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磐田物語ブログ / 磐田と馬の歴史

磐田と馬の歴史|埴輪・鉄路・供養を読む

土で作った馬の創作品、短い模型のレール、無銘の石と白紙のノートを机上に配し、埴輪・鉄路・供養の本編を読み比べる入口を表した写真調のイメージ
記事内容をもとに生成したイメージです。実在の出土品・中泉軌道・馬頭観音を再現した写真ではありません。

磐田で馬は、人の暮らしとどう関わってきたの?

磐田と馬の歴史は、二子塚古墳の馬具と馬形埴輪、中泉軌道の馬力化申請、馬頭観音の解説という本編3本から読めます。それぞれ、馬を飾る品、輸送の動力、供養への入口です。3本を一つの伝統の証拠にはせず、個別の石塔の場所や建立年代は未確認として残します。

この記事は磐田物語の既存記事への読書案内です。新しい史実を主張せず、馬の利用や信仰が時代を超えて連続したことを証明するものでもありません。

動物愛護週間を読書の入口に

動物愛護週間は9月20日から26日です。環境省「動物愛護週間」は、動物の愛護と適正な飼養への理解や関心を深める期間として案内しています。2026年9月14日に本文を確認しました。公表日の表示はありません。

動物愛護週間を前に、磐田の本編から馬の出てくる3本を選びました。三ケ野台の二子塚古墳、中泉の鉄路、馬頭観音の解説です。現代の週間を読むきっかけにはしますが、昔の供養をそのまま現在の動物愛護と同じ考え方に置き換えることはしません。

私は、馬という身近に思い浮かべられる動物から、別々の資料へ入れる点に、この読み合わせの良さを感じます。古墳の副葬品だけ、鉄道の動力だけでは手が伸びにくい方にも入口ができます。そのうえで注文したいのは、共通する言葉を見つけても、資料の間を想像で埋めないことです。

二子塚古墳は馬具と埴輪を見比べる

二子塚古墳の本編は、馬を飾る馬具と、馬形埴輪に表された飾りを見比べる入口です。馬の姿をした土製品がある、という紹介で止めず、どの部分に注目するかまで読み取れます。

「二子塚古墳――三ケ野台に残る、市指定の馬具と馬形埴輪」は、出土馬具の「鈴杏葉(すずきょうよう)」と同じ意匠が、馬形埴輪の尻部に表されていると紹介しています。

私は、馬具という品物と、土で表した馬の装いが対応するところに引かれます。馬の形だけを見ていた方にも、意外な見どころになると思います。

本編は磐田市文化財課「いわた文化財だより」を参照しています。今回照合したのは本編の記述で、出土品の実物や発掘調査の原資料ではありません。ここでは馬具の細部を独自に鑑定したり、特定の人物が所有した品と決めたりせず、本編が示す比較の場所を案内します。

読むときは「馬具」「馬形埴輪」「同じ意匠」の3語を控えるだけでも十分です。実物の道具と、馬を表した造形を分けて書けば、どこを見比べた話なのかが残ります。飾りの一致から、飼われた馬の頭数や、市内の人々全体の暮らしまで広げることはできません。

冒頭の写真調画像は、土の馬の創作品、模型のレール、無銘の石を机上に配した生成イメージです。二子塚古墳の出土品を再現した画像ではなく、鈴杏葉の形を確かめる資料にも使えません。実際の意匠は本編と、その参照資料で確かめる対象です。

中泉軌道は「馬力化の申請」を読む

中泉軌道の本編は、人が押す鉄路から、馬を動力に使う計画へ目を移せる記事です。レールと聞いて機関車を思い浮かべると、誰の力で車両を動かしたのかという問いを見落とします。

「車丁が押した鉄路――中泉軌道の人車・馬力運行と旅客利用」は、人が車両を押す人車軌道としての運行を紹介しています。同じ記事の「馬力化の申請が示す限界」には、1925年(大正14年)に、人力から馬力へ動力を変更する申請を行ったと記されています。ここで読む「馬力」は、馬を使う動力のことです。

まず拾いたいのは、「申請」という言葉です。私は今回、申請書の原本や運行記録を照合していません。したがって、この年をそのまま馬による運行の開始年とすることはできません。何頭の馬が、どの区間を、いつから動かしたかも、この案内では確かめていません。

暮らしとの接点を読むなら、動力の名前と、運ぶ仕事を分けて見ると整理しやすくなります。本編は貨物だけでなく旅客利用も扱っています。馬の話だけを抜き出す前に、人が車両を押す段落から順に読むと、動力を変える申請が記事のどこに置かれているかがわかります。

私は、鉄路の長さや乗客数を覚える前に、「誰が動かすのか」と一度問い直す読み方を勧めます。ただし、人力から馬力への変更で負担がどれほど減ったか、馬にどんな負担がかかったかは別の問いです。輸送の話を読んだだけで、働く人や馬の状態まで見たつもりにはなれません。

