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磐田用水の歩み ── 台地を潤した水利の歴史
磐田原台地を潤した磐田用水の歴史を、社山疏水の構想から近代の土地改良まで、記念誌の顕彰的性格を史料批判的に踏まえて検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第58号。
岩室廃寺跡 ── 豊岡に残る古代寺院の痕跡
豊岡・岩室廃寺跡の遺構と、山あいに古代寺院が営まれた背景を、創建年代・性格を断定せず、年代決定の方法論と確度の腑分けに留意して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第57号。
戦国期の見付自治 ── 町人・桝座・大久保氏
戦国期の見付における町人の自治と桝座、大久保氏の関与を、自治都市論と大名権力論を対等に併記しつつ、中世都市見付の自治と支配の構造として検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第56号。
磐田の地名をたどる ── 地名が語る土地の履歴
磐田の地名を地形由来・信仰由来・開発由来の三類型に腑分けし、確度の層と時代の層を交差させて地名の層位を読む学術論考。個別由来は諸説併記で断定しない。大石浩之の磐田論考 第55号。
貴船神社と水神信仰 ── 掛塚湊の海の安全を祈る
掛塚の貴船神社と、海の安全・水運を祈る水神信仰、境内の船錨・石灯籠を手がかりに、湊町掛塚の祭祀を由緒と現存物の確度を分けて検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第54号。
前島密と中泉 ── 郵便制度の父が遠江に残したもの
郵便制度の父・前島密と中泉(中泉奉行)との関わりを、全国的名声と在任実態の落差に留意し、顕彰的言説を史料批判的に処理して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第53号。
天竜川に架けられた船橋 ── 新田義貞から朝鮮通信使まで
天竜川に臨時に架けられた船橋の歴史を、新田義貞の伝承(中世)から近世の大名通行・朝鮮通信使(史実)まで、記録主体の変化に留意して確度を書き分けて検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第52号。
木造地蔵菩薩坐像 ── 見付の寺院に残る平安仏
見付・西光寺に伝わる木造地蔵菩薩坐像(平安期とされる県指定彫刻)の様式・年代・伝来を、制作と伝来の分離という観点から史料批判的に検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第51号。
大正期の磐田の村政治 ── ある村長の生活と意見
大正期の磐田の村政治を、仮名・再構成である点を史料批判的に明示しつつ、一村長の生活と意見を通して名望家支配と大正デモクラシーの関係として読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第50号。
白羽の凧揚げ文化の起源 ── 遠州の風がはぐくんだ民俗
白羽(竜洋)の凧揚げ文化の起源を、遠州のからっ風の気象的成因と初凧習俗・農事祭礼の諸説に分けて検討し、浜松まつりの凧との関係を史料批判的に読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第49号。
磐田駅前・中泉の近代商業 ── 駅の開業が変えた町
中泉駅(現磐田駅)の開業が中泉の町・商業をどう組み替えたかを、駅前商業の形成から「天平のまち」の景観まで、伝承的要素を史料批判的に扱いつつ検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第48号。
池田荘と「葛巻」 ── 地名に残る中世の荘園
中世の荘園・池田荘と、地名「葛巻」に残る荘園の痕跡を、荘域・地名由来を諸説併記しつつ地名比定の方法に留意して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第47号。
旧赤松家 ── 赤松則良と近代磐田の記憶
赤松則良(近代日本造船の先駆者)の邸宅・門・塀を手がかりに、その事績と近代磐田の記憶を、行政の顕彰的評価を史料批判的に腑分けして検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第46号。
医王寺庭園及び参道 ── 鎌田の名勝と信仰空間
鎌田・医王寺の名勝庭園と参道空間の構成を、庭(点)・参道(線)・土地(場)の三層で読み、作庭年代・作者が未確認である名勝指定の意味を史料批判的に検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第45号。
福田まつりと中泉式屋台 ── 遠州の祭礼文化の伝播
福田まつりと「中泉式屋台」の形式を手がかりに、遠州の祭礼文化(屋台)の地域間の伝播を、形式・彫刻・囃子で結びつく相手が異なることに留意して検討する学術論考。系統は諸説併記。大石浩之の磐田論考 第44号。
秋葉道と二俣街道 ── 磐田から北へ向かう信仰と物流の道
磐田から北へ向かう秋葉道・二俣街道の経路・機能と、秋葉信仰の参詣道・常夜灯・秋葉講、天竜方面への物流を、経路の未確認部分に留意して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第43号。
高塚太郎平新道 ── 全財産を投じて拓いた道
高塚太郎平が私財を投じて拓いた新道の経緯を、現存する顕彰的二次記録二件の食い違いを一元化せず併記し、顕彰言説を史料批判的に扱って検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第42号。
袖浦村の塩づくり ── 遠州灘の砂丘に生きた製塩
遠州灘沿岸・袖浦村の製塩業の技術・流通・村の生業を、行政記録を史実、塩田の実態を推定・未確認として腑分けし、近代の塩専売による衰退までを検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第41号。
旧見付学校 ── 現存最古級の擬洋風小学校校舎
旧見付学校(現存最古級の擬洋風小学校校舎)の建築と、明治8年落成・明治16年増築の経緯、学制期の教育と学びのまち見付を、「最古」言説を史料批判的に扱いつつ検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第40号。
土器塚古墳「丸山」 ── 国府台に残る円墳を読む
中泉・国府台に残る直径36mの円墳・土器塚古墳(通称「丸山」)の規模・構造・年代・被葬者像を、京見塚古墳との関係や国府台の古代の位置づけに留意して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第39号。