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国勢調査で読む磐田の百年 ── 数字が語る町の姿
大正9年(1920年)の第1回国勢調査から百年余り。人口の数字は磐田の合併・工業化・都市化・人口減少の時代を静かに記録してきた。統計という史料から磐田の百年を読み直す。
太田川の治水史 ── 磐田のもう一つの川を読む
天竜川の陰に隠れがちな磐田の東の川、太田川。中世の湊・元島から福田湊とウナギ養殖、近代の改修、平成21年の太田川ダムまで、もう一つの川の物語をたどる。
磐田郡役所と郡制 ── 「磐田郡」があった時代
明治12年、見付に磐田・豊田・山名の三郡を束ねる郡役所が置かれた。明治29年には三郡が合併して大きな磐田郡が生まれ、2005年の合併まで郡名は住所に生き続けた。「郡」の百年をたどる。
大区小区制と戸長役場 ── 明治初期、磐田の村はどう治められたか
庄屋の廃止から明治22年の町村制まで、約20年間の制度の試行錯誤。番号で呼ばれた大区小区、連合戸長役場という合併の予行演習。教科書で素通りされがちな明治初期の地方制度を磐田から読む。
見付中学校の創立と校風 ── 五階堂仮校舎・労作教育・校歌
創立80周年記念誌から、前身の県立見付中学校の創立、五階堂仮校舎、労作教育、防風堤、50mプール、初期校風、校歌の位置づけを読む。
長野地区の小字・地名資料――鮫島・野箱・草崎・前野・新島・長須賀
長野地区の判読可能な小字を、大字ごとの項目境界と未校訂事項を明示して土地調査の索引にする。
於保地区の小字・地名資料――大原・下大之郷・浜部・大和田
大原・下大之郷・浜部・大和田の判読可能な小字を、掲載範囲と未校訂事項を明示して土地調査の索引にする。
西之島――専売工場と郷倉跡、農村から工業地へ
西之島の町内史を、旧村、寺社、郷倉屋敷跡、日本専売公社・たばこ工場の記録から時代別に読む。
稗原のもぐり橋・陣屋跡――太田川と地域伝承
稗原に伝わる太田川のもぐり橋、陣屋跡、文珠伝承を、生活技術・史跡・口承の確度に分けて読む。
東新町一〜三丁目――県営住宅団地から自治会へ
昭和49年の県営住宅団地造成を契機に成立した東新町を、一〜三丁目の自治会と生活施設から読む。
天竜地区 小字・地名資料――天竜川左岸の土地を読む索引
『町内の風土記』に記録された天竜地区の成立と天竜・豊島・北島・千手堂・万正寺・中野・上大之郷・下岡田・上岡田の小字を整理する。
西貝地区の小字・地名資料 ── 西貝塚・西之島・上南田
旧西貝村を構成した西貝塚・西之島・上南田の小字と地名を、台地縁、低地、近代工業化に注意して読む。
南御厨地区の小字・地名資料 ── 東脇・新出・和口・東新屋・大立野
南御厨地区の小字を、旧御厨村からの分村、低地の水と道、集落の位置関係に注意して読む。
鎌田遺跡 ── 弥生前期の土器と低地の稲作
昭和47年の西川改修工事を契機に知られた鎌田遺跡を、弥生土器、低地利用、発見経過、寺院説の限界から読む。
坊中村と鍬影村 ── 鎌田に合流した二つの旧村
医王寺の坊に由来するとされる坊中村と、神明宮の鎮守に結びつけられた鍬影村を、史料の確度を分けて読む。
御厨四大字の小字・地名資料 ── 鎌田・新貝・東貝塚・稗原
『磐田ことはじめ』の小字一覧を手がかりに、旧御厨村に残った鎌田・新貝・東貝塚・稗原の土地の呼び名を読む。
南御厨村の誕生 ── 明治27年に分立した八大字を史料から読む
明治22年の御厨村成立から、明治27年に八大字が南御厨村を設けるまでを、地域資料の記載と未確認事項を分けて読む。
和口 ── 太田川下流の「曲の口」を町内資料から読む
和口を、太田川下流左岸の地形、地域資料が記す「曲の口」という地名説明、南御厨村の一大字、阿弥陀堂の鐘の伝承から読む。
東新屋――大立野の東・和口の西に開かれた村
東新屋を、大立野の東・和口の西という位置と、新しく開発された村という町内風土記の記載から再検証する。
安久路 ── 西貝地区の行政区と丸山古墳群
安久路を、西貝塚大字内の行政区、地域資料に残る開発伝承、東山との関係、丸山古墳群から読み分ける。