磐田郷土史研究紀要
大石浩之の磐田論考 第279号(民間アーカイブ総論)
記録を残すという営み
磐田の民間アーカイブと地域資料を総合する ── 既刊各論の横断的整理と史料批判
1 富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役
要旨
個人や地域が記録を残し次の世代へ伝えるという営みを、本稿は横断的な検討の対象とする。本論考シリーズはこれまで、見付の旧家に伝わった佐口行正氏所蔵史料、豊岡の宮下歴史庫、福田の虹文庫、福田の祭りを綴った私家版『東屋台と西屋台』、見付宿のお札ふりをめぐる複数の記録を、それぞれ個別に扱ってきた。本稿はこれらを先行研究として整理し、(1)民間アーカイブの類型、(2)記録が果たす役割、(3)その限界、(4)複数史料の照合という方法の四点から総合する。旧家の史料・地域の歴史庫・私設文庫・私家版という諸型を並べると、いずれも公的記録の欠を補いつつ、散逸・偏り・公開の制約・体系性の欠如という共通の限界を抱えることが見えてくる。各アーカイブの点数や種別は史料で確認できる事実として扱い、来歴や意図は推定に腑分けし、「未確認」と「記載なし」を一貫して区別する。本稿はシリーズにおける「史料をどう扱うか」の総括の一つであり、アーカイブズ学の視点から民間の記録を位置づけ直すことを目的とする。
キーワード:民間アーカイブ/地域資料/史料批判/散逸と保存/複数史料の照合/確度の層/アーカイブズ学
1. 問題設定 ── 記録を残す営みを研究対象とする
地域の歴史を書こうとするとき、私たちはまず史料を探す。しかしその史料は、はじめから誰かのために整えられて存在するわけではない。ある家が代々の紙片を捨てずに残し、ある人物が郷土の書物を一室に集め、ある編者が私費を投じて祭りの次第を冊子に刷る──そうした無数の個別の営みが積み重なった結果として、後世の調べものに使える資料が地域に伝わる。本稿が対象とするのは、この「記録を残す」という営みそのものである。個々の史料の内容ではなく、記録が生まれ、保管され、伝えられ、あるいは散逸していくその過程を、一段高い視点から捉え直したい。
本論考シリーズはこれまで、磐田の各地に伝わる民間の記録を一つずつ取り上げてきた。見付の旧家が守った史料群、豊岡の収蔵の場、福田の文庫、福田の私家版、見付宿の複数の記録。これらは地区も性格も異なるが、いずれも公的な文書館や博物館の外で、個人や地域の手によって記録が残されてきた事例という点で共通する。本稿はこれらを個別の事例としてではなく、一つの主題の下に束ね直す。すなわち、公の制度によらずに記録を残すという営みが、地域史にとって何を意味するのかを問う。
こうした営みを指す語として、本稿は「民間アーカイブ」を用いる。アーカイブとは本来、組織や個人が活動の過程で生み出し、保存すべきものとして残された記録の集合と、それを保存する仕組みの双方を指す。公文書館のような制度化された機関だけがアーカイブなのではなく、一つの家や一人の蒐集家、一つの地域の集まりが記録を残し伝えていれば、それもまた小さなアーカイブである。磐田の地域史を支えているのは、実のところ、こうした無数の民間アーカイブの集積にほかならない。
本稿の方法は、既刊各論を先行研究として整理し、そこから共通の論点を抽出する横断的な総合である。個別論考が一つの記録を深く掘り下げたのに対し、本稿は複数の論考を並べ、類型・役割・限界・方法という四つの切り口から比較する。この作業は、シリーズがこれまで積み上げてきた「史料をどう扱うか」という問いの、総括の一つに位置づけられる。したがって新たな史料を発掘するのではなく、既に検討した事例を組み替えることで、個別の記述からは見えにくい構造を浮かび上がらせることを狙う。
