向陽地区
台地のへりに、住宅地と田園、匂坂(さぎさか)・寺谷・向笠などの難読地名が重なる地区。現代の磐田市の住宅地として性格づけられた、生活圏のまとまりです。
向陽は、磐田原台地の東縁に広がる町です。古くから一つの村として存在した地名ではなく、旧大藤村・旧向笠村・旧岩田村にまたがる台地の縁を、磐田物語が現在の向陽小学校・向陽中学校の生活圏を手がかりに整理した分類です。台地上には新豊院山古墳群や米塚古墳群、谷筋には寺谷用水が刻んだ開発の記憶が重なり、匂坂・寺谷・向笠・大久保・笠梅といった地名が、それぞれ台地の高低差と水の物語を伝えます。このページは、その向陽の記憶をたどるための入口です。まずは三つの扉から、どうぞ。
はじめて向陽を読む方へ ── 三つの入口
台地東縁の尾根筋に築かれた前期古墳群。古代遠江とヤマト王権の結びつきを物語る。
台地のへりに並ぶ村々の地形と、難読地名の由来を読み解く。
天竜川の激流に挑み、乾いた台地を田園へと変えた遠州最古級の用水路。
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向陽地区に関係する読み物・特集・史料ページを、新着を上にして並べています。テーマ別に絞り込むこともできます。
表示中:77件
| No. | タイトル | テーマ | 概要 | 公開日 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 笠梅の中沢川改修――安政地震の沈下から挑んだ排水トンネルと新水路 | 沿革/暮らし | 安政元年の大地震で地盤沈下し20年水没した笠梅・大海集落。明治7年の保六寺山トンネル崩落、11棟移転と新水路開削… | |
| 2 | 馬坂有料道路――明治17年、民間人が山を開削した有料道と「抜け道」の顛末 | 交通/沿革 | 明治中期、見付山梨街道の難所・馬坂に作られた民間有料道路。有志8名による開削、坂上番所の「鬼ばば」による徴収… | |
| 3 | 向笠竹之内の池之谷新田――大身旗本加々爪氏の開発と「深田」に挑んだ三百年 | 沿革/暮らし/記憶 | 磐田原台地東縁の谷筋・池之谷。明暦2年、大身旗本・加々爪甲斐守による用水池干拓から、腰まで沈む「黒ブク」の深泥に松丸太を敷いて… | |
| 4 | 向笠村の明治畦畔改良――田・道・水路を作り直した事業 | 沿革/暮らし | 明治31年から40年まで続いた向笠村の畦畔改良を、田畑の区画、道路、水路、洪水、… | |
| 5 | 向笠の年中行事――田仕事と祈りが刻んだ一年 | 祭り/暮らし | 1984年に採録された向笠の年中行事を、正月、田植え、盆、秋祭り、収穫と年越しの… | |
| 6 | 寺谷廃寺遺跡――白鳳期の瓦が語る岩田の古代寺院 | 社寺/記憶 | 寺谷廃寺を、白鳳期の瓦と立地から古代寺院遺跡として読み、磐田寺比定説の射程と限界… | |
| 7 | 岩田神社――人見神社伝承と近代の合祀 | 沿革/社寺 | 匂坂中の岩田神社を、地域資料の由緒、人見神社・式内社比定の伝承、近代の合祀を分け… | |
| 8 | 匂坂五自治会――上原・上・中上・中下・新の成り立ち | 沿革/記憶 | 旧匂坂系地名から現在の五自治会へ至る関係を、法定住所と自治会名、資料時点を分けて… | |
| 9 | 寺谷三自治会――圦上・圦下・寺谷新田の成り立ち | 沿革/暮らし/記憶 | 寺谷圦上・寺谷圦下・寺谷新田の三自治会を、水利地名、近世新田、現代の生活単位を分… | |
| 10 | 大藤一~十三区――十三自治会の成立と地域施設・伝承 | 沿革/記憶 | 大藤一~十三区を、町内風土記の沿革、学校・公民館・福祉施設、井戸、遺跡、地域伝承… | |
