御厨地区
「御厨」は伊勢神宮の神領(御厨)に由来する地名で、鎌田御厨の名残を伝えます。鎌田神明宮(遠州のお伊勢さま)を中心に、東部の田園・集落・暮らしの記憶が重なる、磐田市東部の地区です。
御厨は、磐田原台地の東縁に広がる町です。平安時代以降、伊勢神宮の荘園「鎌田御厨」として成立し、地名の由来ともなりました。国史跡の御厨古墳群や、弥生時代の高地性集落である城之崎遺跡など、古代から中世にかけての記憶が台地の縁に幾重にも積み重なっています。鎌田神明宮を総鎮守とし、二子塚古墳や堂山古墳など、御厨古墳群につらなる古墳が点在します。このページは、その御厨の記憶をたどるための入口です。まずは三つの扉から、どうぞ。
はじめて御厨を読む方へ ── 三つの入口
弥生後期の竪穴住居跡と後期古墳が重なる城之崎遺跡。重層的な土地の時間を読む。
「遠州のお伊勢さま」と親しまれる鎌田神明宮。御厨の信仰の中心をたどる。
国指定史跡。松林山古墳に始まる新貝・鎌田の大型古墳群。
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御厨地区に関係する読み物・特集・史料ページを、新着を上にして並べています。テーマ別に絞り込むこともできます。
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| No. | タイトル | テーマ | 概要 | 公開日 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 鎌田神明宮 ── 遠州のお伊勢さま | 沿革/社寺/記憶 | 鎌田神明宮の由緒と、伊勢神宮領(御厨)としての鎌田、遠州における伊勢信仰の受容を… | |
| 2 | 「貝塚」という地名 ── 消えた海岸線を読む | 沿革/記憶 | 西貝塚・東貝塚という地名を手がかりに、縄文海進期の海岸線や入海の記憶が地名に保存… | |
| 3 | 鎌田御厨 ── 伊勢神宮領だった村の名残 | 沿革/社寺/記憶 | 伊勢神宮領(御厨)であった鎌田御厨の成立・機能と、御厨制、中世遠江の荘園景観、地… | |
| 4 | 城之崎遺跡 ── 磐田原台地南部の弥生と古墳 | 沿革/記憶 | 磐田原台地南部の城之崎遺跡が示す弥生後期の高地性集落と古墳の重層を、1970年の… | |
| 5 | 医王寺庭園及び参道 ── 鎌田の名勝と信仰空間 | 社寺/建物/記憶 | 鎌田・医王寺の名勝庭園と参道空間の構成を、庭(点)・参道(線)・土地(場)の三層… | |
| 6 | 田原地区の集落と地名 ── 台地東部の村々を読む | 沿革/記憶 | 田原・玉越・西島・彦島・三ケ野・明ケ島の六集落の地名の由来と変遷を、諸説を対等に… | |
| 7 | 西貝塚から安久路・城之崎へ ── 田園から市街へ変わった地域 | 沿革/記憶 | 西貝塚から安久路・城之崎にかけての地域が田園から市街地へ変わった近現代の変容を、… | |
| 8 | 御厨と南御厨 ── 地名・水・道で分ける東部 | 沿革/交通/記憶 | 御厨と南御厨の二地区を、地名・水・道・暮らしという同一の物差しで比較し、分けるも… | |
| 9 | 磐田の閉鎖したボウリング場 ── 高度成長期の娯楽の記憶 | 沿革/建物/暮らし | 磐田市の閉鎖したボウリング場やドライブインシアターを手がかりに、高度成長期の娯楽… | |
| 10 | 田原地区のお宮とお寺 ── 集落のまとまりを映す神社・寺院 | 沿革/社寺/記憶 | 田原地区のお宮(神社)とお寺(寺院)の分布が集落のまとまり・村の秩序をどう映すか… | |
| 11 | 田原地区の学校史 ── 寺子屋・西島学校から田原小学校へ | 沿革/学校 | 田原地区の学校史(寺子屋・西島学校から田原小学校へ)と学制期の学校づくりを、学制… | |
