失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す
磐田物語 / 磐田市の歴史
磐田共通 | 磐田市の歴史ハブ

磐田市の歴史 ──
2万年の歩みを、テーマと地区から読む

遠江国府が置かれたまち、東海道の宿場のまち、そして鉄道とともに育ったまち。磐田の2万年の歩みを短くまとめ、磐田物語のテーマハブと9地区の入口へ案内する、いちばん上の入口ページである。

一、磐田市の歴史の骨格 ── 国府から現代まで

磐田の歴史の骨格は、こうまとめられる。磐田原台地には旧石器時代からおよそ2万年におよぶ人の営みの跡が残り(→ 古墳・遺跡ハブ)、古代には遠江国府・国分寺・総社が置かれて国の中心となった。中世には「みつけの府」と称された見付が東海道の宿場町として栄え、近世には幕府直轄地・中泉が代官所のまちとして並び立つ。明治22年(1889年)の鉄道開通で駅を得た中泉と、街道のまち見付という二つの中心は、昭和15年(1940年)の磐田町成立で一つにまとまり、平成17年(2005年)の合併で現在の磐田市が生まれた(→ 磐田市はどうして生まれたのか)。

磐田物語は、この歩みを1,000本超の記事で記録している。初めての方ははじめにから、全体像は全記事一覧から、まだ書かれていない領域は磐田物語 空白地図から入れる。地区ごとに歩きたい場合は、トップページの9地区の入口が起点になる。

Q. 昔の磐田市はどんなまちだった?
A. 宿場町・見付と、代官所と駅のまち・中泉という二つの中心が並び立っていた。→ 見付と中泉、二つの中心から磐田へ旧村ハブ
Q. 磐田市はいつできた?
A. 昭和23年(1948年)の市制施行を経て、平成17年(2005年)の5市町村合併で現在の磐田市になった。合併の経緯は 磐田市はどうして生まれたのか が詳しい。
Q. 磐田の歴史を最初から読むには?
A. はじめにと連載まちの成り立ちが入口になる。

テーマから調べる ── 磐田物語のハブ一覧

磐田市の鉄道史鉄道 磐田市の学校史学校 磐田市の祭り祭り 磐田市の地名と町名の由来地名 磐田市の旧村と合併の歩み旧村 磐田市の古墳・遺跡遺跡 磐田市の産業史産業 二十一世紀に伝えたい戦争体験戦争 磐田市の古写真・古地図古写真 磐田市の人物人物 磐田市の神社神社 磐田市の寺院寺院 磐田市の消えた建物・施設跡地 磐田市の道と橋道と橋

入口いろいろ

はじめに ── 磐田物語の考え方案内 全記事一覧一覧 磐田物語 空白地図 ── 何が、まだ書かれていないか索引 磐田の集合知とは方針 磐田タイムトラベル地図地図 新着記事・更新履歴新着

市制施行年など沿革の細部は c097(合併史)の記載に基づく。

← トップへ戻る 全記事一覧へ →

この地域の家・土地・空き家について

古い地名や集落の成り立ちを調べていると、 家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。

相続した家、空き家、使わなくなった土地について、 「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、 富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。

この記事について

著者
大石浩之(富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役/磐田物語 運営者)
参考資料
佐口行正氏所蔵資料、磐田市・静岡県等の公開資料、現地確認、郷土史関連資料を参考にしています。記事ごとに主要な参考資料がある場合は、個別に追記してください。
作成方針
本記事は、資料をもとに、史実・地名・地理・時代背景を確認しながら、読みやすい地域史コンテンツとして再構成しています。誤りや補足情報がある場合は、運営者までお知らせください。