馬頭観音は一般解説と個別の石塔を分ける

馬頭観音の本編は、牛馬の供養と石造物の関係を知る入口です。一方、磐田市内の特定の石塔へ行くための所在地一覧としては使えません。この二つを最初に分けておきます。

「庚申塔・馬頭観音・道祖神から見る民俗信仰」は、馬頭観音を馬頭観世音菩薩として紹介し、牛馬の供養との結びつきを説明しています。同時に「確認できること・できないこと」の欄で、市域の個別の石塔の具体的な設置場所・建立年代は未確認と明記しています。

この注意書きまで含めて読むのが、本編の使い方です。一般的に供養との関係が説明されていても、目の前の石塔がどの馬のために建てられたかは別です。中泉軌道の本編を並べたからといって、軌道で働いた馬を供養した石塔と結びつける根拠にはなりません。

本編には街道や馬の労働へ引きつけた説明もありますが、個別の石塔の由来を確認した記録としては扱いません。現在の場所、建立時の場所、銘文に記された内容は、分けて確かめる項目です。道端の石を見つけたというだけで、昔からその場所にあったとすることも避けます。

調べたい石塔があるなら、今日できるのは、確認したいことを一つ決める作業です。「建立年を読みたい」「移設されたか知りたい」など、問いを短く書きます。所在地と資料名をそろえて文化財担当窓口や図書館に尋ねるときも、一般的な馬頭観音の説明と、個別の石塔の記録を混ぜずに済みます。

私なら、つながらない部分も残す

馬を入口に本編3本を読むとき、私は、結論を急ぐより、次に確かめる材料を一つ増やすことを勧めます。品物の意匠、動力変更の申請、供養の一般解説は、同じ種類の証拠ではありません。

私はこう考えます。馬が出てくるだけで、ひと続きの歴史にしてはいけません。埴輪から鉄路へ、鉄路から供養へと滑らかにつなげれば読みやすくはなります。しかし、そのつなぎ目に根拠がなければ、読み手の想像を史実のように渡してしまう。まだ結びつけない、という判断も読書の成果です。

私にも、3本を一つの物語として読めたら面白いのに、という迷いがあります。磐田に暮らし、この土地の記録を案内する側だからこそ、馬と人の接点を探したくなる。それでも、わからない部分はわからないまま置きます。親しみやすさのために、資料の空白を埋めることはしません。

  1. 二子塚古墳の本編を開き、馬具と埴輪のどの部分が対応するかを控える。
  2. 中泉軌道では「申請」の語を残し、実施時期とは別の欄にする。
  3. 馬頭観音では、一般解説と個別の石塔の未確認事項を分ける。

メモは「本編名/書かれていること/まだ確かめていないこと」の3欄で足ります。空欄をその日のうちに埋める必要はありません。動物愛護週間をきっかけに、磐田の資料を一つ開く。その後に残った問いから、次の一冊や現地で確認することを選べます。

よくある質問

磐田と馬の歴史を本編で調べる際の入口と、確認範囲を整理します。

磐田と馬の歴史は、どの本編から読めますか。
二子塚古墳、中泉軌道の人車・馬力運行、庚申塔・馬頭観音・道祖神の解説の3本が入口です。二子塚では馬具と馬形埴輪の意匠、中泉では動力を変える申請、馬頭観音では供養との関係を読みます。資料の種類と確かめられる範囲が違うため、一つの風習が続いた証拠としてつなぐことはできません。
中泉軌道は、最初から馬が引いていましたか。
本編では、中泉軌道は人が車両を押す人車軌道として始まったと紹介されています。その後、人力から馬力へ動力を変更する申請が記されています。申請と実際の運行開始は別の確認事項です。この読書案内では、馬を使い始めた日や頭数を原資料で確かめていないため、申請日を運行開始日へ読み替えていません。
本編で、市内の馬頭観音の場所はわかりますか。
今回案内する本編は、磐田市域の個別の馬頭観音について、具体的な設置場所や建立年代を未確認と明記しています。牛馬の供養との関係を知る一般解説として読み、特定の石塔への現地案内には使わないでください。調べたい石塔がある場合は、所在地を確かめ、銘文や移設の記録を個別に照合する必要があります。

出典・確認範囲(2026年9月確認)

大石浩之の著者写真

大石浩之(磐田市/不動産業・宅地建物取引士)

磐田に暮らす一市民として、資料を読み、現地を歩いて郷土史を書き留めています。研究者ではありません。プロフィール・磐田物語を始めた理由

公開情報や資料の解釈は更新されることがあります。本記事は個別の石塔の所在地や見学可否を保証するものではありません。個別の史料解釈は原資料や所蔵機関、地域史・文化財の専門家に確認してください。

更新履歴

  • 初版公開。

この記事について

著者
大石浩之(富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役/磐田物語 運営者)
参考資料
佐口行正氏所蔵資料、磐田市・静岡県等の公開資料、現地確認、郷土史関連資料を参考にしています。記事ごとに主要な参考資料がある場合は、個別に追記してください。
作成方針
本記事は、資料をもとに、史実・地名・地理・時代背景を確認しながら、読みやすい地域史コンテンツとして再構成しています。誤りや補足情報がある場合は、運営者までお知らせください。