| 12 | 田原地区の成り立ち ── 台地・旧道・田園が編んだ磐田東部 | 沿革/交通/記憶 | 磐田市東部の田原地区を、磐田原台地の縁・谷筋・低地の重なりと三ヶ野坂・旧東海道と… | |
| 13 | 三ヶ野坂から西島・明ヶ島へ ── 坂・島地名・寺社で読む田原の道 | 社寺/交通/記憶 | 田原地区の三ヶ野坂・西島・明ヶ島を、台地の縁を越える坂・低湿地の微高地を示すとさ… | |
| 14 | 御厨地区総論 ── 古い地名と新しい暮らしが重なる磐田東部 | 沿革/交通/記憶 | 磐田市東部の御厨地区を、鎌田・新貝などの古い地名・寺社・旧道と、御厨駅(2020… | |
| 15 | 南御厨という生活圏 ── 低地・農地・水路がつくった独立の村 | 沿革/記憶 | 南御厨地区を、御厨の付属ではなく低地・水田・水路がつくった独立した生活圏として、… | |
| 16 | 西貝という重層地域 ── 旧集落・寺社・開発が積み重なる磐田東側 | 沿革/記憶 | 御厨・西貝を、住宅地・市街地という現在の姿の下に旧集落・水利・寺社・開発の層が重… | |
| 17 | 御厨の成り立ち ── 荘園御厨から鉄道の駅までの沿革 | 沿革/記憶 | 御厨地区の成り立ちを、荘園御厨に由来する地名から近代の町村沿革・御厨駅開業まで、… | |
| 18 | 鎌田山医王寺 ── 行基伝承と遠州流の枯山水 | 社寺 | 天平年間に行基が薬師如来を刻んで開いたと伝わる鎌田の古刹・医王寺。戦国の兵火と家… | |
| 19 | 田原地区のお宮とお寺 ── 集落のまとまりを映す神社・寺院 | 沿革/社寺/記憶 | 『田原の史話』をもとに、田原・玉越・西島など旧田原村域の神社と寺院を、集落のまと… | |
| 20 | 田原地区の集落と地名 ── 田原・玉越・西島・彦島・三ケ野・明ケ島を読む | 沿革/記憶 | 『田原の史話』をもとに、田原・玉越・西島・彦島・三ケ野・明ケ島の各集落を、旧田原… | |
| 21 | 田原地区の学校史 ── 寺子屋・西島学校から田原小学校へ | 沿革/学校/暮らし | 『田原の史話』をもとに、田原地区の寺子屋、明治初期の仮校舎、西島学校、田原小学校… | |
| 22 | 旧田原小学校の記憶 ── 校舎火災・校庭・ピアノ・飛行機見物 | 学校/暮らし/記憶 | 『田原の史話』に残る旧田原小学校の回想をもとに、校舎火災、校庭、ピアノ、初めての… | |
| 23 | 田原の地震と戦争の記憶 ── 東南海地震・艦砲射撃・機銃掃射 | 学校/暮らし/記憶 | 『田原の史話』に残る東南海地震、艦砲射撃、機銃掃射の回想から、田原小学校と地域の… | |
| 24 | 平氏と遠江国司 ── 平重盛の一族と磐田 | 社寺 | 平重盛の遠江国司就任を軸に、蓮光寺・連城寺・熊野御前へ残る平氏の記憶を、政治史と… | |
| 25 | 源平争乱と遠江 ── 頼朝の挙兵から遠江支配へ | 記憶 | 治承4年の頼朝挙兵から安田義定の遠江国司就任、鎌田御厨をめぐる争い、千手前伝承ま… | |
| 26 | 地租改正 ── 地券が変えた磐田の土地所有 | 沿革/暮らし | 地券発行、土地丈量、地租改正反対運動、松方デフレから、近代的土地所有と磐田経済の… | |
| 27 | 御厨の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字 | 沿革 | 御厨地区の沿革年表・旧町村と大字の対応・現在の学校区と主な大字をまとめた資料ペー… | |
| 28 | 堂山古墳 ── 全長110m、静岡県最大級の前方後円墳 | 記憶 | 磐田市御厨・東貝塚の堂山古墳。古墳時代中期、全長約110mの静岡県最大級の前方後… | |
| 29 | 二子塚古墳 ── 三ケ野台に残る、市指定の馬具と馬形埴輪 | 記憶 | 磐田市三ケ野台の二子塚古墳。古墳時代中期末に築かれ、朝鮮半島から伝わった馬の飼育… | |