| 11 | 向笠の太田川治水――「悪魔の川」伝説と三右衛門堤 | 沿革/暮らし | 向笠の太田川を、洪水時に悪魔の川へ変わるという伝承、改修碑文、流路争い、三右衛門… | |
| 12 | 五ヶ村出作場から向笠新屋へ――開墾地の集落化と水辺の暮らし | 沿革/記憶 | 向笠五ヶ村の出作場が新屋原・向笠新屋として語られる過程を、開墾、集落、水利、現在… | |
| 13 | 向笠竹之内――城館伝承・古墳・新豊院山を読み分ける | 沿革/記憶 | 向笠竹之内と竹之内原を、向笠氏・向笠城の伝承、新豊院山古墳群、寺院や学校の記録か… | |
| 14 | 岩井原の謎の碑――三郷の入会草刈場と明治20年の和議 | 史料/沿革 | 岩井原の謎の碑を、三郷が利用した入会草刈場、境界争い、明治20年の和議という資料… | |
| 15 | 磐田寺はどこにあったのか――増参寺説と寺谷廃寺説 | 社寺/記憶 | 増参寺の寺伝と寺谷廃寺の考古資料を分け、大宝院廃寺・遠江国分寺も含めて磐田寺の候… | |
| 16 | 磐田寺七重塔と「舎利を握って生まれた娘」の伝承 | 社寺 | 左手に仏舎利を握って生まれた娘と磐田寺七重塔の説話を、原典紹介、地域伝承、歴史的… | |
| 17 | 明治の豊田橋――匂坂から天竜川を渡った民間有料橋 | 史料/交通 | 明治15年の仕様帳、明治16年の架設略面、匂坂へ続く新道から、民間有料橋・豊田橋… | |
| 18 | 長者屋敷遺跡 ── 二重土塁に囲まれた奈良時代の遺跡 | 沿革/記憶 | 二重土塁に囲まれた奈良時代の長者屋敷遺跡(向陽)の規模・構造・年代と、遺跡の性格… | |
| 19 | 高塚太郎平新道 ── 全財産を投じて拓いた道 | 沿革/交通 | 高塚太郎平が私財を投じて拓いた新道の経緯を、現存する顕彰的二次記録二件の食い違い… | |
| 20 | 磐田用水の歩み ── 台地を潤した水利の歴史 | 沿革/交通/記憶 | 磐田原台地を潤した磐田用水の歴史を、社山疏水の構想から近代の土地改良まで、記念誌… | |
| 21 | 鹿島神社のたたきごぼう ── 向陽に残る祭礼食と信仰 | 社寺/祭り/暮らし | 向陽・鹿島神社に伝わる祭礼食「たたきごぼう」の所作と象徴を、食・神饌・鹿島信仰の… | |
| 22 | 匂坂・寺谷・岩田 ── 台地のへりに並ぶ村々の地形読み | 沿革/記憶 | 磐田原台地の縁に並ぶ匂坂・寺谷・岩田の村々の立地・地名・成り立ちを、崖線立地を軸… | |
| 23 | 松岡萬 ── 幕末維新を生きた遠州の人物 | 沿革 | 幕末維新を生きた人物・松岡萬と郷里(向陽)との関わりを、薄い顕彰記録をどう史料批… | |
| 24 | 岩田・大藤・向笠 ── 丘陵と水がむすんだ村々 | 沿革/記憶 | 岩田・大藤・向笠をつなぐ丘陵と水の記憶、台地の谷と尾根に開けた集落の成立・地名を… | |
| 25 | 社山疏水の構想 ── 台地に水を引く夢 | 沿革/記憶 | 磐田原台地に水を引く「社山疏水」の構想(犬塚祐一郎ら)と未完の経緯、それが後の磐… | |
| 26 | 天竜川下流農業水利事業 ── 台地と低地を潤した国営事業 | 沿革/交通/記憶 | 戦後の国営「天竜川下流農業水利事業」による水利再編と磐田の農業の変化を、計画諸元… | |
| 27 | 向陽地区の成り立ち ── 台地の村々が一つになるまで | 沿革/記憶 | 向陽地区(岩田・大藤・向笠など台地の村々)の成り立ちを、町村制・郡再編・合併の年… | |
| 28 | 千手前の足跡を読む ── 向陽の地名と人の記憶を史料批判する | 記憶 | 向陽地区の千手前(千寿の前)という地名を、人物伝承と土地の記憶が交わる小地名とし… | |
