全記事を20件ずつ読む
全1171件中 361〜380件(19 / 59ページ)
屋台以前の福田の秋祭り ── 田遊び・舞台・農村の収穫祭
屋台が登場する以前の福田の秋祭りを、田遊び・舞台(神楽)・農村の収穫祭という古層から、記録を史実、由来を伝承に腑分けし、祭りが屋台祭礼へ変わる前の姿を史料批判的に読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第219号。
天竜川の治水史 ── 年表が語る「暴れ天竜」との三百年
天竜川の治水を年表から、近世の川除普請から近代の連続堤・河川改修までの歩みとして、工事の年代を史実、被害の実態を推定に腑分けし、「暴れ天竜」と人の攻防を史料批判的に読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第218号。
中泉の山車引き廻しを読む ── 祭礼が編む町の秩序と記憶
中泉地区の山車の引き廻しを、祭礼という装置が町の秩序と記憶をどう編むかという視点から、記録を史実、由来を伝承に腑分けし、山車行事の継承と変容を史料批判的に読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第217号。
見付本通りから消えた店 ── 旅館・銭湯・食べ物屋が語る町の変容
見付本通りから消えた旅館・銭湯・食べ物屋の記憶を、商いの記録を史実、盛衰の背景を推定に腑分けし、消えた店から宿場町・見付の都市的変容を史料批判的に読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第216号。
宮下歴史庫を読む ── 一つの収蔵庫が支える地域の記憶
豊岡・宮下歴史庫を、地域の記憶を収める収蔵庫として、確認できる要素と今後の確認点を分け、個人・地域アーカイブが郷土史に果たす役割と限界を「未確認」と「記載なし」を区別しながら史料批判する学術論考。大石浩之の磐田論考 第215号。
見付の信仰空間 ── 天神・國玉・八幡が編む町の宗教地理
見付天神・淡海國玉神社・八幡宮などを軸に、見付の町がどのような信仰空間の中でお札ふりを受け止めたかを、社の配置を史実、空間の意味を推定に腑分けし、町の宗教地理として読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第214号。
福田の祭りと戦時記憶 ── 伊東金平の体験記を史料として読む
伊東金平の戦争体験記を、福田の祭りの記憶が遠い戦場でどう立ち現れるかという視点から、個人の回想を一次資料として、記憶の性格を史料批判しつつ読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第213号。
竜洋の学び舎の歩み ── 寺子屋から戦後の学制改革まで
竜洋西・東・北小学校ほかの沿革を軸に、寺子屋から明治の学制発布・戦時下の教育・戦後の学制改革までの竜洋の教育史を、開校年を史実、地域の受け止めを推定に腑分けして読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第212号。
見付宿西側の追分と池田近道 ── 街道が分かれる地点の論理
見付宿西側の西坂町で東海道と池田近道が分かれた理由を、伝馬制度・池田の渡し・姫街道への連なりから、街道の記載を史実、分岐の論理を推定に腑分けして読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第211号。
松下大三郎の足跡を読む ── 郷土が生んだ国語学者の記憶を史料批判する
豊岡ゆかりの国語学者・松下大三郎を、地域の記憶として、郷土資料で確認できる要素と推測・伝承を厳密に腑分けし、郷土の偉人像がどう形づくられるかを「未確認」と「記載なし」を区別しながら史料批判する学術論考。大石浩之の磐田論考 第210号。
御厨の成り立ち ── 荘園御厨から鉄道の駅までの沿革
御厨地区の成り立ちを、荘園御厨に由来する地名から近代の町村沿革・御厨駅開業まで、沿革の年代を史実、地名由来を推定・伝承に腑分けし、学校区・大字とあわせて整理する学術論考。大石浩之の磐田論考 第209号。
遠州の文人画ネットワーク ── 見付・掛川・浜松・田原を結ぶ道
江戸後期に掛川(村松以弘)・浜松・見付・田原(渡辺崋山)・江戸を結んだ文人たちの往来とパトロンのネットワークを、交流の記録を史実、影響関係を推定に腑分けし、地方文化の広域性を史料批判的に読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第208号。
熊野伝統芸能館を読む ── 芸能を保存する場と信仰の記憶
豊田・池田の熊野伝統芸能館を、熊野(ゆや)ゆかりの芸能を保存・継承する場として、施設の記録を史実、芸能の由来を伝承に腑分けし、伝統芸能を保存する営みそのものを史料批判的に読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第207号。
府八幡宮の楼門と杜 ── 建築と社叢が伝える信仰の記憶
中泉・府八幡宮の楼門(県指定文化財)と社叢(杜)を、建築と自然・景観の記憶として、指定情報・様式を史実、造営年代を推定に腑分けし、楼門と杜が伝える信仰の場を史料批判的に読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第206号。
帯金家長屋門を読む ── 家康の恩義に由来する姓の伝承
上本郷の帯金家長屋門と、元亀年間の徳川家康逃避行に際し帯の間から金を与え「帯金」の姓を賜ったという伝承を、姓の由来を伝承、長屋門の存在を史実に腑分けして読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第205号。
東屋台と西屋台 ── 六社神社秋祭りを支えた福田の二つの屋台
六社神社の秋祭りを支えた福田の東屋台・西屋台を、寺田勝彦『東屋台と西屋台』を主資料に、西組・東組の対と掛塚屋台へのまなざしから、記録を史実、由来を伝承に腑分けして読む学術論考。大石浩之の磐田論考 第204号。
町や村を背負った人びと ── 竜洋の地域運営を支えた者たち
竜洋地区の地域運営を支えた人びとを、江戸期の代官・林伊太郎、明治の区制改革、昭和の合併期の首長たちの事績から、記録を史実、評価を推定に腑分けして読む人物史的な学術論考。大石浩之の磐田論考 第203号。
中泉の成り立ち ── 陣屋・御殿から磐田市への沿革
中泉地区の成り立ちを、中泉陣屋・中泉御殿から中泉町・磐田町・磐田市・平成の合併まで、沿革の年代を史実、旧町村と大字の対応を推定に腑分けし、学校区・大字とあわせて整理する学術論考。大石浩之の磐田論考 第202号。
なぜ家康は見付を選んだのか ── 国府・東海道・今之浦の地政学
徳川家康が遠江支配の拠点候補として見付を検討した地理的理由を、遠江国府・東海道見付宿・今之浦の水運と、馬伏塚城・横須賀城・高天神城のネットワークから、史実と推定を腑分けして読む地政学的な学術論考。大石浩之の磐田論考 第201号。
こひめっこの墓 ── 赤池に400年伝わる真田の姫の伝承を読む
赤池に伝わる「こひめっこの墓」を、真田幸村が幼い姫を赤池の藤原氏に託したという400年の伝承として、墓の存在を史実、真田の姫という比定を伝承・未確認に腑分けし、地域が墓を守ってきた記憶を史料批判する学術論考。大石浩之の磐田論考 第200号。