| 30 | 磐田市の旧映画館を歩く — 見付・中泉から郊外型シネコンまで | 交通/建物/暮らし/記憶 | 見付・中泉・掛塚・福田・豊浜にあった芝居小屋と映画館の記憶を、駅前、商店街、テレ… | |
| 31 | 磐田市の閉鎖したボウリング場を読む — 日活ゴールデンハイツと磐田グランドボウル | 交通/建物/暮らし/記憶 | 三ヶ野の日活ゴールデンハイツと中野の磐田グランドボウルを手がかりに、ボウリングブ… | |
| 32 | 古墳と川・海・道 ── 磐田海・大乃浦と、東海道以前の水運の記憶 | 記憶 | 磐田原台地に古墳を築いた有力者は何を通じて鉄や鏡を得たのか。磐田海・大乃浦、東海… | |
| 33 | 消えた古墳・塚地名の調査 ── 経塚古墳・堂山古墳と、名だけが残る塚 | 記憶 | 東海道線工事や明治の土取りで失われた古墳がある。経塚古墳・堂山古墳の記録と、「塚… | |
| 34 | 発掘調査報告書から読む磐田の古代 ── 一次資料の探し方と読み方 | 史料 | 磐田の古墳を語る記事の多くは発掘調査報告書という一次資料に支えられている。全国遺… | |
| 35 | 三ヶ野坂・物見の松・本多忠勝伝承 ── 七つの時代の道が重なる坂 | 交通 | 三ケ野坂には鎌倉から平成まで七つの時代の道筋が重なって残る。全国的にも珍しい「七… | |
| 36 | 磐田原台地と古墳分布 ── 台地の縁に眠る、時代の異なる王たち | 記憶 | 新豊院山古墳群・御厨古墳群・兜塚古墳など、磐田原台地の縁に点在する古墳群を俯瞰し… | |
| 37 | 西貝塚・明ヶ島・大原周辺の遺跡群 ── 磐田原台地南東縁の考古学的景観 | 記憶 | 縄文の貝塚群・西貝塚を中心に、磐田原台地南東縁に広がる遺跡群を俯瞰する。城之崎遺… | |
| 38 | 幼児の虫封じ | 祭り | 鎌田神明宮に伝わる幼児の虫封じを、人型、川へ流す作法、満願の鎌奉納から読む。 | |
| 39 | 御厨十七郷十九社と式年遷宮 | 祭り | 鎌田神明宮大祭を、御厨十七郷十九社、十月の摂社祭、式年遷宮、御厨古墳群の重層性か… | |
| 40 | 浦安の舞 | 祭り | 鎌田神明宮大祭で奉納される浦安の舞を、昭和15年の近代神楽、装束、檜扇・鈴、児童… | |
| 41 | 御厨六地区の屋台と囃子 | 祭り | 鎌田神明宮大祭に集う御厨六地区の屋台と囃子を、地区、形態、彫刻、練習、餅投げから… | |
| 42 | 鎌田神明宮大祭【特集】 | 祭り | 鎌田神明宮大祭を、鎌田御厨、十七郷十九社、式年遷宮、虫封じ、御厨六地区の屋台、浦… | |
| 43 | 磐田の米作りのはじまり|弥生のムラはどこに田を開いたのか | 記憶 | 平成6年度磐田市歴史セミナー資料集 第2回「磐田の米作のはじまり」をもとに、弥生… | |
| 44 | 田原地区総論 ── 台地・旧道・田園がつくった磐田東部の暮らし | 沿革/交通/記憶 | 台地縁・谷筋・旧道・水の得やすさが重なった場所に集落が寄った、田原地区を地形・水… | |
| 45 | 三ヶ野坂から西島・明ヶ島へ ── 道と寺社で読む田原地区の記憶 | 社寺/交通/記憶 | 坂・「島」地名・寺社・旧道を手がかりに、移動と信仰と農地の関係を読み解く田原地区… | |
| 46 | 御厨地区総論 ── 古い地名と新しい暮らしが重なる磐田東部 | 沿革/交通/記憶 | 古い地名の重みと、御厨駅・住宅地・生活圏が重なる現代の御厨を、地形・寺社・道から… | |
| 47 | 南御厨地区総論 ── 低地・農地・道がつくった南側の生活圏 | 沿革/記憶 | 御厨の付属ではなく、低地・水利・農地・寺社のまとまりを持つ独立した生活圏として南… | |
| 48 | 御厨と南御厨を分けるもの、つなぐもの ── 地名・水・道・暮らしの比較史 | 沿革/記憶 | 同じ地名圏にある差異と連続性を、地形・水利・交通・生活圏から比較する横断ページ。 | |
