失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す
磐田物語 地区別入口ページ

向陽地区

よみがな:こうよう / 磐田物語 地区分類番号 01006

台地のへりに、住宅地と田園、匂坂(さぎさか)・寺谷・向笠などの難読地名が重なる地区。現代の磐田市の住宅地として性格づけられた、生活圏のまとまりです。

向陽地区の台地・坂・住宅地の記憶を表した模式図
向陽地区の記憶をたどる入口図 ── 台地と坂、台地の上の住宅地の重なりを表した模式図です(地理を正確に示す地図ではありません)。
この地区分類は、現在の行政区分をそのまま写したものではありません。旧町村の沿革、学校区、大字、生活圏、地域の記憶をもとにした、磐田物語独自の分類です。内容は今後の資料確認により随時更新します。

向陽は、磐田原台地の東縁に広がる町です。古くから一つの村として存在した地名ではなく、旧大藤村・旧向笠村・旧岩田村にまたがる台地の縁を、磐田物語が現在の向陽小学校・向陽中学校の生活圏を手がかりに整理した分類です。台地上には新豊院山古墳群や米塚古墳群、谷筋には寺谷用水が刻んだ開発の記憶が重なり、匂坂・寺谷・向笠・大久保・笠梅といった地名が、それぞれ台地の高低差と水の物語を伝えます。このページは、その向陽の記憶をたどるための入口です。まずは三つの扉から、どうぞ。