あらかじめ本稿の姿勢を述べておく。第一に、事実の確度を層に分けて記述する。史料で確認できる事柄は史実として、学界で広く受け入れられているが一点に確定できない事柄は通説として、根拠はあるが未確定の事柄は推定として、地域で語り継がれてきた事柄は伝承として、それぞれ語の水準で書き分ける。第二に、「未確認」と「記載なし」を区別する。前者は管見の限り一次史料に突き当たっていない状態を、後者は史料にその記載が存在しないことを指す。この二つを混同すると、調べが足りないだけの事柄を「存在しない」と誤って断ずることになりかねない。以下ではこの区別を一貫して保つ。
2. 先行研究の整理 ── 既刊各論が扱った民間アーカイブ
本稿が先行研究とみなすのは、本論考シリーズの既刊各論である。まずそれぞれが何を対象とし、何を論じたかを、確度の層を明示しながら整理しておく。総合の作業は、この整理を土台として初めて可能になる。
第一に、第179号「佐口行正氏所蔵史料を読む」である。見付の旧家に生まれた佐口行正氏が、引札・浮世絵・古地図・鉄道案内・絵葉書・屋台祭礼写真など約340点にのぼる史料を生涯をかけて収集・保管してきたことを扱った。約340点という総数と12の種別は史料で確認できる事実として、伝来の経緯は推定・未確認として腑分けされている。同号は個々の資料の内容ではなく、それらが一括して残り目録として編まれたという「形式そのもの」を読むことを主眼とした。続く第255号「佐口史料の紙片を読む」は、同じ史料群を今度は一枚の紙片という単位に分解し、断片史料から何が読め何が読めないかを論じた。同じ資料を全体として読むか個別に読むかで、引き出せる情報の種類が変わることを示した点が、二号を並べる意義である1。
第二に、第215号「宮下歴史庫を読む」である。豊岡地区に伝わる宮下歴史庫と呼ばれる収蔵の場を対象とした。地域資料にその名が挙がる一方で、来歴や収蔵の全体像を体系的に記す一次史料は、同号の調査範囲では確認できないという。同号はこの情報の薄さそのものを対象に据え、施設として確認できる範囲を史実の層に、来歴・所蔵内容・現況を推定および未確認の層に腑分けした。そのうえで、佐口史料を「家が守った文書群」の型、宮下歴史庫を「収蔵の場が集約する物件群」の型として対比し、民間アーカイブの二類型を提示している。本稿の類型論は、この対比を直接の出発点として引き継ぐものである。
第三に、第239号「虹文庫を読む」である。福田地区に虹文庫と呼ばれる文庫が存在したことは地域資料に記録があるが、設立年代・蔵書規模・運営者・活動の実態を直接に裏づける一次史料は、同号の調査範囲では確認できていない。同号は資料の薄さそれ自体を史料批判の対象に据え、「未確認」と「記載なし」の区別を中心の論点とした。あわせて、私設文庫・地域文庫・出版文化という「文庫」の一般史を補助線とし、知の集積が織物業を軸とする福田の産業社会のなかで担いえた役割を、推定と伝承の層に腑分けして論じている。
第四に、第256号「『東屋台と西屋台』を読む」である。寺田勝彦『東屋台と西屋台』(1985年〔昭和60年〕発行)という私家版を対象に、福田の秋祭りをどう記録しようとしたかという編纂・書誌の視点から読んだ。冊子に記されていることは「そう記録された」という水準での史実として扱い、編者がなぜそう編んだのかという意図は推定に腑分けしている。表紙の「郷土史探訪別冊第三集」という表記や序文の枠組みを手がかりに、私費で地域の記憶を残す営みの価値と限界を、公的編纂物や口承との対比のなかで論じた。
第五に、第246号「史料で読む見付宿のお札ふり」である。幕末の見付宿に起こったお札ふりを、見付宿大略記・永野家書留・庚申中掛銭帳という性格の異なる三つの記録から検討した。これらの史料名は平成6年度『磐田市歴史セミナー資料集』第7回に挙がる。同号は各史料の成立・作成者・目的を吟味したうえで、それらを突き合わせて何が言え何が言えないかを論じ、複数の記録から一つの出来事を立体的に読む手続きを実演的に示している。本稿が第四の論点として掲げる「複数史料の照合」は、この号の方法を一般化したものである。
3. 民間アーカイブの四類型
