戦争・平和特集 10/10
二十一世紀へ|記憶を継ぐ、磐田市非核平和都市宣言と慰霊
39人の証言を締めくくるのは、記憶を次の世代に手渡そうとする願いである。慰霊碑、平和祈念行事、そして磐田市非核平和都市宣言。記憶を継ぐ営みを読む。
今之浦・長瀬みよ子氏の願い
今之浦の長瀬みよ子氏は「二十一世紀の平和を願って」と題した証言の中で、銃後を守る女性としての防空活動、そして磐田北高校近くで犠牲になった田中小苗先生らへの思いを記している。本特集ポータル(h001)でも触れた慰霊碑・地蔵への言及があり、子や孫への継承の願いを俳句とともに綴っている。
新貝・中村和哉氏の歩み。 新貝の中村和哉氏は「生きる」と題した証言で、旧見付村国民学校での疎開児童との交流や、学童疎開の集団生活、戦後の窮乏を振り返っている。証言の結びには、広島の原爆ドームを訪れた際の思いが記されており、戦後生まれではない世代が、被爆地の記憶とどう向き合ってきたかを伝えている。
水野雅子氏の証言、そしてあとがき。 宿町の水野雅子氏は、本特集第5回(h005)でも紹介した「あああ紅の血は燃えゆる(学徒動員の歌)」の紹介とあわせて、平和への思いを記している。
『二十一世紀に伝えたい戦争体験』の巻末には、あとがきが収められている。そこでは、平成3年(1991年)に刊行された「戦争体験談」や、被爆写真パネル展の開催など、磐田市が続けてきた平和推進事業の経緯が語られている。本書の刊行そのものが、磐田市非核平和都市宣言(昭和59年〈1984年〉12月17日宣言)の理念を、一人ひとりの体験という形で次の世代に手渡そうとする試みだったといえる。
非核平和都市宣言という全国的な広がり。 核兵器の廃絶と恒久平和を掲げる非核平和都市宣言は、広島・長崎への原爆投下から時間を経て、昭和50年代後半以降、日本各地の自治体で相次いで採択された。日本非核宣言自治体協議会に加盟する自治体は全国で1,600以上にのぼり、多くが昭和59年(1984年)前後に宣言を行っている。磐田市の宣言もこうした全国的な流れの中に位置づけられるものであり、体験記集の刊行や原爆パネル展の開催は、その理念を具体的な事業として継続させてきた取り組みといえる。
広島・長崎の被爆地を実際に訪れることは、証言者にとって特別な意味を持つ行為であったことが、本特集で紹介した複数の証言からもうかがえる。中村和哉氏が記した原爆ドーム訪問の記憶も、戦後生まれではない世代が、自らの戦争体験と被爆地の記憶とをどう結びつけて考えてきたかを示す一例である。
証言者の背景にある地区の広がり。 本特集で紹介した39人の証言者は、下大之郷、安久路、刑部島、幸町、石原町、上大之郷、大藤十区、東塚町、見付中学校区、岩田村、今之浦、新貝、富士見町、宿町など、磐田市内の広い範囲に居住していた人々である。空襲や地震といった出来事が特定の一地区だけの記憶ではなく、市内各所で共有された経験であったことが、この地区の広がりからもうかがえる。それぞれの証言者が暮らした土地は、戦後の復興を経て、今日の磐田の街並みへとつながっている。
慰霊碑と平和祈念行事という継承の形
体験を語る言葉が失われていく中で、慰霊碑や祈念碑、そして毎年行われる慰霊祭・平和祈念行事は、記憶を土地に刻み、次の世代へ伝えるもう一つの手段として機能してきた。本特集ポータル(h001)でも触れた「子どもやくよけ地蔵」のように、犠牲になった人々を悼む場所が地域に残されていることは、証言という言葉の記録とあわせて、記憶を継承するための重要な土台となっている。石碑や地蔵は、たとえ体験を直接語れる人がいなくなった後も、その場所を訪れる人に出来事を問いかけ続ける役割を果たす。
39人の証言が問いかけるもの。 長瀬みよ子氏が俳句とともに綴った子や孫への継承の願い、中村和哉氏が原爆ドームを訪れて抱いた思い、水野雅子氏が繰り返し平和への思いを言葉にしてきたこと。それぞれの証言者が、体験を語り終えた後にたどり着いた地点は少しずつ異なるが、共通しているのは、自分自身が経験した苦難を、次の世代が繰り返さないでほしいという願いである。本特集を通じて紹介した39人の証言は、磐田という一つの土地の記憶であると同時に、戦争を体験した世代から、体験していない世代への問いかけでもある。
『二十一世紀に伝えたい戦争体験』という書名そのものが、この体験記集の目的を端的に示している。二十一世紀という、体験者自身が生きることのない未来に向けて、体験を書き残すという行為には、記憶が失われることへの危機感と、それでもなお伝えたいという強い意志が込められている。刊行から二十年以上を経た今、本特集がこの意志をあらためて紹介することも、記憶を継ぐ営みの一つの形である。
特集を終えるにあたって。 本特集は、磐田市内39人の証言を9つのテーマに整理して紹介してきた。空襲、学徒動員、銃後の生活、出征、戦地、震災、終戦、被爆、そして記憶の継承。それぞれの証言は個人の体験であり、同時に、磐田という土地に刻まれた記憶でもある。証言者の多くは、体験を語ることのつらさを抱えながらも、次の世代のために言葉を残すことを選んだ。本特集がその願いを損なわず、正確に伝えるものであることを願う。
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参考資料
- 『二十一世紀に伝えたい戦争体験』磐田市総務部総務課発行、平成14年(2002年)8月
- 長瀬みよ子「二十一世紀の平和を願って」、中村和哉「生きる」、水野雅子「あああ紅の血は燃えゆる」歌の紹介ほか、同書「あとがき」(同書所収)
本文は各証言の転載ではなく、事実関係を確認しながら磐田物語用に要約・再構成したものです。