| 29 | 向笠小学校の153年 ── 新豊院から向陽小学校へ | 学校/記憶 | 明治6年、新豊院を仮校舎とする磐田学校から始まった向笠小学校の153年。寺院校舎… | |
| 30 | 岩田小学校の153年 ── 匂坂学校から向陽小学校へ | 学校/記憶 | 明治6年、平松学校の分校「匂坂学校」として始まった岩田小学校の153年。匂坂中の… | |
| 31 | 大藤小学校の133年 ── 以和拓原から向陽小学校へ | 学校/記憶 | 明治25年、大藤尋常小学校として独立した大藤小学校の133年。以和拓原の精神、な… | |
| 32 | 高塚太郎平新道 ── 全財産を投じて拓いた、東海道より北の道 | 交通 | 明治初年頃まで東海道より北には大八車の通れる道がなかった。向笠村の高塚太郎平が全… | |
| 33 | 桶ケ谷沼と自然と土地の記憶を読む | 暮らし/記憶 | 向陽地区の桶ケ谷沼を、自然・景観の記憶として読み直す。場所、資料から確認できる要… | |
| 34 | 鶴ケ池の頼朝放生会伝説と池の主――和歌・怪異・姉妹校が結ぶ水辺の記憶 | 暮らし/記憶 | 源頼朝の放生会伝説と黄金短冊、『吾妻鏡』の日程照合、池の主の大蛇、愛知・野間小学校との姉妹校縁組… | |
| 35 | アジサイが咲く校庭と自然と土地の記憶を読む | 学校/記憶 | 向陽地区のアジサイが咲く校庭を、自然・景観の記憶として読み直す。場所、資料から確… | |
| 36 | 磐田原の茶畑から産業の記憶を読む | 暮らし/記憶 | 向陽地区の磐田原の茶畑を、産業・なりわいの記憶として読み直す。場所、資料から確認… | |
| 37 | 鹿島神社のたたきごぼうに残る信仰と文化の記憶 | 社寺/祭り/記憶 | 向陽地区の鹿島神社のたたきごぼうを、文化・信仰の記憶として読み直す。場所、資料か… | |
| 38 | 磐田原の深井戸・天水井戸に残る信仰と文化の記憶 | 暮らし/記憶 | 向陽地区の磐田原の深井戸・天水井戸を、文化・信仰の記憶として読み直す。場所、資料… | |
| 39 | 千手前の足跡を読む | 社寺/祭り/暮らし/記憶 | 向陽地区の千手前 (せんじゅのまえ) (千寿の前)を、人物・地域の記憶の記憶とし… | |
| 40 | 松岡 萬の足跡を読む | 社寺/暮らし/記憶 | 向陽地区の松岡 萬(まつおかよろず)を、人物・地域の記憶の記憶として読み直す。場… | |
| 41 | 向陽の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字 | 沿革 | 向陽地区の沿革年表・旧町村と大字の対応・現在の学校区と主な大字をまとめた資料ペー… | |
| 42 | 銚子塚古墳・小銚子塚古墳 ── 磐田原台地に眠る、静岡県内第3位の前方後円墳 | 記憶 | 磐田市寺谷、磐田原台地西縁の銚子塚古墳・小銚子塚古墳(国指定史跡)。全長108m… | |
| 43 | 磐田原台地と古墳分布 ── 台地の縁に眠る、時代の異なる王たち | 記憶 | 新豊院山古墳群・御厨古墳群・兜塚古墳など、磐田原台地の縁に点在する古墳群を俯瞰し… | |
| 44 | 磐田原の水不足と開発史 ── 水に恵まれなかった台地の記憶 | 記憶 | 磐田原台地の水不足の背景と、寺谷用水・磐田用水・赤松則良の茶園開拓という複数の対… | |
| 45 | 磐田が戦場になった時代 ── 一言坂・三ケ野・社山城・匂坂城 | 記憶 | 元亀3年の武田信玄による遠江侵攻。一言坂の戦い、本多忠勝の殿、三ケ野坂、社山城・… | |
