失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す

竜洋地区の歴史

竜洋地区の歴史を歩く|天竜川・掛塚・袖浦・十束の記憶

静岡県磐田市の南西部に位置する旧竜洋町域は、天竜川が遠州灘へと注ぎ込む広大な河口部を中心に形成された地域である。「竜の住む太平洋(洋)」から名付けられたこの地域は、川の氾濫原の開拓史、遠州灘の厳しい風雪や製塩の記憶、そして江戸期に「遠州の小江戸」と讃えられ木材流通の中枢を担った掛塚湊の繁栄など、豊かな水系と海原の重なりが生んだ多様な風土を宿している。

竜洋という地域の成り立ちと風土

竜洋の歴史を見つめ直すとき、避けては通れないのが天竜川の存在である。かつて幾筋にも分かれて流れ、氾濫を繰り返したこの大河は、この地に肥沃な堆積土をもたらし、砂洲と湿地帯からなる特徴的な地形を形づくった。祖先たちはその氾濫原と格闘しながら防潮堤を築き、地下水脈の恵みを汲み上げ、農地を拓いて集落を打ち立てていった。

この地域は、昭和30年(1955年)4月に掛塚町、袖浦村、十束村の3町村が合併し、「竜洋町」として誕生した。これは単なる行政的な統合ではなく、古くから天竜川の恩恵を受け、同時にその災害と向き合ってきた生活共同体としての歩みを一にする試みでもあった。掛塚の商業流通、袖浦の塩づくりと漁業、十束の新田開拓。それぞれが独自の生活様式を保ちながらも、水辺の営みにおいて深く結びついていたのである。

この記事で扱う範囲

本特集では、旧竜洋町全域(掛塚、袖浦、十束地区)を対象とし、太古の海岸線の変化から中世・近世の統治、近代の合併、そして人々の生活の礎となった天竜川の治水史まで、地域の一次史料や伝承をもとに整理した全8本の詳細な物語をお届けします。

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参考資料

  • 『ふるさと竜洋』竜洋町教育委員会関係資料、昭和52年(1977年)3月発行相当資料
  • 磐田市・旧竜洋町域に関する公開資料
  • 現地確認:掛塚・袖浦・十束・天竜川河口周辺

本文は資料の転載ではなく、公開資料と現地確認をもとに磐田物語用に再構成したものです。