先行各論が扱った事例を並べると、民間アーカイブはいくつかの型に整理できる。第215号が提示した二類型を出発点に、本稿はこれを四つの型へ拡張する。以下、各型の性格を、確度の層に注意しながら述べる。
家が守った文書群 ── 佐口行正氏所蔵史料
第一の型は、一つの家が代々の紙片を捨てずに残し、それが一括して伝わったものである。佐口行正氏所蔵史料がその典型で、約340点という点数と12の種別は史料で確認できる事実である。この型の特徴は、記録が特定の家の生活史とともに蓄積し、家という単位を器として保存されてきた点にある。伝来の器が個人の家であるため、記録の残存は家の存続に強く依存する。誰がいつどの資料を加えたのかという来歴は、多くの場合、推定や未確認の層にとどまる。
収蔵の場が集約する物件群 ── 宮下歴史庫
第二の型は、収蔵のための場が設けられ、そこに地域の物件が集約されるものである。宮下歴史庫がこれにあたる。第一の型が家の生活のなかで自然に蓄積するのに対し、この型は「収める」という意志のもとに場が用意される点で性格を異にする。ただし宮下歴史庫については、収蔵の場として資料に名が挙がる一方、来歴や所蔵内容の全体像を記す一次史料は未確認である。「未確認」であって「記載なし」ではないという区別を、この型では特に慎重に保つ必要がある。第215号が結論づけたように、収蔵の場はその所在自体が散逸を食い止める最後の一線でもある。
知の集積としての文庫 ── 虹文庫
第三の型は、個人あるいは集団が書物や資料を集め、知の場として整えたものである。福田の虹文庫がこの型に近い。文庫はモノの集積であると同時に、読み・学ぶための場としての性格をもつ。もっとも虹文庫の場合、設立年代・蔵書規模・運営者を裏づける一次史料は未確認であり、その実態は文庫の一般史を補助線として推定するほかない。私設文庫という型は、地域の知的活動の痕跡を伝える一方で、運営者個人の意志に強く依存するため、その意志が途切れると急速に失われやすい。
印刷して残す ── 『東屋台と西屋台』
第四の型は、これまでの三つと性格を異にする。旧家の史料・歴史庫・文庫がいずれも既存の記録や物件を「集めて残す」型であるのに対し、私家版は新たに記録を「作って残す」型である。寺田勝彦『東屋台と西屋台』(1985年)は、福田の秋祭りをみずから記述し、私費で印刷して残した。ここでは記録者の編纂意図が明確に働いており、何を選び何を落としたかという編集の判断が、そのまま史料の性格を規定する。冊子に記されたことは「そう記録された」という水準の史実だが、その背後の意図は推定に属する。この型は複製が可能なため、原本が一つしかない前三型に比べて散逸に強いという特徴をもつ。
| 対象(既刊号) | 種別 | 性格 | 史実として確認できる範囲 | 推定・未確認にとどまる範囲 |
|---|---|---|---|---|
| 佐口行正氏所蔵史料(第179号・255号) | 旧家の史料 | 家の生活史に密着して蓄積した文書群。 | 約340点という点数、12の種別。 | 各資料の伝来の経緯、収集の動機。 |
| 宮下歴史庫(第215号) | 地域の歴史庫 | 「収める」意志のもとに設けられた収蔵の場。 | 収蔵の場として資料に名が挙がること。 | 来歴・所蔵内容・現況の全体像(未確認)。 |
| 虹文庫(第239号) | 私設文庫 | 知の集積と学びの場を兼ねた文庫。 | 文庫が存在した旨の地域資料の記録。 | 設立年代・蔵書規模・運営者・実態(未確認)。 |
| 『東屋台と西屋台』(第256号) | 私家版 | 祭りをみずから記述し私費で刷った記録。 | 1985年発行、記載された内容そのもの。 | 何を選び何を落としたかという編纂意図。 |
| お札ふり三史料(第246号) | 複数の記録 | 性格の異なる記録による同一事象の証言。 | 三史料が該当資料集に挙がること、各記述。 | 記述の背後にある史実性、出来事の実態。 |
