FEATURE | 磐田の記憶を深く読む
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磐田物語の代表コンテンツ
見付というまち
国府・宿場・学校と層をなす見付の歩みと、26町内の現在。佐口行正氏所蔵史料を添えてたどる総説。読む →
中泉の生い立ち
国府・御殿・代官所・駅前。古代から近代まで、磐田中心部としての中泉を三層で読む。読む →
城之崎遺跡
弥生後期の高地性集落と、城之崎2号墳・3号墳。住居跡と古墳の関係を、磐田原台地南部の地形からたどる長編学術HTML。読む →
旧豊田町の地名と土地の記憶
『豊田町地名地図』を手がかりに、池田・加茂・森下など旧豊田町の地名と土地利用をたどる。読む →
南部地区の総論
天竜川下流低地、遠州灘沿岸砂丘、旧村・学校区・生活圏の重なりとしての歴史を大きく読む。読む →
岩田・大藤・向笠をつなぐ丘陵と水の記憶
向陽地区を、岩田・大藤・向笠という旧村の重なりから読み直す総論ページ。読む →
掛塚という港町
天竜川舟運と遠州灘海運を結んだ掛塚湊。廻船問屋、伊豆石、掛塚まつり、湊町衰退後の記憶をたどる。読む →
福田の年中行事と昔ばなし
福田町教育委員会『年中行事と昔ばなし』をもとに、正月・盆・秋祭り・講・家の信仰、海と田畑の暮らしを整理する。読む →
豊岡地区の総論
敷地川、敷地村・広瀬村・野部村の沿革、獅子ヶ鼻、天竜浜名湖線、祭り・社寺・里山信仰を大きく読む。読む →
UPDATE | 公開履歴・更新履歴
新着記事
- 東屋台と西屋台 - 六社神社の秋祭りを支えた福田の二つの屋台
- 見付と中泉、二つの中心から磐田へ - 街道の町と鉄道の町が統合されるまで
- なぜ見付ではなく中泉に駅ができたのか - 鉄道忌避伝説と地形の制約
- 見付本通りから消えた店を読む - 旅館・銭湯・食べ物屋の記憶
- 磐田市の閉鎖プールを読む - 市民プールから温水・防災インフラへ
- 磐田市の閉鎖したボウリング場を読む — 日活ゴールデンハイツと磐田グランドボウル
- 磐田市の旧映画館を歩く — 見付・中泉から郊外型シネコンまで
- 見付宿西側の追分と池田近道 — 東海道・姫街道が分かれる西坂町を読む
- 秋葉常夜灯 ── 石の灯台が守った、火伏せの遠州
- 街道を導いた石 ── 一里塚・道標・供養塔がつくる旧東海道の景観
- 街道のほとりの小さな祠 ── くろん坊様と梅塚、旅がうんだ信仰
- 見付宿を愛宕神社から俯瞰する ── 一枚の絵葉書が伝える宿場の家並み
- 古墳が神社になった土地 ── 磐田の信仰空間の継承と地名の記憶
- 敷地・岩室廃寺と古代の灯台 ── 山あいの密教寺院が照らした大之浦
- 兜塚古墳 ── 大の浦を見下ろした王の円墳と、その後の千五百年
- 古墳時代の水運を支えた木の道具 ── 丸木舟と木製農具の記憶
- 中泉に息づく二つの信仰拠点 ── 中泉寺と大乗院三仭坊
- 桶ヶ谷沼と鶴ヶ池 ── 台地の縁に残った、日本一のトンボの楽園
- 磐田の盛土史 ── 海を防ぐ砂丘の盛土と、宅地を守る耐震化事業
- 城之崎城が完成していた場合の歴史IF ── 思考実験としての磐田
- 家康が見付から浜松へ移った理由 ── 信長の助言と「引馬」の改名
- 中泉御殿と関ヶ原の戦い ── 家康滞在記録をたどる