| 46 | 新豊院山古墳群と台地上の支配者 ── 弥生から古墳へ、向笠の丘に眠る記憶 | 記憶 | 国指定史跡・新豊院山古墳群。弥生時代の土器棺墓から古墳時代前期の前方後円墳まで、… | |
| 47 | 磐田原から今之浦へ――台地と入り江がつくった磐田の暮らし | 記憶 | 磐田市歴史セミナー資料「磐田原から今之浦へ」をもとに、磐田原台地、今之浦、旧石器… | |
| 48 | 米塚古墳群 ── 12基の円墳が連なる、寺谷・磐田原台地西縁の群集墳 | 記憶 | 磐田市寺谷、磐田原台地西縁の米塚古墳群(県指定史跡)。12基の円墳で構成され、中… | |
| 49 | 長者屋敷遺跡 ── 東西100m・南北80mの二重土塁に囲まれた奈良時代の遺跡 | 社寺/記憶 | 磐田市寺谷、磐田原台地西縁の長者屋敷遺跡(県指定史跡)。東西約100m・南北約8… | |
| 50 | 映画『お別れの歌』と磐田の風景 | 記憶 | 磐田市内で撮影された映画『お別れの歌』を、今の磐田が映像として残された文化的出来… | |
| 51 | 磐田用水の歩み | 沿革/暮らし/記憶 | 磐田用水を天竜川、社山疏水、幹線改良、農地、土地改良区の流れで読む総論ページ。 | |
| 52 | 社山疏水の構想 | 沿革/暮らし/記憶 | 社山疏水の構想と犬塚祐一郎、明治期の水利計画、地域有志の調整を読む。 | |
| 53 | 磐田用水幹線改良事業 | 沿革/暮らし/記憶 | 昭和期の幹線改良事業を、取水難、突貫工事、昭和19年の初通水、用水安定化の流れで… | |
| 54 | 天竜川下流農業水利事業 | 沿革/暮らし/記憶 | 船明ダム、河口頭首工、パイプライン化、国営・県営・団体営事業を整理する。 | |
| 55 | 磐田用水東部土地改良区 | 沿革/暮らし/記憶 | 磐田用水東部土地改良区の設立、管理区域、年表、連合、現代的意義を整理する。 | |
| 56 | 新豊院山古墳群 ── 台地東縁に築かれた前期古墳群【国指定史跡】 | 記憶 | 磐田市向笠竹之内に所在する国指定史跡「新豊院山古墳群」を歴史・考古学の視点から解… | |
| 57 | 米塚古墳群 ── 寺谷台地に広がる群集墳【県指定史跡】 | 記憶 | 磐田市寺谷に所在する静岡県指定史跡「米塚古墳群」を解説。磐田原台地東縁の寺谷地区… | |
| 58 | 長者屋敷遺跡 ── 寺谷に眠る奈良時代の官衙・邸宅跡【県指定史跡】 | 記憶 | 磐田市寺谷に所在する静岡県指定史跡「長者屋敷遺跡」を歴史・考古学の視点から解説。… | |
| 59 | 匂坂城跡と匂坂氏 ── 遠州の戦乱を生き抜いた武士の記憶 | 記憶 | 磐田市匂坂に伝わる在地武士「匂坂氏」と中世の山城「匂坂城跡」を歴史解説。鎌倉時代… | |
| 60 | 向笠城と向笠氏 ── 中世の北方を守った在地領主の館 | 記憶 | 磐田市向笠地区に伝わる中世豪族「向笠氏」と「向笠城」。城の正確な位置は失われてお… | |
| 61 | 寺谷用水の開削 ── 天竜川の激流に挑んだ遠州最古の用水路 | 暮らし | 静岡県磐田市寺谷地区を起点とする「寺谷用水」の不屈の開削史を解説。戦国時代末期の… | |
| 62 | 大久保と藤上原 ── 台地開拓と緑豊かな茶園の歩み | 記憶 | 静岡県磐田市の磐田原台地北部に位置する大久保・藤上原地区の開拓史を解説。水を得に… | |
| 63 | 笠梅の歴史 ── 「梅」の伝承と静かなる田園の記憶 | 記憶 | 静岡県磐田市笠梅(かさうめ)地区の歴史と地名伝承を解説。台地東縁の崖線下に広がる… | |
| 64 | 平松掛下入作 ── 開拓の歩みを刻む日本屈指の長大地名 | 記憶 | 静岡県磐田市にある非常に珍しい長大複合地名「平松掛下入作(ひらまつかけしたいりさ… | |