はじめて向陽を読む方へ ── 三つの入口

土地の記憶
新豊院山古墳群と台地上の支配者

台地東縁の尾根筋に築かれた前期古墳群。古代遠江とヤマト王権の結びつきを物語る。

土地の記憶
匂坂・寺谷・岩田

台地のへりに並ぶ村々の地形と、難読地名の由来を読み解く。

暮らし
寺谷用水

天竜川の激流に挑み、乾いた台地を田園へと変えた遠州最古級の用水路。

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向陽地区の記事一覧
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1笠梅の中沢川改修――安政地震の沈下から挑んだ排水トンネルと新水路沿革/暮らし安政元年の大地震で地盤沈下し20年水没した笠梅・大海集落。明治7年の保六寺山トンネル崩落、11棟移転と新水路開削…
2馬坂有料道路――明治17年、民間人が山を開削した有料道と「抜け道」の顛末交通/沿革明治中期、見付山梨街道の難所・馬坂に作られた民間有料道路。有志8名による開削、坂上番所の「鬼ばば」による徴収…
3向笠竹之内の池之谷新田――大身旗本加々爪氏の開発と「深田」に挑んだ三百年沿革/暮らし/記憶磐田原台地東縁の谷筋・池之谷。明暦2年、大身旗本・加々爪甲斐守による用水池干拓から、腰まで沈む「黒ブク」の深泥に松丸太を敷いて…
4向笠村の明治畦畔改良――田・道・水路を作り直した事業沿革/暮らし明治31年から40年まで続いた向笠村の畦畔改良を、田畑の区画、道路、水路、洪水、…
5向笠の年中行事――田仕事と祈りが刻んだ一年祭り/暮らし1984年に採録された向笠の年中行事を、正月、田植え、盆、秋祭り、収穫と年越しの…
6寺谷廃寺遺跡――白鳳期の瓦が語る岩田の古代寺院社寺/記憶寺谷廃寺を、白鳳期の瓦と立地から古代寺院遺跡として読み、磐田寺比定説の射程と限界…
7岩田神社――人見神社伝承と近代の合祀沿革/社寺匂坂中の岩田神社を、地域資料の由緒、人見神社・式内社比定の伝承、近代の合祀を分け…
8匂坂五自治会――上原・上・中上・中下・新の成り立ち沿革/記憶旧匂坂系地名から現在の五自治会へ至る関係を、法定住所と自治会名、資料時点を分けて…
9寺谷三自治会――圦上・圦下・寺谷新田の成り立ち沿革/暮らし/記憶寺谷圦上・寺谷圦下・寺谷新田の三自治会を、水利地名、近世新田、現代の生活単位を分…
10大藤一~十三区――十三自治会の成立と地域施設・伝承沿革/記憶大藤一~十三区を、町内風土記の沿革、学校・公民館・福祉施設、井戸、遺跡、地域伝承…
11向笠の太田川治水――「悪魔の川」伝説と三右衛門堤沿革/暮らし向笠の太田川を、洪水時に悪魔の川へ変わるという伝承、改修碑文、流路争い、三右衛門…
12五ヶ村出作場から向笠新屋へ――開墾地の集落化と水辺の暮らし沿革/記憶向笠五ヶ村の出作場が新屋原・向笠新屋として語られる過程を、開墾、集落、水利、現在…
13向笠竹之内――城館伝承・古墳・新豊院山を読み分ける沿革/記憶向笠竹之内と竹之内原を、向笠氏・向笠城の伝承、新豊院山古墳群、寺院や学校の記録か…
14岩井原の謎の碑――三郷の入会草刈場と明治20年の和議史料/沿革岩井原の謎の碑を、三郷が利用した入会草刈場、境界争い、明治20年の和議という資料…
15磐田寺はどこにあったのか――増参寺説と寺谷廃寺説社寺/記憶増参寺の寺伝と寺谷廃寺の考古資料を分け、大宝院廃寺・遠江国分寺も含めて磐田寺の候…
16磐田寺七重塔と「舎利を握って生まれた娘」の伝承社寺左手に仏舎利を握って生まれた娘と磐田寺七重塔の説話を、原典紹介、地域伝承、歴史的…
17明治の豊田橋――匂坂から天竜川を渡った民間有料橋史料/交通明治15年の仕様帳、明治16年の架設略面、匂坂へ続く新道から、民間有料橋・豊田橋…
18長者屋敷遺跡 ── 二重土塁に囲まれた奈良時代の遺跡沿革/記憶二重土塁に囲まれた奈良時代の長者屋敷遺跡(向陽)の規模・構造・年代と、遺跡の性格…
19高塚太郎平新道 ── 全財産を投じて拓いた道沿革/交通高塚太郎平が私財を投じて拓いた新道の経緯を、現存する顕彰的二次記録二件の食い違い…
20磐田用水の歩み ── 台地を潤した水利の歴史沿革/交通/記憶磐田原台地を潤した磐田用水の歴史を、社山疏水の構想から近代の土地改良まで、記念誌…
21鹿島神社のたたきごぼう ── 向陽に残る祭礼食と信仰社寺/祭り/暮らし向陽・鹿島神社に伝わる祭礼食「たたきごぼう」の所作と象徴を、食・神饌・鹿島信仰の…
22匂坂・寺谷・岩田 ── 台地のへりに並ぶ村々の地形読み沿革/記憶磐田原台地の縁に並ぶ匂坂・寺谷・岩田の村々の立地・地名・成り立ちを、崖線立地を軸…
23松岡萬 ── 幕末維新を生きた遠州の人物沿革幕末維新を生きた人物・松岡萬と郷里(向陽)との関わりを、薄い顕彰記録をどう史料批…
24岩田・大藤・向笠 ── 丘陵と水がむすんだ村々沿革/記憶岩田・大藤・向笠をつなぐ丘陵と水の記憶、台地の谷と尾根に開けた集落の成立・地名を…