| 49 | 西貝地区総論 ── 旧集落・寺社・開発が重なる磐田の東側 | 沿革/社寺/記憶 | 西貝塚・西之島・上南田・安久路・城之崎。旧農村と近代の都市化・工業化が重なる西貝… | |
| 50 | 西貝塚から安久路・城之崎へ ── 田園から市街地へ変わった地域の記憶 | 沿革/記憶 | 変化の速い地域ほど記憶は失われやすい。開発・宅地化の層が重なる西貝塚・安久路・城… | |
| 51 | 三角縁四神四獣鏡 ── 新貝の鏡を、御厨古墳群とヤマト王権の接点として読み直す | 記憶 | 県指定・考古資料。新貝に伝わる文化財を、公式指定情報と御厨地区の地域史から読み直… | |
| 52 | 堂山古墳出土遺物 ── 堂山古墳の副葬品から、御厨の古墳群と地域首長の姿をたどる | 記憶 | 県指定・考古資料。堂山古墳周辺(c021所在地表記は見付)に伝わる文化財を、公式… | |
| 53 | 御厨古墳群 ── 全長107mの松林山古墳と、卑弥呼の鏡と呼ばれる三角縁神獣鏡 | 記憶 | 磐田市新貝・鎌田の御厨古墳群。全長107m・県内第4位の松林山古墳をはじめ、高根… | |
| 54 | 医王寺庭園及び参道 ── 鎌田の名勝庭園と参道空間を歩く | 社寺/記憶 | 市指定・名勝。鎌田・医王寺の庭園と参道を、公式指定情報と御厨地区の地域史から読み… | |
| 55 | 袴田家のマキ ── 鎌田の屋敷林に立つイヌマキと遠州の風土 | 記憶 | 市指定・天然記念物。鎌田・袴田家の屋敷木マキを、公式指定情報と御厨地区の地域史か… | |
| 56 | 映画『お別れの歌』と磐田の風景 | 記憶 | 磐田市内で撮影された映画『お別れの歌』を、今の磐田が映像として残された文化的出来… | |
| 57 | 磐田用水の歩み | 沿革/暮らし/記憶 | 磐田用水を天竜川、社山疏水、幹線改良、農地、土地改良区の流れで読む総論ページ。 | |
| 58 | 社山疏水の構想 | 沿革/暮らし/記憶 | 社山疏水の構想と犬塚祐一郎、明治期の水利計画、地域有志の調整を読む。 | |
| 59 | 磐田用水幹線改良事業 | 沿革/暮らし/記憶 | 昭和期の幹線改良事業を、取水難、突貫工事、昭和19年の初通水、用水安定化の流れで… | |
| 60 | 天竜川下流農業水利事業 | 沿革/暮らし/記憶 | 船明ダム、河口頭首工、パイプライン化、国営・県営・団体営事業を整理する。 | |
| 61 | 磐田用水東部土地改良区 | 沿革/暮らし/記憶 | 磐田用水東部土地改良区の設立、管理区域、年表、連合、現代的意義を整理する。 | |
| 62 | 城之崎遺跡 - 磐田原台地南部に残された弥生の住まいと古墳の記憶 | 沿革/記憶 | 磐田市西貝塚の城之崎遺跡を、弥生時代後期の高地性集落、城之崎2号墳・3号墳、古墳… | |
| 63 | 新貝 ── 古代国分寺窯跡の記憶と中世新貝庄の開発史 | 記憶 | 磐田市御厨地区の「新貝(しんがい)」の歴史を深掘り。奈良時代に聖武天皇が発願した… | |
| 64 | 東脇・新出 ── 今之浦東岸の干拓と近世新田の誕生 | 記憶 | 磐田市御厨地区の「東脇」「新出」の歴史を解説。かつて今之浦潟(潟湖)の東岸に位置… | |
| 65 | 稗原 ── 雑穀の原野から豊かな水田地帯への歩みと水利 | 記憶 | 磐田市御厨地区の「稗原(ひえばら)」の歴史を解説。かつて水利が得られず雑穀の稗(… | |
| 66 | 大立野 ── 中世の名主開発と名残を留める古い郷割 | 記憶 | 磐田市御厨・田原地区の「大立野(おおたちの)」の歴史を解説。中世における有力名主… | |
| 67 | 安久路 ── 湿地帯「悪路」から美しき田園「阿久路」への土木史 | 記憶 | 磐田市御厨地区の「安久路(あくじ)」の歴史を解説。平安・鎌倉期の古文書に登場する… | |
| 68 | 三ケ野・三ケ野坂 ── 東海道の難所・坂越えの賑わいと一里塚の記憶 | 交通 | 磐田市東部の「三ケ野(みかの)」「三ケ野坂(みかのざか)」の歴史を解説。江戸時代… | |
