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行興寺と熊野の長藤 ── 池田に息づく熊野信仰
池田・行興寺の縁起と、熊野御前ゆかりと伝わる天然記念物「熊野の長藤」、池田荘の熊野信仰を、寺と名木に焦点をあてて検討する学術論考。名の由来を論点として扱う。大石浩之の磐田論考 第38号。
天竜川がつくった村、流した村 ── 池田・掛塚と渡しの記憶
天竜川下流の氾濫が村落を生み・流し・移動させた歴史を、渡河・水運・開発の三類型として河川史に位置づけて検討する学術論考。池田・掛塚と渡しの記憶を読む。大石浩之の磐田論考 第37号。
見付と中泉、二つの中心から磐田へ ── 街道の町と鉄道の町の統合
街道の町・見付と鉄道の町・中泉という二つの中心が、1940年の磐田町成立と中泉駅の磐田駅改称を経て「磐田」へ統合される過程を、合併・改称の意図に留意して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第36号。
城之崎遺跡 ── 磐田原台地南部の弥生と古墳
磐田原台地南部の城之崎遺跡が示す弥生後期の高地性集落と古墳の重層を、1970年の発掘成果に即し、調査条件の限界に留意して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第35号。
金原明善 ── 天竜川と向き合った治水の生涯
金原明善の生涯と、天竜川の治水・水源涵養林の植林、私財を投じた事業を、顕彰的言説を史料批判的に相対化しつつ検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第34号。
「新田」と名のつく土地 ── 江戸の開発が刻んだ地名
「新田」を含む豊田の地名を手がかりに、江戸期の新田開発の歴史と、地名が刻む開発の層位を、村高帳による年代推定に留意して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第33号。
遠江四十九薬師霊場と庶民の信仰
遠江四十九薬師霊場の成立と巡礼、薬師信仰、絵馬・巡礼・木喰上人を通じた庶民信仰を、史実と伝承を腑分けして検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第32号。
見付宿 ── 東海道二十八番の宿場町
東海道二十八番・見付宿の宿駅制度上の位置と、本陣・脇本陣・旅籠・問屋場・助郷など宿場町としての機能・構造を、史料の矛盾に留意して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第31号。
社山城址 ── 山あいの中世城郭を読む
豊岡・社山城址の立地・縄張り・歴史と、中世豊岡の在地勢力との関わりを、築城年代・城主をめぐる諸説を併記しつつ検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第30号。
掛塚湊と廻船問屋 ──「遠州の小江戸」の最盛期
天竜川河口の掛塚湊の成立と廻船問屋の繁栄、材木輸送から御用米輸送への展開、「遠州の小江戸」と呼ばれた最盛期を、数値の出所に留意して史料批判的に検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第29号。
鎌田御厨 ── 伊勢神宮領だった村の名残
伊勢神宮領(御厨)であった鎌田御厨の成立・機能と、御厨制、中世遠江の荘園景観、地名「御厨」の記憶を、史料と推定を腑分けして検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第28号。
福田半香 ── 遠州見付が生んだ文人画家
見付出身の文人画家・福田半香の生涯と、渡辺崋山との交わり、半香義会、画風と門人を、出身・入門をめぐる誤伝を史料批判的に正しながら検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第27号。
今之浦と大之浦 ── 見付の水辺がつくった地形と地名
見付の今之浦・大之浦という水辺の地名を手がかりに、かつての入江・低湿地の地形とその干拓・変遷を検討する学術論考。万葉の「大の浦」比定とは別問題として扱う。大石浩之の磐田論考 第26号。
熊野御前ものがたり ── 池田に生きた伝説の女性と行興寺
池田荘に伝わる熊野(ゆや)御前の伝説を、『平家物語』の熊野・謡曲「熊野」・行興寺の縁起と重ねて、史実性を留保しつつ語りの伝承史として検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第25号。
福田湊の発展と遠州の漁業史
太田川河口の福田湊の発展を、避難湊・漁業基地・流通拠点の三機能に腑分けし、遠州灘の漁業・海運の展開のなかで検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第24号。
風祭山福王寺 ── 国府の丘に残る千年の寺史
風祭山福王寺の創建伝承と近世の寺史を、国府台・城之崎の地理と結びつけ、寺伝・伝承・近世文書を確度の層に腑分けして検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第23号。
千手の前ものがたり ── 保元・平治の乱に消えた白拍子の伝説
竜洋(池田・掛塚周辺)に伝わる白拍子・千手の前の伝説を、平家物語・語り物との系譜のなかに置き、史実性を留保して語りの伝承史として検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第22号。
見付祇園祭 ── 淡海國玉神社と天御子神社を結ぶ夏祭り
見付祇園祭の由緒と、祇園(牛頭天王)信仰の受容、淡海國玉神社と天御子神社を結ぶ渡御の構造を、史実と社伝を書き分けて検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第21号。
「貝塚」という地名 ── 消えた海岸線を読む
西貝塚・東貝塚という地名を手がかりに、縄文海進期の海岸線や入海の記憶が地名に保存される過程を、地形史と考古の知見に即して検討する学術論考。地名の由来・年代は推定として断定しない。大石浩之の磐田論考 第20号。
池田の渡し ── 天竜川をわたる東海道
東海道が天竜川を渡る池田の渡しの成立(家康証文伝承)、渡船場の機能・運営組織・助郷、船橋と架橋への変遷を、史実と伝承を書き分けて検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第19号。