一、夏の場所だった磐田市民プール

かつて上大之郷と上岡田にまたがる一帯には、磐田市民プールがあった。開設は昭和59年(1984年)。市民の体力づくり、子どもたちの夏休み、学校水泳、競技大会を受け止める、本格的な屋外水泳施設だった。

施設の周辺には、ジュビロ磐田の練習場もあり、この一帯は磐田のスポーツ文化を象徴する区域でもあった。毎年9月には県知事杯高校水泳大会が開かれ、静岡県内外から水泳選手が集まった。夏のプールで遊んだ記憶と、競技の場としての緊張感が同居していた場所である。

平成16年(2004年)に放送されたテレビドラマ『ウォーターボーイズ2』では、磐田市民プールがロケ地として使われた。福田屋内スポーツセンター、磐田東高等学校、竜洋の海岸部などとともに、磐田の風景が画面に残された。市民プールは地域の記憶だけでなく、映像作品の中にも姿を留めた。

しかし、開設から四半世紀を過ぎると、施設の老朽化と維持管理費が重くなっていく。屋外プールは夏の短い期間に利用が集中する一方、水質管理、循環設備、コンクリート躯体、監視体制は通年で費用がかかる。磐田市民プールは平成23年(2011年)の夏季営業を最後に閉鎖され、県知事杯高校水泳大会も同年の第27回大会で幕を閉じた。

磐田市民プールの時代と跡地利用

項目磐田市民プール時代閉鎖後の跡地利用
主な機能夏季の屋外レクリエーション、水泳競技、学校・家族利用。夜間・休日の初期救急医療、福祉・防災を含む公共機能。
利用者児童、学生、家族連れ、競技者。急病患者、小児、地域医療を必要とする市民。
稼働の特徴夏の短期集中型。天候に左右される。通年型。暮らしの安全を支える。
まちの意味スポーツと夏の記憶を生む場所。医療、福祉、防災を担う場所。

二、閉鎖後の跡地は救急医療へ向かった

磐田市民プールの閉鎖後、その跡地の一部には磐田市急患センターが整備された。平成25年度(2013年度)の開設で、内科や小児科などの夜間・休日の初期救急を担う施設である。

ここに、プール跡地の転換がよく表れている。夏の遊びと競技のために使われていた広い土地が、病気やけがのときに地域を支える場所へ変わった。人口構成が変わり、医療と福祉の需要が増える中で、同じ公共用地でも求められる役割が変わったのである。

提供PDFでは、周辺エリアの利活用方針として、防災拠点、調整池、避難可能な駐車場、備蓄や炊き出し機能、商業・交流機能なども論点として挙げられている。水泳だけを目的とした単一施設から、平常時と災害時の両方に使える場所へ。これは、閉鎖を単なる喪失としてではなく、公共用地の役割変更として読む手がかりになる。

三、旧磐田グランドホテルのプールとGREENITY IWATA

磐田市岩井の丘陵地にあった旧磐田グランドホテルにも、かつて屋外プールがあった。昭和から平成にかけて、地方のグランドホテルに屋外プールがあることは、家族旅行や宴会、婚礼、夏の滞在をまとめて受け止める施設としての格を示していた。

その旧ホテルは老朽化により解体・再整備され、令和6年(2024年)11月29日にGREENITY IWATAとして開業した。新しいホテルは、庭園、温泉、サウナ、ラウンジを軸にした低層の滞在型施設であり、提供PDFではプールを設けていない点が大きな転換として扱われている。

ここでも、水辺の意味が変わっている。かつてのホテルプールは、水着で泳ぎ、家族で遊ぶ動的なレジャーだった。現在の温泉やサウナは、季節を問わず、体を休め、静かに滞在するための水辺である。施設側から見れば、監視員、水質管理、水難事故、短い営業期間といった屋外プールの負担を避けつつ、通年で利用できる温浴・滞在機能へ投資を向けたことになる。

ホテルの水辺の変化

観点旧磐田グランドホテルGREENITY IWATA
水辺の中心屋外プールを含む夏のリゾート感。天然温泉、サウナ、水風呂、庭園とつながる滞在空間。
利用時期夏季に偏りやすい。通年利用を前提にしやすい。
主な価値遊ぶ、泳ぐ、にぎわう。休む、整える、滞在する。
施設運営安全管理と水質維持の負担が大きい。温浴・宿泊・飲食と結びつけやすい。

