失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す

戦争・平和特集 9/10

原爆と平和への願い|磐田の中学生が聞いた被爆者の声

広島で被爆した一人の女性の証言を、磐田市内の中学生が聞き取った記録がある。安久路の磯部典子氏がまとめた聞き書きから、被爆者Aさんの体験と、平和学習の歩みを読む。

原爆パネル展と中学生の聞き取り

安久路の磯部典子氏は「子ども達に残したい『平和』と『青い地球』」と題した文章の中で、磐田市内の中学生が広島の原爆パネル展を見学し、その後、被爆者であるAさんを訪ねて聞き取りを行った経緯を紹介している。パネル展という視覚的な学びから、実際に体験した人の言葉を聞くという段階へ進んだこの取り組みは、平和学習のあり方として重要な意味を持つ。

被爆者Aさんの証言(聞き書き)。 「生き地獄の中を生き抜いてきて── 原子爆弾の体験談・Aさんの証言(聞き書き)」は、Aさんが当時13歳で、広島女学校の学徒動員中に被爆した体験をまとめたものである。Aさんは姉妹を亡くし、自身も急性症状や後遺症(腰痛症・膀胱炎等)に長く苦しんだことが記されている。その後、Aさんは平和運動に携わる歩みを続けてきたという。

この証言は磯部氏による聞き書きという形式で構成されており、聞き手を通じて整理された記録であることを明示しておく必要がある。被爆による健康被害の記述については、事実として淡々と扱い、扇情的な表現を避けて紹介する。

広島への原爆投下と学徒動員。 昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分、広島市に原子爆弾が投下された。爆心地周辺は壊滅的な被害を受け、その年の末までに約14万人が死亡したと推計されている(諸説あり、正確な死者数は今も確定していない)。当時の広島市内では、空襲による延焼を防ぐための建物疎開作業に、多くの中学生・女学生が学徒動員として従事しており、屋外での作業中に被爆した生徒が多数含まれていたことが知られている。Aさんが広島女学校の学徒動員中に被爆したという経緯は、こうした全国的な学徒動員政策が、広島という都市においてはより深刻な被害につながった一例として位置づけられる。

聞き書きという平和学習の形。 磯部氏がまとめたAさんの証言は、被爆者本人が語った言葉を、聞き手が整理して文章化した「聞き書き」という手法によっている。原爆や戦争の記憶を次世代に伝える方法としては、体験者自身が執筆する手記のほか、こうした聞き書きの形式も広く用いられてきた。話し手の記憶をできる限り正確に、しかし読み物として理解しやすい形に整えるという点で、聞き手には史実の確認と表現の両面での配慮が求められる。磐田市内の中学生がパネル展見学から聞き取りへと学びを深めていった過程は、資料を見るだけでなく、体験者の言葉に直接触れることの意味を示している。

被爆による健康影響という長期的な課題

原子爆弾による健康影響は、被爆直後の急性症状にとどまらず、その後何十年にもわたって被爆者を苦しめる後遺症として現れることが、国内外の医学的調査によって明らかにされてきた。Aさんが長く苦しんだとされる腰痛症や膀胱炎等の症状も、被爆者に広くみられる後年の健康問題の一部として理解できる。こうした長期的な健康被害への理解が進んだ背景には、被爆者自身が体験を語り続けてきたことと、それを記録し研究してきた医療・行政の取り組みの積み重ねがある。広島・長崎の原爆投下から数十年を経てもなお、被爆者の証言が重視され続けているのは、こうした被害の全体像が今も解明の途上にあるためである。

離れた土地の出来事を、地域の記憶として引き受ける。 磐田市は広島から遠く離れた土地であり、原子爆弾による直接の被害を受けたわけではない。しかし、安久路の磯部典子氏が中学生とともに被爆者の声に耳を傾け、それを聞き書きとして残したという営みは、遠く離れた出来事であっても、地域の中で受け止め、語り継いでいくことができることを示している。磐田市が非核平和都市宣言を掲げ、原爆パネル展を継続的に開催してきたこととあわせて考えると、本項で紹介した聞き書きは、磐田という土地における平和学習の具体的な成果の一つといえる。

被爆者の高齢化が進む中で、体験を直接聞くことができる機会は年々少なくなっている。磯部氏がまとめた聞き書きのように、体験者本人の言葉を丁寧に記録し、文章として残す取り組みは、今後さらに重要性を増していくと考えられる。磐田市内の中学生が実際に足を運び、耳を傾けたという経緯は、平和学習が単なる知識の習得にとどまらず、体験者との出会いを通じて行われるべきものであることを示している。

パネル展という視覚的な資料と、聞き取りという対話的な学びを組み合わせた磐田市の取り組みは、平和教育の一つのモデルケースとして位置づけることができる。資料を見るだけでは伝わりにくい体験の重みが、生身の人の言葉を通すことで初めて実感を伴って伝わるという点は、本特集全体が証言集という形式を採る理由とも重なっている。

この記事で扱う範囲。 本項では、磐田市内の中学生による原爆パネル展見学と被爆者への聞き取りという平和学習の取り組み、およびその成果である被爆者Aさんの証言(磯部典子氏による聞き書き)を紹介した。証言の性格上、健康被害に関する記述は簡潔にとどめている。

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  • 『二十一世紀に伝えたい戦争体験』磐田市総務部総務課発行、平成14年(2002年)8月
  • 磯部典子「子ども達に残したい『平和』と『青い地球』」「生き地獄の中を生き抜いてきて── 原子爆弾の体験談・Aさんの証言(聞き書き)」(同書所収)

本文は各証言の転載ではなく、事実関係を確認しながら磐田物語用に要約・再構成したものです。