| 65 | 「向陽」の誕生 ── 昭和の合併と新しい学校区がつないだ生活圏 | 沿革 | 静岡県磐田市の「向陽(こうよう)地区」という名前の由来と歴史を解説。古代・中世か… | |
| 66 | 岩田・大藤・向笠をつなぐ丘陵と水の記憶 | 沿革/記憶 | 向陽地区を、現在の学校区や生活圏だけでなく、岩田・大藤・向笠という旧村の重なりか… | |
| 67 | 岩田地区の成立と匂坂・寺谷の記憶 | 沿革/社寺/記憶 | 天竜川に接する岩田地区を、匂坂・寺谷・新田・寺社・水の記憶から整理する本編ページ… | |
| 68 | 大藤地区の成立と磐田原台地の暮らし | 沿革/暮らし/記憶 | 磐田原台地上の大藤地区を、大久保・藤上原・藤野・原、水利、畑作、茶園の記憶から整… | |
| 69 | 向笠地区の成立と太田川・敷地川の記憶 | 沿革/社寺/記憶 | 向笠地区を、笠梅・向笠上中下・向笠西・向笠新屋と、太田川・敷地川・小藪川の水系か… | |
| 70 | 岩田地区 小字・地名資料 | 史料/記憶 | 岩田地区の大字・小字・難読地名を、資料画像で判読できる範囲から整理する資料ページ… | |
| 71 | 大藤地区 小字・地名資料 | 史料/記憶 | 大藤地区の大久保・藤上原・藤野・原・平松掛下入作などを、台地開拓と水の記憶から整… | |
| 72 | 向笠地区 小字・地名資料 | 史料/記憶 | 向笠地区の笠梅・向笠上中下・向笠竹之内・向笠西・向笠新屋などを、水系と丘陵の記憶… | |
| 73 | 磐田タイムトラベル地図 | 地図/社寺/祭り/交通/記憶 | 古墳、遠江国府、国分寺、見付宿、祭礼、湊、学校を固定SVG地図と時代別カードでた… | |
| 74 | 磐田郡という広がり ── 旧磐田市の外側にあった村々 | 沿革/記憶 | 古代の郡、明治の郡制、昭和の編入合併をつなぎ、旧磐田市の外側にあった村々を整理す… | |
| 75 | 古地図に村の名を探す ── 戸別明細図と旧高帳の読み合わせ | 地図/沿革/記憶 | 旧高帳、戸別明細図、現在の公図を読み合わせ、消えた村名や字名を調べる方法を整理す… | |
| 76 | 旧磐田市の成り立ち ── 村から町、町から市へ | 沿革/記憶 | 江戸期の村名、町村制、磐田町成立、市制施行、2005年合併までを地名の記憶として… | |
| 77 | 匂坂・寺谷・岩田 ── 台地のへりに並ぶ村々の地形読み | 沿革/記憶 | 岩田地区の難読地名、崖線、旧村の記憶を、磐田原台地の縁辺地形から読み解く。 |
どこから読むか迷ったら ── 時間の道しるべ
時代の流れに沿って読みたい方は、この順でどうぞ。
歩いて出会える記憶 ── 向陽の主な文化財・史跡
読み物でたどった記憶の多くは、いまも町のあちこちに形として残っています。『ふるさと散歩』(磐田市教育委員会文化財課)ほかをもとに整理しました。指定内容は変更されることがあります。
| 名称 | 指定区分 | ひとこと | 磐田物語の記事 |
|---|---|---|---|
| 銚子塚古墳 附 小銚子塚古墳 | 国指定史跡 | 全長108m・県内3位の前方後円墳と、県内5例のみの前方後方墳。 | 記事を読む |
| 新豊院山古墳群 | 国指定史跡 | 台地東縁の尾根筋に築かれた前期古墳群。古代遠江とヤマト王権の結びつきを物語る。 | 記事を読む |
| 米塚古墳群 | 県指定史跡 | 12基の円墳からなる群集墳。中心の米塚古墳は直径40mの円墳。 | 記事を読む |
| 長者屋敷遺跡 | 県指定史跡 | 「長者の屋敷」の伝承が発掘調査で裏づけられた律令期の官衙・邸宅跡。 | 記事を読む |