四、学校・民間プールにも及ぶ再編

プールの閉鎖は、市民プールやホテルに限らない。民間のスイミングスクール、学校プール、近隣市町の温浴・プール施設にも同じ流れが及んでいる。

提供PDFでは、とこはスイミングスクールの閉鎖が取り上げられている。ピーク時には多くの会員を抱えた地域密着型の施設だったが、開閉式ドーム屋根の老朽化や雨漏りなどが運営継続の壁になったとされる。温水プールは屋内であっても、湿気、塩素、可動設備、配管、空調の負担が大きい。古くなったときの修繕費は、普通の建物より重くなりやすい。

学校プールにも同じ課題がある。夏の授業数回のために、設備点検、水質管理、清掃、補修、教員の管理負担を抱えることが、各地で見直されている。磐田市内でも、学校施設の改築や防災機能強化とあわせて、プールの移設・解体・再編が進んできた。

これからの水泳授業は、学校ごとにプールを持つ形から、拠点となる屋内プールを使い、必要に応じて外部指導者や民間施設と連携する形へ移っていく可能性がある。水泳そのものをやめるのではなく、施設の持ち方を変える動きである。

五、残る施設に共通する条件

閉鎖が続く一方で、磐田には現在も水泳や水遊びの場が残っている。竜洋B&G海洋センタープール、磐田温水プール、福田屋内スポーツセンター、アミューズ豊田などである。

残る施設には共通点がある。ひとつは、屋内化や温水化により、天候や季節の影響を小さくしていること。もうひとつは、単独のプールとしてではなく、体育館、トレーニングルーム、キャンプ場、公園、温浴、休憩機能などと組み合わせていることである。

竜洋海洋センタープールは、屋内プールと屋外の流水プールやスライダーを組み合わせ、さらに竜洋海洋公園の一部として機能する。磐田温水プールは、トレーニングルームや会議室を備え、健康づくりの拠点となる。福田屋内スポーツセンターは『ウォーターボーイズ2』のロケ地としても知られ、屋内施設として今も使われている。

残る遊水施設の性格

施設所在地・区域特徴存続しやすい理由
竜洋B&G海洋センタープール竜洋海洋公園屋内プールと屋外流水プールを持つ。公園・キャンプ・スポーツ施設と結びつく広域型の施設。
磐田温水プール刑部島温水プール、トレーニングルーム、会議室。通年の健康づくりに使いやすい。
福田屋内スポーツセンター福田南島屋内スポーツ施設。ドラマロケ地としての記憶もある。天候に左右されず、地域スポーツの受け皿になる。
アミューズ豊田上新屋スポーツプラザ内の屋内プール。文化・スポーツ複合施設の一部として利用される。

六、閉鎖プールの記憶を残す意味

閉鎖したプールを記録することは、懐かしさだけを語る作業ではない。そこには、磐田の人口、家族の余暇、学校教育、公共施設の維持、ホテル産業、防災、医療が重なっている。

磐田市民プールは、夏休みと競技大会の場所だった。旧磐田グランドホテルのプールは、かつての地方ホテルが持っていたリゾートの象徴だった。学校プールや民間スイミング施設は、子どもが水に親しみ、泳ぎを覚える場所だった。それぞれがなくなった背景には、老朽化、維持費、安全管理、少子化、気候の変化、利用者の行動変化がある。

一方で、水辺そのものは消えていない。屋外プールから温水プールへ、ホテルプールから温泉・サウナへ、夏の遊び場から医療・防災の拠点へ。水に関わる場所は、姿を変えながら磐田の中に残っている。

だからこそ、閉鎖したプールの場所、名前、時期、跡地を記録しておきたい。そこには、ある時代の磐田の暮らし方が映っている。水しぶき、監視台、売店、ロッカー、学校の水泳授業、ホテルの夏。そうした断片は、建物が消えると急にたどりにくくなる。記憶が残っているうちに、まちの変化として書き留めておくことに意味がある。