25社山疏水の構想 ── 台地に水を引く夢沿革/記憶磐田原台地に水を引く「社山疏水」の構想(犬塚祐一郎ら)と未完の経緯、それが後の磐…
26天竜川下流農業水利事業 ── 台地と低地を潤した国営事業沿革/交通/記憶戦後の国営「天竜川下流農業水利事業」による水利再編と磐田の農業の変化を、計画諸元…
27向陽地区の成り立ち ── 台地の村々が一つになるまで沿革/記憶向陽地区(岩田・大藤・向笠など台地の村々)の成り立ちを、町村制・郡再編・合併の年…
28千手前の足跡を読む ── 向陽の地名と人の記憶を史料批判する記憶向陽地区の千手前(千寿の前)という地名を、人物伝承と土地の記憶が交わる小地名とし…
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30岩田小学校の153年 ── 匂坂学校から向陽小学校へ学校/記憶明治6年、平松学校の分校「匂坂学校」として始まった岩田小学校の153年。匂坂中の…
31大藤小学校の133年 ── 以和拓原から向陽小学校へ学校/記憶明治25年、大藤尋常小学校として独立した大藤小学校の133年。以和拓原の精神、な…
32高塚太郎平新道 ── 全財産を投じて拓いた、東海道より北の道交通明治初年頃まで東海道より北には大八車の通れる道がなかった。向笠村の高塚太郎平が全…
33桶ケ谷沼と自然と土地の記憶を読む暮らし/記憶向陽地区の桶ケ谷沼を、自然・景観の記憶として読み直す。場所、資料から確認できる要…
34鶴ケ池の頼朝放生会伝説と池の主――和歌・怪異・姉妹校が結ぶ水辺の記憶暮らし/記憶源頼朝の放生会伝説と黄金短冊、『吾妻鏡』の日程照合、池の主の大蛇、愛知・野間小学校との姉妹校縁組…
35アジサイが咲く校庭と自然と土地の記憶を読む学校/記憶向陽地区のアジサイが咲く校庭を、自然・景観の記憶として読み直す。場所、資料から確…
36磐田原の茶畑から産業の記憶を読む暮らし/記憶向陽地区の磐田原の茶畑を、産業・なりわいの記憶として読み直す。場所、資料から確認…
37鹿島神社のたたきごぼうに残る信仰と文化の記憶社寺/祭り/記憶向陽地区の鹿島神社のたたきごぼうを、文化・信仰の記憶として読み直す。場所、資料か…
38磐田原の深井戸・天水井戸に残る信仰と文化の記憶暮らし/記憶向陽地区の磐田原の深井戸・天水井戸を、文化・信仰の記憶として読み直す。場所、資料…
39千手前の足跡を読む社寺/祭り/暮らし/記憶向陽地区の千手前 (せんじゅのまえ) (千寿の前)を、人物・地域の記憶の記憶とし…
40松岡 萬の足跡を読む社寺/暮らし/記憶向陽地区の松岡 萬(まつおかよろず)を、人物・地域の記憶の記憶として読み直す。場…
41向陽の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字沿革向陽地区の沿革年表・旧町村と大字の対応・現在の学校区と主な大字をまとめた資料ペー…
42銚子塚古墳・小銚子塚古墳 ── 磐田原台地に眠る、静岡県内第3位の前方後円墳記憶磐田市寺谷、磐田原台地西縁の銚子塚古墳・小銚子塚古墳(国指定史跡)。全長108m…
43磐田原台地と古墳分布 ── 台地の縁に眠る、時代の異なる王たち記憶新豊院山古墳群・御厨古墳群・兜塚古墳など、磐田原台地の縁に点在する古墳群を俯瞰し…
44磐田原の水不足と開発史 ── 水に恵まれなかった台地の記憶記憶磐田原台地の水不足の背景と、寺谷用水・磐田用水・赤松則良の茶園開拓という複数の対…
45磐田が戦場になった時代 ── 一言坂・三ケ野・社山城・匂坂城記憶元亀3年の武田信玄による遠江侵攻。一言坂の戦い、本多忠勝の殿、三ケ野坂、社山城・…
46新豊院山古墳群と台地上の支配者 ── 弥生から古墳へ、向笠の丘に眠る記憶記憶国指定史跡・新豊院山古墳群。弥生時代の土器棺墓から古墳時代前期の前方後円墳まで、…
47磐田原から今之浦へ――台地と入り江がつくった磐田の暮らし記憶磐田市歴史セミナー資料「磐田原から今之浦へ」をもとに、磐田原台地、今之浦、旧石器…
48米塚古墳群 ── 12基の円墳が連なる、寺谷・磐田原台地西縁の群集墳記憶磐田市寺谷、磐田原台地西縁の米塚古墳群(県指定史跡)。12基の円墳で構成され、中…
49長者屋敷遺跡 ── 東西100m・南北80mの二重土塁に囲まれた奈良時代の遺跡社寺/記憶磐田市寺谷、磐田原台地西縁の長者屋敷遺跡(県指定史跡)。東西約100m・南北約8…
50映画『お別れの歌』と磐田の風景記憶磐田市内で撮影された映画『お別れの歌』を、今の磐田が映像として残された文化的出来…
向陽地区の関係図 磐田原台地、古墳・遺跡、三つの旧村、向陽学府の関係を左から右へ示す図 向陽地区の関係図 磐田原台地古墳・遺跡三つの旧村向陽学府
図:本文の要点を比較・時系列で整理した独自模式図。位置や年代の縮尺を示すものではない。

