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弥藤太島・気子島 ──「島」のつく地名と低地の暮らし
弥藤太島・気子島という「島」のつく地名から、天竜川左岸の自然堤防(微高地)に生きた村の暮らしを、語尾『島』を微高地、語頭の由来を留保として諸説併記で検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第118号。
丘浅次郎 ── 竜洋が生んだ進化論の学者
掛塚出身の動物学者・丘浅次郎(進化論の普及者)の生涯と業績を、確認できる事項・学史の通説・顕彰言説の三層に腑分けし、金原明善と比較して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第117号。
賀茂神社の特殊神饌 ── 神饌のかたちから読む加茂の食と信仰
加茂・賀茂神社の特殊神饌(県指定)のかたち・調製・供献を、海・川・里の生産圏として読み、指定情報を史実、勧請を伝承として腑分けする学術論考。神饌の型で比較。大石浩之の磐田論考 第116号。
田原地区のお宮とお寺 ── 集落のまとまりを映す神社・寺院
田原地区のお宮(神社)とお寺(寺院)の分布が集落のまとまり・村の秩序をどう映すかを、集落先行説と鎮守中心説を対等併記しつつ検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第115号。
社山疏水の構想 ── 台地に水を引く夢
磐田原台地に水を引く「社山疏水」の構想(犬塚祐一郎ら)と未完の経緯、それが後の磐田用水につながる過程を、年紀の確度を区別して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第114号。
掛塚の百万遍念仏 ── 数珠繰りにみる湊町の信仰
掛塚の百万遍念仏(大数珠を繰る念仏行事)の所作と意味を、開始年代・所属寺院を未確認とし、湊町掛塚の信仰・供養・共同体として、数珠繰り型念仏として比較検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第113号。
青山宙平 ── 中泉停車場を招いた実業家
中泉停車場(中泉駅)の誘致に尽力したと伝わる実業家・青山宙平を、停車場開業を史実、用地提供・誘致への関与を未確認の顕彰言説として腑分けし、人物顕彰から担い手史へ組み替える学術論考。大石浩之の磐田論考 第112号。
加茂・寺谷の歴史 ── 台地と谷が育てた村
加茂・寺谷(豊田北部)の歴史を、寺谷用水・寺社・地形の観点から、用水諸元を史実、開削年紀・人物像を伝承として腑分けして検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第111号。
磐田の閉鎖したボウリング場 ── 高度成長期の娯楽の記憶
磐田市の閉鎖したボウリング場やドライブインシアターを手がかりに、高度成長期の娯楽施設の盛衰を、確定できる事実と推定を書き分けて読む消えた施設史の学術論考。大石浩之の磐田論考 第110号。
万瀬・虫生・大平 ── 豊岡の奥に開けた山の集落
豊岡の奥に開けた万瀬・虫生・大平の山の集落の成立・生業・地名を、行政沿革を史実、地名由来を推定・未確認として諸説併記して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第109号。
遠州画人伝を読む ── 磐田・遠州の絵と文人の世界
「遠州画人伝」を手がかりに、磐田・遠州の文人画家のネットワークと系譜を、直接門人・後進・画友・支援者の位相に腑分けし、出身誤伝などを史料批判して総合する学術論考。大石浩之の磐田論考 第108号。
八王子神社の米とぎまつり ── 南部低地の稲作儀礼
八王子神社の米とぎまつり(米をとぐ所作の祭礼)と南部低地の稲作儀礼を、公式情報を事実、起源譚を伝承として書き分け、神饌の観点から検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第107号。
渡船を支えた助郷 ── 定助郷・大助郷と池田の渡し
池田の渡しの渡船を支えた助郷制度(定助郷・大助郷・五種の役)と、街道の負担が周辺村々に及ぼした影響を、書上帳・差村表に即して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第106号。
岩田・大藤・向笠 ── 丘陵と水がむすんだ村々
岩田・大藤・向笠をつなぐ丘陵と水の記憶、台地の谷と尾根に開けた集落の成立・地名を、旧村と小字の系譜に即し諸説併記して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第105号。
御厨と南御厨 ── 地名・水・道で分ける東部
御厨と南御厨の二地区を、地名・水・道・暮らしという同一の物差しで比較し、分けるもの・つなぐものを、区分の由来を史実・推定・未確認に腑分けして検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第104号。
福田の年中行事 ── 海・川・田畑に生きた暮らしの記憶
福田の年中行事(正月から冬まで)を、海・川・田畑に生きた暮らしの記憶と海辺の村の信仰として、暦の構造に即し史実・伝承を書き分けて読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第103号。
磐田市の閉鎖プールを読む ── 市民プールから防災インフラへ
磐田市の閉鎖された市民プール・学校プールの歴史と、温水・防災インフラや複合施設への転換を、閉鎖を公共用地の役割変更として読む戦後施設史の学術論考。大石浩之の磐田論考 第102号。
掛塚の豪商・吉岡家 ── 廻船問屋の繁栄と湊町
掛塚の豪商・吉岡家(廻船問屋)を窓として掛塚湊の経済を、木材流通・金融機能・富の還元・御用米転換に即し、家名の伝承と物証を史料批判的に区別して検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第101号。
富丘・東原 ── 台地に開けた「原」と「丘」のまち
富丘・東原という「原」「丘」の地名から、磐田原台地の水条件と近代の宅地化を、低地の水田地名と対比して読む学術論考。第100号として地名論考3本に接続し到達点を論じる。大石浩之の磐田論考 第100号。
境松の門前町 ── 東海道の立場と饅頭屋のあった風景
境松の門前町(東海道の立場・饅頭屋のあった風景)と、遠江国分寺門前と街道が交わる場所の歴史を、近世地誌・絵図・発掘遺構に即して史実と伝承を書き分けて検討する学術論考。大石浩之の磐田論考 第99号。