は、この順でどうぞ。
歩いて出会える記憶 ── 見付の主な文化財・史跡
読み物でたどった記憶の多くは、いまも町のあちこちに形として残っています。『ふるさと散歩』(磐田市教育委員会文化財課)ほかをもとに整理しました。指定内容は変更されることがあります。
| 名称 | 指定区分 | ひとこと | 磐田物語の記事 |
|---|---|---|---|
| 旧見付学校 附 磐田文庫 | 国指定史跡 | 現存最古級の擬洋風校舎と、幕末の私設文庫。 | 記事を読む / 磐田文庫 |
| 見付天神裸祭 | 国指定重要無形民俗文化財 | 矢奈比賣神社の祭神が総社へ渡御する夜の祭礼。 | 特集を読む |
| 淡海国玉神社本殿 | 県指定 | 遠江の総社と伝わる「中のお宮」。三間社流造。 | 記事を読む |
| 旧赤松家(門・塀・土蔵) | 県・市指定 | 赤松則良ゆかりの煉瓦塀と門が伝える近代の見付。 | 記事を読む |
| 兜塚古墳と甲塚のクロガネモチ | 県天然記念物ほか | 直径84m・東海地方最大級と判明した円墳と、北側に育つ巨木。 | 古墳を読む / 巨木を読む |
残り11件の文化財・史跡を見る
| 名称 | 指定区分 | ひとこと | 磐田物語の記事 |
|---|---|---|---|
| 宣光寺の仏像(地蔵菩薩坐像・毘沙門天立像) | 県指定 | 平安時代の様式を伝える2体の仏像。 | 調査予定 |
| 阿多古山一里塚 | 市指定史跡 | 江戸日本橋から数えた東海道の一里塚。 | 記事を読む |
| 見付本陣(神谷家・鈴木家)墓所 | 市指定史跡 | 西光寺に眠る本陣の家。宿場運営の記憶。 | 記事を読む |
| 西光寺表門(中泉御殿の表門) | 市指定 | 徳川家康の別荘・中泉御殿から移されたと伝わる門。 | 調査中 |
| 西光寺大クス附ナギ・イヌマキ | 市天然記念物 | 宿場西端の寺に育つ社寺林の巨木たち。 | 大クス / イヌマキ |
| 聖観音菩薩立像(福王寺) | 市指定 | 平安時代に造られた3間1戸の薬医門の寺に伝わる立像。 | 調査予定 |
| 省光寺のイチョウ | 市指定 | 樹高18.7m、推定樹齢240年。寺子屋の記憶とも重なる。 | 調査予定 |
| 慈恩寺の雲板 | 市指定 | 応永26年(1419年)銘。食事や坐禅を告げた鳴物。 | 調査予定 |
| 一の谷中世墳墓群 | 発掘・一部移築復元 | 約800〜400年前の人々が葬られた中世墓地。 | 記事を読む |
| 城之崎城跡 | 伝承地 | 徳川家康が築きかけた未完の城。 | 特集を読む |
| 池田近道(姫街道) | 街道遺構 | 見付宿から池田の渡しへ向かう西の小道。 | 記事を読む |
「調査予定」の項目は、資料確認・現地確認ののち、順次読み物として公開します。この一覧は地区の記憶の目次を兼ねており、記事が増えるたびにリンクへ置き換わります。
見付の成り立ち ── 宿場町から磐田市へ
こうした記憶を生んだ見付という町が、行政のうえでどう歩んできたか。おおまかな流れは次のとおりです。
東海道 見付宿 江戸期 → 見付町 明治22年(1889年) → 磐田町 昭和15年(1940年) → 磐田市 昭和23年(1948年) → 新・磐田市 平成17年(2005年)
町村制で単独の見付町となり、中泉町などとの合併で磐田町、市制施行で磐田市へ。平成の大合併で現在の磐田市の中心部となりました。沿革の年表、旧町村・大字の対応、現在の学校区と大字は、別ページで詳しく整理しています。
見付の記憶を、次の世代へ
この地区に関する古写真、古い地図、昔の屋号、商店、学校、祭り、建物、地名、言い伝えなどの情報を募集しています。確実な史料だけでなく、「昔こう聞いた」という記憶も、地域を記録する大切な手がかりです。確実な史料と地域の記憶は分けて整理し、次の世代へ手渡していきます。
この土地・家の記憶を残したい方へ
見付をはじめ磐田市・袋井市で、相続した実家・空き家・土地建物のご相談を、地域で暮らし不動産に関わる立場から承っています。
作成方針・参考資料
作成方針
旧町村の沿革、現在の学校区、大字、生活圏を総合して分類する。断定できない情報は「要確認」「調査中」と明記する。地域の記憶は史実と分け、集合知として集めて随時更新する。
参考資料・出典
磐田市公式資料(地区別人口・通学区域ほか)/『見付町』『磐田市』ほか沿革に関する公開資料/磐田市教育委員会文化財課『ふるさと散歩 見付編』/磐田市史・旧町村史・地域資料/佐口行正氏所蔵史料
古い地名や集落の成り立ちを調べていると、家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。相続した家、空き家、使わなくなった土地について、「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。