どこから読むか迷ったら ── 時間の道しるべ

時代の流れに沿って読みたい方は、この順でどうぞ。

歩いて出会える記憶 ── 向陽の主な文化財・史跡

読み物でたどった記憶の多くは、いまも町のあちこちに形として残っています。『ふるさと散歩』(磐田市教育委員会文化財課)ほかをもとに整理しました。指定内容は変更されることがあります。

向陽を代表する文化財・史跡(5件)
名称指定区分ひとこと磐田物語の記事
銚子塚古墳 附 小銚子塚古墳国指定史跡全長108m・県内3位の前方後円墳と、県内5例のみの前方後方墳。記事を読む
新豊院山古墳群国指定史跡台地東縁の尾根筋に築かれた前期古墳群。古代遠江とヤマト王権の結びつきを物語る。記事を読む
米塚古墳群県指定史跡12基の円墳からなる群集墳。中心の米塚古墳は直径40mの円墳。記事を読む
長者屋敷遺跡県指定史跡「長者の屋敷」の伝承が発掘調査で裏づけられた律令期の官衙・邸宅跡。記事を読む
寺谷用水世界かんがい施設遺産天竜川の激流に挑み、乾いた台地を田園へと変えた遠州最古級の用水路。記事を読む
残り9件の文化財・史跡を見る
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寺谷遺跡(旧石器)台地の旧石器遺跡群先土器時代の石器群・礫群が確認された台地南縁の遺跡。調査予定
向笠伯耆守の五輪塔(新豊院伝承地向笠氏ゆかりと伝わる五輪塔が残る、新豊院の伝承地。調査予定
法雲寺(旗本陣屋ゆかり)伝承地・治水の碑旗本陣屋の記憶と治水の碑を伝える寺。調査予定
岩田神社(式内社「人見神社」前身説)古社式内社「人見神社」の前身とも伝わる、岩田の古社。調査予定
血松塚古墳周辺・池袋前遺跡旧石器〜古墳旧石器時代から古墳時代まで、長い時間の層が重なる遺跡群。調査予定
水の碑と大藤村道路元標近代化遺産台地開拓と水への願い、旧大藤村の道路元標を伝える碑。調査予定
三右衛門堤治水遺産天竜川の水害と向き合った、近世の治水普請の記憶。調査予定
高塚新道明治の私設道路明治期に私費で開かれたと伝わる、台地を抜ける新道。調査予定
岩井とたたきごぼう(鹿島神社民俗行事鹿島神社に伝わる、岩井地区の民俗行事。調査予定

「調査予定」の項目は、資料確認・現地確認ののち、順次読み物として公開します。この一覧は地区の記憶の目次を兼ねており、記事が増えるたびにリンクへ置き換わります。

向陽地区を読む流れ 旧石器・古代、村の形成、学校と道路、住宅地の現在の関係を左から右へ示す図 向陽地区を読む流れ 旧石器・古代村の形成学校と道路住宅地の現在
図:本文の要点を比較・時系列で整理した独自模式図。位置や年代の縮尺を示すものではない。

向陽の成り立ち ── 大藤村・向笠村・岩田村から磐田市へ

こうした記憶を生んだ向陽という地域が、行政のうえでどう歩んできたか。おおまかな流れは次のとおりです。

大藤村・向笠村・岩田村 明治22年(1889年) → 磐田市へ編入 昭和30〜32年(1955〜1957年) → 新・磐田市 平成17年(2005年)

町村制で大藤村・向笠村・岩田村がそれぞれ発足し、昭和30年から32年にかけて磐田市へ順次編入されました。「向陽」という地区名自体は行政上の名称ではなく、戦後の学校区再編と住宅地化のなかで生まれた、磐田物語独自の分類です。沿革の年表、旧町村・大字の対応、現在の学校区と大字は、別ページで詳しく整理しています。

向陽の成り立ちを詳しく ── 沿革年表・学校区・大字

向陽の記憶を、次の世代へ

この地区に関する古写真、古い地図、昔の屋号、商店、学校、祭り、建物、地名、言い伝えなどの情報を募集しています。確実な史料だけでなく、「昔こう聞いた」という記憶も、地域を記録する大切な手がかりです。確実な史料と地域の記憶は分けて整理し、次の世代へ手渡していきます。

この土地・家の記憶を残したい方へ

向陽をはじめ磐田市・袋井市で、相続した実家・空き家・土地建物のご相談を、地域で暮らし不動産に関わる立場から承っています。

作成方針・参考資料

作成方針

旧町村の沿革、現在の学校区、大字、生活圏を総合して分類する。断定できない情報は「要確認」「調査中」と明記する。地域の記憶は史実と分け、集合知として集めて随時更新する。

参考資料・出典

磐田市公式資料(地区別人口・通学区域ほか)/『磐田市』ほか沿革に関する公開資料/磐田市教育委員会文化財課『ふるさと散歩 北部編』/磐田市史・旧町村史・地域資料

古い地名や集落の成り立ちを調べていると、家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。相続した家、空き家、使わなくなった土地について、「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。