| 69 | 富士見台 ── 磐田原台地南端の景勝地と近代開拓の歴史 | 記憶 | 磐田市東部に位置する「富士見台(ふじみだい)」の歴史を解説。磐田原台地の最南端に… | |
| 70 | 東新屋 ── 新たな入植地「新屋」の成立と近世の生活圏 | 記憶 | 磐田市御厨地区の「東新屋(ひがしあらや)」の歴史を解説。「新屋(あらや=新しい家… | |
| 71 | 和口 ── 河川の合流点に拓かれた「和の口」の民俗と治水 | 記憶 | 磐田市御厨地区の「和口(わぐち)」の歴史を解説。今之浦川と太田川の支流が複雑に交… | |
| 72 | 御厨駅と現代の御厨 ── 令和に蘇った古代「神領」の地名と未来への継承 | 記憶 | 磐田市御厨地区に2020年に開業した「JR御厨駅(みくりやえき)」。駅名として令… | |
| 73 | 御厨村の分立と再編 ── 明治27年、伊勢神領の村々が選択した自立の道 | 沿革 | 磐田市御厨地区の明治期の行政史を解説。明治22年(1889年)の町村制施行により… | |
| 74 | 南御厨村の誕生 ── 明治27年、南部平野への展開と独立村落の生活圏 | 沿革 | 磐田市南部の明治・大正期の行政史を解説。明治27年(1894年)、御厨村の南北対… | |
| 75 | 田原村の誕生 ── 磐田原台地東端の開墾と近代農村コミュニティの形成 | 沿革 | 磐田市東部の旧田原地区の明治・大正期の行政史を解説。明治22年(1889年)、磐… | |
| 76 | 磐田タイムトラベル地図 | 地図/社寺/祭り/交通/記憶 | 古墳、遠江国府、国分寺、見付宿、祭礼、湊、学校を固定SVG地図と時代別カードでた… | |
| 77 | 磐田の地名をたどる | 沿革/社寺/交通/記憶 | 見付、国府台、中泉、二之宮、鎌田、御厨など、磐田の地名に残る国府・街道・水・信仰… | |
| 78 | 磐田郡という広がり ── 旧磐田市の外側にあった村々 | 沿革/記憶 | 古代の郡、明治の郡制、昭和の編入合併をつなぎ、旧磐田市の外側にあった村々を整理す… | |
| 79 | 古地図に村の名を探す ── 戸別明細図と旧高帳の読み合わせ | 地図/沿革/記憶 | 旧高帳、戸別明細図、現在の公図を読み合わせ、消えた村名や字名を調べる方法を整理す… | |
| 80 | 旧磐田市の成り立ち ── 村から町、町から市へ | 沿革/記憶 | 江戸期の村名、町村制、磐田町成立、市制施行、2005年合併までを地名の記憶として… | |
| 81 | 今之浦と大之浦 | 沿革/記憶 | 今之浦を、大之浦、万葉集、湿地・水田、今之浦川、土地区画整理が重なる水辺の記憶と… | |
| 82 | 「貝塚」という地名 ── 西貝塚・東貝塚と消えた海岸線 | 沿革/記憶 | 縄文海進、磐田原台地、埋蔵文化財から、西貝塚・東貝塚という地名の記憶を読む。 | |
| 83 | 鎌田御厨 ── 伊勢神宮領だった村の名残 | 沿革/社寺/記憶 | 御厨地名、伊勢神宮領、鎌田神明宮、御厨地区の旧村と現代地名を読み解く。 | |
| 84 | 鎌田神明宮 ── 遠州のお伊勢さま | 社寺 | 遠州のお伊勢さまと親しまれる鎌田神明宮。 |
どこから読むか迷ったら ── 時間の道しるべ
時代の流れに沿って読みたい方は、この順でどうぞ。
歩いて出会える記憶 ── 御厨の主な文化財・史跡
読み物でたどった記憶の多くは、いまも町のあちこちに形として残っています。『ふるさと散歩』(磐田市教育委員会文化財課)ほかをもとに整理しました。指定内容は変更されることがあります。
| 名称 | 指定区分 | ひとこと | 磐田物語の記事 |
|---|---|---|---|
| 御厨古墳群(松林山・高根山・稲荷山・秋葉山・御厨堂山) | 国指定史跡 | 松林山古墳に始まる、新貝・鎌田に連なる大型古墳群。 | 記事を読む |
