失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す
磐田物語 / 桶ヶ谷沼と鶴ヶ池
磐田共通 | 水・地形

桶ヶ谷沼と鶴ヶ池 ──
台地の縁に残った、日本一のトンボの楽園

磐田市の東部、磐田原台地の縁にひっそりと残る二つの水面がある。桶ヶ谷沼と鶴ヶ池。市街地の開発が進むなかで、なぜこの二つの沼だけが、今も豊かな自然のまま残されているのだろうか。

台地の縁に並ぶ、二つの沼

桶ヶ谷沼は磐田市源平山にある沼で、面積は約7.43ヘクタール、周囲はおよそ1.7キロメートルと伝わる。すぐ北には、周囲およそ4キロメートル・面積約6ヘクタールとされる鶴ヶ池が隣接しており、二つの水面はよく似た性格を持つ、いわば姉妹のような関係にある。どちらも磐田原台地の東縁、台地が低地へと落ち込む谷筋にできた沼で、周囲を樹林に囲まれ、市街地からほど近い場所にありながら、開発の波から取り残されるようにして残ってきた。

「日本一のトンボの生息地」と呼ばれる理由

桶ヶ谷沼は、約70種ものトンボが確認されている沼として知られ、「日本一のトンボの生息地」とも呼ばれる。なかでも代表的なのが、環境省のレッドリストで絶滅危惧種に指定されているベッコウトンボである。かつては関東から九州にかけて広く分布していたベッコウトンボだが、水田や湿地の開発によって全国的に生息地を失い、現在ではごく限られた場所でしか見られなくなった。桶ヶ谷沼は、そのなかでも安定した個体群が確認できる、全国的にも貴重な生息地の一つに数えられている。

1985年、アメニティタウンの指定が転機になった

桶ヶ谷沼が今のかたちで残ったのは、偶然ではない。昭和60年(1985年)、旧環境庁によって「アメニティタウンモデル地区」に指定されたことが、大きな転機になったと伝わる。この指定をきっかけに、沼と周辺の自然を守ろうとする市民の保全活動が活発化し、行政による保全の方針も固まっていったとされる。市民の側から沼を守る動きが先に立ち上がり、それを行政の指定が後押しするという順序で、桶ヶ谷沼の保全は進んでいった。

1991年、静岡県の自然環境保全地域に

市民運動の高まりを受けて、静岡県は平成元年(1989年)頃から沼の周辺用地の買収を進め、多くが県有地となっていった。そして平成3年(1991年)、桶ヶ谷沼とその周辺一帯は、静岡県の自然環境保全地域に指定された。さらに、絶滅危惧種であるベッコウトンボを人為的な影響から守るため、沼の一部は野生動物保護区の特別保護地区としても指定されている。市民運動から始まった保全の動きが、県による用地買収と法的な指定という、二重の裏付けを得て制度化されていった経緯がうかがえる。

確認できること・できないこと
桶ヶ谷沼の面積・トンボの種数・1985年のアメニティタウン指定・1991年の県自然環境保全地域指定は、複数の公的資料で確認できる。一方、桶ヶ谷沼・鶴ヶ池に源頼朝や朝長にまつわる放生会の伝承が結びつくという説については、今回のWeb調査の範囲では出典を確認できなかったため、本記事では採用していない。

桶ヶ谷沼を考える会、市民が沼を見守り続ける

桶ヶ谷沼の保全は、指定を受けて終わったわけではない。「桶ヶ谷沼を考える会」をはじめとする市民団体が、今も観察会や清掃活動、外来種対策などを通じて沼と関わり続けている。桶ケ谷沼ビジターセンターも整備され、来訪者が沼の自然に触れながら学べる拠点となっている。行政の指定という制度は、市民が関わり続けることで初めて生きた保全になる、という好例を、桶ヶ谷沼はこの40年近くのあいだ示し続けてきたといえるだろう。

今之浦・大池と、桶ヶ谷沼・鶴ヶ池 ── 二つの水の記憶

磐田物語の別稿(今之浦と大池の消滅・埋立て)で扱ったとおり、磐田市南部の今之浦・大池は、かつての低湿地が農地や市街地へと姿を変え、現在は調整池としてかろうじて水面を残す土地である。一方、台地の東縁にある桶ヶ谷沼・鶴ヶ池は、同じ磐田市内にありながら、開発の対象になりにくい谷筋の地形と、市民による保全運動という二つの要因が重なり、往時に近いかたちの自然を残してきた。同じ磐田市の「水の記憶」でありながら、都市化によって姿を変えた今之浦・大池と、自然のまま残された桶ヶ谷沼・鶴ヶ池という、対照的な二つの歩みは、この地域の水辺がたどってきた道の広がりを示しているといえるだろう。

台地の縁が、なぜ残されやすいのか

磐田原台地のような洪積台地では、谷筋の低い部分に水がたまりやすく、周囲より一段低い地形になる。こうした谷筋は、宅地や農地として造成しようとすると、盛土や排水処理に手間がかかるため、平坦な台地上に比べて開発の優先順位が下がりやすい。桶ヶ谷沼・鶴ヶ池が今日まで残ってきた背景には、市民運動や行政指定という人の営みだけでなく、こうした台地の地形そのものが持つ、開発されにくいという性質も関わっていたと考えられる。

沼の記憶を、これからどう引き継ぐか

桶ヶ谷沼・鶴ヶ池のように、開発を免れて残った自然環境は、いったん失われると取り戻すことが極めて難しい。市街地の造成や道路の拡幅といった土地利用の変化が進むなかで、この二つの沼が今も台地の縁にたたずんでいられるのは、40年近くにわたる市民と行政の積み重ねがあってのことである。土地の記憶を記録し、次の世代へ手渡そうとする磐田物語にとって、桶ヶ谷沼・鶴ヶ池は、失われた水辺の記憶(今之浦・大池)と、守られてきた水辺の記憶が、同じ磐田市内に並び立っていることを教えてくれる場所でもある。

桶ヶ谷沼磐田市源平山、面積約7.43ha、周囲約1.7km。約70種のトンボを確認、ベッコウトンボの生息地
鶴ヶ池桶ヶ谷沼の北に隣接、周囲約4km、面積約6ha
1985年旧環境庁「アメニティタウンモデル地区」指定。市民保全運動が活発化
1991年静岡県自然環境保全地域に指定。野生動物保護区の特別保護地区も設定

主な参考資料

本記事は、上記資料を参考にしつつ、磐田物語の編集方針に基づいて独自に再構成したものである。源頼朝・朝長の放生会伝説については、調査過程で提供された資料に記載があったものの、独自のWeb調査では出典を確認できなかったため、本文には採用していない。

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この記事について

著者
大石浩之(富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役/磐田物語 運営者)
参考資料
佐口行正氏所蔵資料、磐田市・静岡県等の公開資料、現地確認、郷土史関連資料を参考にしています。記事ごとに主要な参考資料がある場合は、個別に追記してください。
作成方針
本記事は、資料の文章をそのまま転載するのではなく、史実・地名・地理・時代背景を確認しながら、読みやすい地域史コンテンツとして再構成しています。誤りや補足情報がある場合は、運営者までお知らせください。