この四類型は、互いに排他的な区分ではない。一つの家が文庫を営み私家版を刊行することもあり、収蔵の場に旧家の史料が寄せられることもある。重要なのは、各型が記録の「残り方」を異にし、それゆえ散逸のしかたや読解の作法も異なるという点である。表1に整理したとおり、いずれの型についても、点数や存在といった外形は史実として確認できる一方、来歴や意図といった内実は推定・未確認の層にとどまる。この史実と推定の境界を型ごとに見きわめることが、民間アーカイブを読む第一歩となる。次章以降では、これらの型に共通する役割と限界を横断的に論じる。
4. 記録が果たす役割 ── 公的記録の欠を補う
民間アーカイブが地域史に果たす最大の役割は、公的記録の欠を補うことにある。公文書や市史は、行政や制度の関心に沿って作られる。したがって、そこに残るのは制度が把握する必要のあった事柄であり、日々の暮らしや町の細部は、しばしばその網の目からこぼれ落ちる。佐口史料の引札や絵葉書、屋台祭礼写真が伝えるのは、まさにこの公的記録がすくいきれなかった見付のまちの手ざわりである2。
この補完には、いくつかの水準がある。第一は、対象の水準である。公的記録が制度・行政・重大事件を記すのに対し、民間の記録は商店の広告、祭りの屋台、家の暮らしといった日常を残す。第二は、視点の水準である。公的記録が上からの統治の視点で書かれるのに対し、家の書留や講の帳簿は、当事者がみずからの関心から書きとめる。第246号が扱った見付宿のお札ふりでは、宿の概略記・家の書留・講の金銭帳簿という三つの記録が、同じ出来事を別々の関心から書きとめていた。この視点の複数性こそ、民間アーカイブが公的記録に対してもつ独自の価値である。
第三は、感情や記憶の水準である。私家版『東屋台と西屋台』の巻頭に戦争体験記が置かれていたように、民間の記録には、公的記録が扱いにくい個人の情動や共同体の記憶が織り込まれる。祭りをどう記録するかという選択それ自体に、記録者が何を大切に思ったかが表れる。こうした情動の痕跡は、出来事の事実関係を確定するうえでは慎重な扱いを要するが、地域が何を記憶として選び取ってきたかを読む対象としては、かけがえのない手がかりとなる。
ただし、公的記録の欠を補うという役割を過大に評価してはならない。民間の記録が公的記録より「真実に近い」わけではない。引札や絵葉書は広告・宣伝を目的とする近代の印刷物であり、その表現には誇張が織り込まれている。家の書留には家の立場からの偏りがあり、私家版には編者の意図が働く。民間アーカイブは公的記録とは別種の偏りをもつのであって、両者を突き合わせて初めて、それぞれの偏りが相対化される。補完とは、一方が他方を代替することではなく、複数の偏った記録を照らし合わせる作業のなかで成り立つものである。
5. 記録の限界 ── 散逸・偏り・公開・体系性
民間アーカイブは、その役割と表裏の関係で、いくつかの深刻な限界を抱える。既刊各論が繰り返し指摘してきた限界を、ここで四つに整理する。
第一は、散逸のリスクである。旧家の史料は家の存続に、私設文庫は運営者の意志に、それぞれ強く依存する。器が失われれば記録もまた失われる。第215号が宮下歴史庫について、収蔵の場の所在自体が散逸を食い止める最後の一線であると述べたのは、この危うさの裏返しである。公的アーカイブが制度によって継続を担保されるのに対し、民間の記録は個人や家の事情一つで、一挙に失われうる。相続や世代交代、家屋の取り壊しといった契機が、しばしば散逸の分かれ目となる。
第二は、収集の偏りである。何を残すかは、記録者の関心によって決まる。佐口史料が引札や祭礼写真に厚いのは、蒐集者の関心がそこにあったからであり、逆にその関心の外にあった事柄は残されていない。私家版『東屋台と西屋台』が何を選び何を落としたかにも、編者の判断が働く。民間アーカイブは、記録者という一つのフィルターを通した像であって、地域の全体を均等に映すものではない。この偏りを勘定に入れずに読むと、たまたま残ったものを地域の代表と取り違える誤りに陥る。