| 明ヶ島古墳群出土土製品(約6,000点) | 国指定重要文化財 | 明ヶ島古墳群から出土した、約6,000点にのぼる埴輪等の一括資料。 | 調査予定 |
| 堂山古墳(形象埴輪ほか) | 県指定(出土品) | 全長110m・静岡県最大級の前方後円墳。形象埴輪など出土品が県指定。 | 古墳を読む / 出土品を読む |
| 鎌田神明宮 | 鎌田御厨の総鎮守 | 「遠州のお伊勢さま」と親しまれる、御厨・鎌田御厨の総鎮守。 | 記事を読む |
| 医王寺の庭園 | 市指定 | 鎌田に伝わる市指定名勝の庭園と、参道の空間。 | 記事を読む |
残り7件の文化財・史跡を見る
| 名称 | 指定区分 | ひとこと | 磐田物語の記事 |
|---|---|---|---|
| 二子塚古墳(馬形埴輪) | 市指定(出土品) | 三ケ野台の古墳。青銅製馬具と、同じ意匠の馬形埴輪が市指定。 | 記事を読む |
| 連城寺(平清盛・重盛供養塔) | 伝承地 | 平清盛・重盛の供養塔と伝わる、御厨に残る伝承地。 | 調査予定 |
| 西貝塚遺跡 | 縄文のムラ・貝塚 | 縄文海進期の貝塚が残る、西貝塚一帯の遺跡。 | 記事を読む |
| 須賀神社の大クス | 市天然記念物 | 須賀神社の境内に育つ、市天然記念物のクスノキ。 | 調査予定 |
| 大日堂と本多平八郎 | 伝承地 | 本多忠勝ゆかりと伝わる大日堂。三ケ野坂に残る戦国伝承。 | 調査予定 |
| 甑塚古墳 | 遠江最後の前方後円墳 | 遠江地方で最後期とされる、御厨に残る前方後円墳。 | 調査予定 |
| 三ケ野の七つ道 | 鎌倉〜現代の古道群 | 三ケ野坂に鎌倉から現代までの、七つの時代の道が重なる。 | 記事を読む |
「調査予定」の項目は、資料確認・現地確認ののち、順次読み物として公開します。この一覧は地区の記憶の目次を兼ねており、記事が増えるたびにリンクへ置き換わります。
御厨の成り立ち ── 鎌田御厨から磐田市へ
こうした記憶を生んだ御厨という土地が、行政のうえでどう歩んできたか。おおまかな流れは次のとおりです。
鎌田御厨 中世 → 御厨村 明治22年(1889年) → 磐田市へ編入 昭和30年(1955年) → 新・磐田市 平成17年(2005年)
伊勢神宮領「鎌田御厨」に由来し、明治22年の町村制で御厨村となり、昭和30年に磐田市へ編入されました。平成の大合併で現在の磐田市の一部となっています。沿革の年表、旧町村・大字の対応、現在の学校区と大字は、別ページで詳しく整理しています。
御厨の記憶を、次の世代へ
この地区に関する古写真、古い地図、昔の屋号、商店、学校、祭り、建物、地名、言い伝えなどの情報を募集しています。確実な史料だけでなく、「昔こう聞いた」という記憶も、地域を記録する大切な手がかりです。確実な史料と地域の記憶は分けて整理し、次の世代へ手渡していきます。
この土地・家の記憶を残したい方へ
御厨をはじめ磐田市・袋井市で、相続した実家・空き家・土地建物のご相談を、地域で暮らし不動産に関わる立場から承っています。
作成方針・参考資料
作成方針
旧町村の沿革、現在の学校区、大字、生活圏を総合して分類する。断定できない情報は「要確認」「調査中」と明記する。地域の記憶は史実と分け、集合知として集めて随時更新する。
参考資料・出典
磐田市公式資料(地区別人口・通学区域ほか)/『御厨村』『磐田市』ほか沿革に関する公開資料/磐田市教育委員会文化財課『ふるさと散歩 東部編』/磐田市史・旧町村史・地域資料
古い地名や集落の成り立ちを調べていると、家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。相続した家、空き家、使わなくなった土地について、「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。