失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す
御厨地区 成り立ち詳細

御厨の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字

中世の荘園「鎌田御厨」から、明治の御厨村成立、昭和の磐田市編入、平成の磐田市合併まで。御厨地区の成り立ちを、年表と対応表で整理します。

鎌田御厨 中世 → 御厨村 明治22年(1889年) → 磐田市へ編入 昭和30年(1955年) → 新・磐田市 平成17年(2005年)

町村沿革年表

御厨地区の町村沿革年表
年月日出来事関係する旧町村・地区現在の地名・地区との関係出典
中世伊勢神宮の神領(御厨)として「鎌田御厨」が営まれる。地名「御厨」の由来。鎌田御厨御厨地区の名のもと一般史/鎌田御厨ほか(要確認)
1889(明治22).4.1町村制施行。鎌田・新貝・新出・稗原・東脇・和口・東新屋・大立野・東貝塚・南島・小島・蛭池の各村が合併し、山名郡御厨村が発足。御厨村御厨地区の母体『御厨村』ほか
1894(明治27).5.31東脇・新出・和口・東新屋・大立野・蛭池・南島・小島の各大字が南御厨村として分立。御厨村は鎌田・新貝・稗原・東貝塚のみとなる。御厨村・南御厨村南御厨は南部地区とも関係『御厨村』ほか
1896(明治29).4.1郡の廃置により、所属が山名郡から磐田郡に変更。御厨村『御厨村』『磐田郡』
1955(昭和30).1.1御厨村・大藤村・向笠村および南御厨村の一部が磐田市に編入。御厨村ほか旧磐田市の一部に『御厨村』『磐田市』
2005(平成17).4.1旧磐田市・豊田町・竜洋町・福田町・豊岡村が新設合併し、現在の磐田市が発足。旧磐田市ほか4町村現在の磐田市『磐田市』ほか
現在磐田物語では、旧御厨村域を中心に「御厨地区」として整理。御厨地区当ページの対象範囲磐田物語

南御厨村として分立した区域は、現在の南部地区(01005)とも関係します。各大字がどの地区に該当するかの詳細は、出典の追加確認中です(調査中)。

旧町村・大字対応表

旧地域名から現在の地区分類への対応
旧町村・旧地域名成立・変遷現在の主な大字・町名磐田物語での分類備考
鎌田御厨(中世)伊勢神宮領の御厨鎌田 ほか御厨地区要確認
御厨村(1889成立)1894 南御厨村を分立 → 1955 磐田市へ編入鎌田・新貝・稗原・東貝塚 ほか御厨地区
南御厨村(1894分立)1955 一部が磐田市へ編入東脇・和口・新出・東新屋・大立野 ほか一部が御厨地区/南部地区要再確認

出典を確認できない項目には「要確認」「調査中」を付しています。

現在の学校区

正確な通学区域は、磐田市の最新情報をご確認ください。

中学校区

学校関係する地域備考
神明中学校御厨地区

小学校区

学校関係する地域備考
東部小学校御厨地区校区の一部が該当
田原小学校御厨地区

主な大字・町名

御厨地区に関係する主な大字・町名は次のとおりです。「〜の一部」とあるものは、町の一部のみが当地区に該当します。

西之島、上南田、安久路一丁目、安久路二丁目、城之崎、鎌田、新貝、新貝一丁目、新貝二丁目、新貝三丁目、東貝塚、稗原、東脇、新出、和口、東新屋、大立野、東新町、西貝塚の一部、富士見台の一部、見付の一部、明ケ島の一部、玉越、西島、三ケ野、三ケ野台、明ケ島原、彦島、岩井の一部

参考資料・出典

磐田市公式資料/『御厨村』『磐田市』ほか沿革に関する公開資料/磐田市教育委員会文化財課『ふるさと散歩 御厨編』(東部編)/磐田市史・旧町村史・地域資料

御厨地区の入口ページへ戻る →

御厨の成り立ちを調べていくと、家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。相続した家、空き家、使わなくなった土地について、「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。