第三は、公開の制約である。公的アーカイブが原則として公開を前提とするのに対し、民間の記録は私有物であり、その閲覧は所蔵者の意向に左右される。研究者が存在を知っても、実物にあたれないことは珍しくない。第239号の虹文庫や第215号の宮下歴史庫について、来歴や所蔵内容が「未確認」にとどまるのは、資料そのものの不在を意味するとは限らず、公開の制約という壁が介在している可能性も含む。ここでも「未確認」と「記載なし」の区別が要となる。
第四は、体系性の欠如である。公的アーカイブが一定の分類と目録のもとに整えられるのに対し、民間の記録はしばしば雑多なまま伝わる。第179号が論じたように、雑多な紙片を種別へ分け番号を与え目録化する営みは、記録に新たな価値を生み出す。裏を返せば、目録化されていない民間アーカイブは、たとえ現物が残っていても、探し出し使うことが難しい。存在することと利用できることは、別の事柄である。体系性の欠如は、記録を事実上の眠りに就かせる。
これら四つの限界は、互いに絡み合っている。体系性を欠くがゆえに所在が把握されず、所在が把握されないがゆえに散逸に気づかれず、公開の制約がその把握をさらに難しくする。偏った収集の結果が、そのまま偏った散逸へとつながる。民間アーカイブをめぐる問題は、単一の限界ではなく、これらが連鎖する構造として捉える必要がある。
6. 複数史料の照合という方法
民間アーカイブが右に述べた偏りと限界を抱えるとすれば、それをどう読めばよいのか。ここで先行各論が示した方法が意味をもつ。すなわち、複数の史料を突き合わせるという手続きである。第246号が見付宿のお札ふりで実演したように、性格の異なる記録を並べると、単一の記録では見えない像が立ち上がる3。
この方法の核心は、記述の重なりと欠落そのものを手がかりとする点にある。宿の概略記・家の書留・講の金銭帳簿が、同じ町の出来事について一致して記すところは、その事柄の確からしさを高める。逆に、ある記録にはあって別の記録には無い事柄は、なぜ一方だけがそれを書きとめたのかという問いを生む。書き手の関心の違いが、記述の差として現れるからである。照合とは、一致点を数えるだけの作業ではなく、不一致の理由を問う作業でもある。
この照合の考え方は、お札ふりのような一つの出来事だけでなく、本稿が扱ってきた民間アーカイブ全般に応用できる。佐口史料の一枚の引札が示す店名を、古地図や別の記録と突き合わせれば、その店の所在や年代の推定が一歩進む。私家版が記す祭りの次第を、口承や別の記録と照らせば、編者が何を強調し何を省いたかが見えてくる。単一の民間アーカイブは偏った像しか与えないが、複数を突き合わせることで、それぞれの偏りが相互に補正される。前章で述べた「補完とは照らし合わせる作業である」という命題は、この照合の方法として具体化される。
ただし、照合には限界もある。突き合わせるべき複数の記録がそもそも残っていなければ、この方法は使えない。一つの家にしか伝わらない事柄、一冊の私家版にしか記されない事柄については、照合の相手がいない。その場合、私たちにできるのは、その記録が単一の証言であることを明示し、確度を留保したまま記述することである。照合できないことを、あたかも照合を経たかのように断定してはならない。ここでも「未確認」と「記載なし」の区別、そして史実・推定・伝承の書き分けが、記述の誠実さを支える。
7. アーカイブズ学の視点からの総合と本稿の立場
ここまでの整理を、アーカイブズ学の枠組みのなかに置き直しておきたい。アーカイブズ学は、記録がどのように生み出され、選別され、保存され、利用に供されるかを問う学問である。その視点からみると、本稿が扱ってきた四類型は、記録の「残り方」の違いとして統一的に把握できる4。