| 寺谷用水 | 世界かんがい施設遺産 | 天竜川の激流に挑み、乾いた台地を田園へと変えた遠州最古級の用水路。 | 記事を読む |
残り9件の文化財・史跡を見る
| 名称 | 指定区分 | ひとこと | 磐田物語の記事 |
|---|---|---|---|
| 寺谷遺跡(旧石器) | 台地の旧石器遺跡群 | 先土器時代の石器群・礫群が確認された台地南縁の遺跡。 | 調査予定 |
| 向笠伯耆守の五輪塔(新豊院) | 伝承地 | 向笠氏ゆかりと伝わる五輪塔が残る、新豊院の伝承地。 | 調査予定 |
| 法雲寺(旗本陣屋ゆかり) | 伝承地・治水の碑 | 旗本陣屋の記憶と治水の碑を伝える寺。 | 調査予定 |
| 岩田神社(式内社「人見神社」前身説) | 古社 | 式内社「人見神社」の前身とも伝わる、岩田の古社。 | 調査予定 |
| 血松塚古墳周辺・池袋前遺跡 | 旧石器〜古墳 | 旧石器時代から古墳時代まで、長い時間の層が重なる遺跡群。 | 調査予定 |
| 水の碑と大藤村道路元標 | 近代化遺産 | 台地開拓と水への願い、旧大藤村の道路元標を伝える碑。 | 調査予定 |
| 三右衛門堤 | 治水遺産 | 天竜川の水害と向き合った、近世の治水普請の記憶。 | 調査予定 |
| 高塚新道 | 明治の私設道路 | 明治期に私費で開かれたと伝わる、台地を抜ける新道。 | 調査予定 |
| 岩井とたたきごぼう(鹿島神社) | 民俗行事 | 鹿島神社に伝わる、岩井地区の民俗行事。 | 調査予定 |
「調査予定」の項目は、資料確認・現地確認ののち、順次読み物として公開します。この一覧は地区の記憶の目次を兼ねており、記事が増えるたびにリンクへ置き換わります。
向陽の成り立ち ── 大藤村・向笠村・岩田村から磐田市へ
こうした記憶を生んだ向陽という地域が、行政のうえでどう歩んできたか。おおまかな流れは次のとおりです。
大藤村・向笠村・岩田村 明治22年(1889年) → 磐田市へ編入 昭和30〜32年(1955〜1957年) → 新・磐田市 平成17年(2005年)
町村制で大藤村・向笠村・岩田村がそれぞれ発足し、昭和30年から32年にかけて磐田市へ順次編入されました。「向陽」という地区名自体は行政上の名称ではなく、戦後の学校区再編と住宅地化のなかで生まれた、磐田物語独自の分類です。沿革の年表、旧町村・大字の対応、現在の学校区と大字は、別ページで詳しく整理しています。
向陽の記憶を、次の世代へ
この地区に関する古写真、古い地図、昔の屋号、商店、学校、祭り、建物、地名、言い伝えなどの情報を募集しています。確実な史料だけでなく、「昔こう聞いた」という記憶も、地域を記録する大切な手がかりです。確実な史料と地域の記憶は分けて整理し、次の世代へ手渡していきます。
この土地・家の記憶を残したい方へ
向陽をはじめ磐田市・袋井市で、相続した実家・空き家・土地建物のご相談を、地域で暮らし不動産に関わる立場から承っています。
作成方針・参考資料
作成方針
旧町村の沿革、現在の学校区、大字、生活圏を総合して分類する。断定できない情報は「要確認」「調査中」と明記する。地域の記憶は史実と分け、集合知として集めて随時更新する。
参考資料・出典
磐田市公式資料(地区別人口・通学区域ほか)/『磐田市』ほか沿革に関する公開資料/磐田市教育委員会文化財課『ふるさと散歩 北部編』/磐田市史・旧町村史・地域資料
古い地名や集落の成り立ちを調べていると、家や土地には、登記簿だけでは分からない地域の記憶が残っていることがあります。相続した家、空き家、使わなくなった土地について、「売る・貸す・残す」の前に、一度整理して考えたい方は、富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。