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野口在色と磐田の俳諧 ── 松尾芭蕉に連なった中泉の俳人
中泉に生きた江戸前期の俳人・野口在色。松尾芭蕉との交流、青楓亭撰集『歌仙紅葉』、明治・大正期に磐田の俳諧を担った倉島可尹や松島十湖、全国規模の俳句結社「不二俳壇」まで。磐田市歴史文書館の企画展資料から、磐田の俳諧の系譜を整理する。
見付宿 ── 東海道二十八番、様々な人と物が行き交った宿場町
東海道五十三次の二十八番目の宿場、見付宿。中世の今川氏支配から、伝馬朱印状に始まる宿駅制度、助郷六十八ヶ村、庚申講や地震・飢饉・らくだ興行といった庶民の暮らし、幕末の御蔭参りや将軍上洛まで。磐田市歴史文書館の企画展資料から、宿場町としての見付の姿を整理する。
見付大久保家資料目録 ── 今川氏文書から遠州報国隊まで、1,500件の記憶
見付の惣社・淡海国玉神社の神官を代々勤めた大久保家の資料が磐田市に寄贈され、資料目録が完成。今川義元・氏真の判物、平田国学の写本、遠州報国隊と招魂祭の記録など1,500件余りの資料を整理する。
逃散・欠落・不審者をめぐる村の掟 ── 福田村五人組帳を読む
浪人・出家・山伏・行者・念仏衆・乞食を村に泊めてはならないという掟、年貢を納められず村を出た欠落・逃散百姓への対応、検地から漏れた隠田の禁止まで、福田村五人組帳が伝える村の秩序を守る掟をたどる。
火事・竹木・田畑をめぐる村掟の細部 ── 福田村五人組帳を読む
火事の消火の心得、竹木の無断伐採禁止、そして寛永20年の永代売買禁止令のもとで実際には質入れという形で行われていた田畑の売買実態まで、福田村五人組帳の条文の細部をたどる。
五人組制度の起源と福田村の編成 ── 中国の五保制度から福田の六軒組まで
五人組制度の源流とされる中国古代の五保制度と大化改新、秀吉の五人組十人組から、天和4年・宝永3年・宝永5年・延享2年と条文数を変えながら受け継がれた福田村の五人組帳、六軒組・五軒組・四軒組という福田村独自の編成までをたどる。
五人組頭の名でたどる福田村 ── 天和4年・宝永の五人組帳と破船の掟
天和4年(1684年)・宝永5年(1708年)の福田村五人組帳に記された五人組頭の実名と、破船の積荷を盗んではならないという海辺の村ならではの掟、明治維新後の五人組制度の行方をたどる。
福田村村役人表 ── 庄屋・組頭・百姓代、慶長9年から慶応4年へ
慶長9年(1604年)から慶応4年(1868年)まで、福田村を治めた庄屋・組頭・百姓代の記録。特定の家が代を継いで務めた庄屋の実態、五人組頭からの互選慣行、罪人を捕らえる「御縄」の責任まで、村役人表と古文書からたどる。
慶長9年検地帳と「福田の二十五苗」 ── 400年前の名請人と、今日の家々
慶長9年(1604年)、徳川家康の命により行われた福田村検地の帳面。太郎馬・太郎右衛門・四郎右衛門といった名請人の名から、寺田・落合・大庭・百鬼・杉浦など今日の福田の家々へとつながる系譜と、「福田の二十五苗」と呼ばれる旧家の並びをたどる。
福田村五人組帳 ── 江戸時代の村掟34ヶ条と、300年前の家々の記憶
天和4年(1684年)・宝永3年(1706年)・宝永5年(1708年)、福田村に伝わった三冊の五人組帳。火事の消火から田畑永代売買の禁止、人身売買の禁止、キリシタン禁制まで、江戸時代の村を縛った34ヶ条の村掟と、家々の名から今日へとつながる系譜を整理する。
遠淡海の里 ── 昭和50年代、磐田原に描かれた幻の自然・歴史公園構想
高度経済成長期の乱開発で失われた古墳12ヶ所・40基。磐田市教育委員会が昭和50年代前半にまとめた報告書には、市域全体を「遠淡海の里」として自然公園化する壮大な構想が記されていた。風土記の丘、御厨史跡公園、青少年野外センター──実現しなかった計画の中身を整理する。
石高が語る、元禄の磐田 ── 数字の奥に見える土地と人
村高・用水・天竜川から、近世磐田の豊かさのかたちを読み解く学術的な歴史記事。石高という数字の奥にある土地と人の営みをたどる。
社山城跡 ── 磐田市指定史跡に残る、遠江争奪の山城
磐田市豊岡地区、社山の丘陵に築かれた磐田市指定史跡・社山城跡。斯波氏・今川氏の抗争から武田信玄・徳川家康による元亀年間の争奪戦、本曲輪・二の曲輪・堀切・土塁の構造まで、磐田市教育委員会文化財課の資料をもとに整理する。
豊岡の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字
豊岡地区の沿革年表・旧町村と大字の対応・現在の学校区と主な大字をまとめた資料ページです。
豊岡地区の生い立ち ── 三つの村が一つになった山あいのまち
敷地村・広瀬村・野部村が合併して豊岡村になり、磐田市へ合流するまでの生い立ちを読む代表記事。
二子塚古墳 ── 三ケ野台に残る、市指定の馬具と馬形埴輪
磐田市三ケ野台の二子塚古墳。古墳時代中期末に築かれ、朝鮮半島から伝わった馬の飼育文化を示す青銅製馬具が市指定文化財に。同古墳出土の馬形埴輪の尻部にも同じ鈴杏葉がデザインされた珍しい事例を整理する。
堂山古墳 ── 全長110m、静岡県最大級の前方後円墳
磐田市御厨・東貝塚の堂山古墳。古墳時代中期、全長約110mの静岡県最大級の前方後円墳。昭和30年代の小学校建設で墳丘の一部が削られたが、発掘調査で県内屈指の量の大型形象埴輪や鉄製品が出土した。発掘70年を機に整理する。
御厨の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字
御厨地区の沿革年表・旧町村と大字の対応・現在の学校区と主な大字をまとめた資料ページです。
御厨古墳群 ── 全長107mの松林山古墳と、卑弥呼の鏡と呼ばれる三角縁神獣鏡
磐田市新貝・鎌田の御厨古墳群。全長107m・県内第4位の松林山古墳をはじめ、高根山・御厨堂山・秋葉山・稲荷山の5基の規模と出土品、新貝17号墳・経塚古墳・目隠山古墳との関係を整理する。
豊田の成り立ち ── 沿革年表・学校区・大字
豊田地区の沿革年表・旧町村と大字の対応・現在の学校区と主な大字をまとめた資料ページです。