アーカイブズ学には、記録の生成の文脈を重んじる考え方がある。ある記録が、誰の、どのような活動の過程で生み出されたのか──その文脈を保つことが、記録の意味を保つことにつながるという発想である。この観点は、民間アーカイブを読むうえで示唆に富む。佐口史料の一枚の引札は、それが佐口家という一つの蒐集の文脈のなかに置かれていたからこそ、単なる古い広告紙以上の意味をもつ。私家版『東屋台と西屋台』は、寺田勝彦という編者の営みの文脈を知って初めて、その選択の意味が読める。民間の記録を、生成と伝来の文脈から切り離して個別の情報だけを抜き出すと、この文脈のもつ意味が失われる。第179号が個々の資料の内容ではなく「一括して残り目録として編まれた形式そのもの」を読もうとしたのは、まさにこの文脈の重視にほかならない。
いま一つ、アーカイブズ学は、記録が完結した過去の遺物ではなく、現在も選別と散逸のただなかにある動的な存在であることを教える。前章の循環図が示したように、記録は残るだけでは足りず、目録化と公開を経て初めて利用可能な資料となり、その手当てを欠けば再び忘却へ向かう。民間アーカイブは、この動的な過程のもっとも脆い局面に置かれている。制度の後ろ盾をもたないがゆえに、記録が生きた資料でありつづけるか、静かに失われるかは、多くの場合、所蔵者一人の判断にかかっている。
以上を踏まえ、本稿の立場を一文で示す。民間アーカイブは、公的記録の欠を補う不可欠の資料でありながら、散逸・偏り・公開・体系性という構造的限界を抱えるがゆえに、複数史料の照合と確度の腑分けという禁欲的な手続きを通じてのみ、後世の調べものに耐える形で地域史に接続されうる。これが、既刊各論を横断して本稿が導く総合的な見解である。個々の民間アーカイブを称揚するのでも、その限界を理由に切り捨てるのでもなく、限界を明示したうえでなお使いうる形へと記録を整えていくこと──その手続きの設計こそ、地域史の記述者に課された課題である。
この立場は、本論考シリーズがこれまで一貫してとってきた姿勢の延長にある。史実・通説・推定・伝承を語の水準で書き分け、「未確認」と「記載なし」を区別するという作法は、いずれの既刊各論にも共通する。本稿はそれらを個別の事例から抽象し、民間アーカイブ一般に適用できる方法として定式化することを試みた。その意味で本稿は、シリーズにおける「史料をどう扱うか」という問いの、一つの総括である。
8. 結論 ── 記録を残す営みをどう受けとめるか
本稿は、本論考シリーズの既刊各論を先行研究として整理し、磐田の民間アーカイブを横断的に総合した。得られた見取り図は次のとおりである。旧家の史料・地域の歴史庫・私設文庫・私家版という四つの型は、記録の残り方を異にしながら、いずれも公的記録の欠を補うという共通の役割を果たす。同時に、散逸・偏り・公開の制約・体系性の欠如という構造的限界を共有し、それらは互いに絡み合って記録を忘却へと押し流す。この限界に抗する方法が、複数史料の照合と確度の腑分けであり、それを経て初めて民間の記録は後世に使える資料となる。
ここで改めて確認しておきたいのは、記録を残すという営みが、決して自明でも自動的でもないという事実である。一つの家が紙片を捨てずにきたこと、一人の蒐集家が生涯をかけて集めたこと、一人の編者が私費を投じて刷ったこと──そのどれもが、意志と手間を伴う選択であった。その選択がなければ、いま私たちが読める磐田の記録の多くは、とうに失われていた。民間アーカイブの価値は、残された記録の内容だけにあるのではなく、それを残そうとした人々の営みそのものにもある。
したがって、地域史の記述者に求められるのは二つの態度である。第一に、残された記録を、その偏りと限界を勘定に入れたうえで、なお使いうる形へと整えること。目録を作り、確度を腑分けし、複数の記録を照らし合わせる。第二に、記録を残そうとした営みそれ自体を、記録の対象として書き留めること。第256号が「祭りの記録を読むことと、その記録という行為そのものを記録し直すことの関係」を問うたように、誰が何をどう残そうとしたかを問うことは、地域史のもう一つの主題である。
最後に、本稿が残した課題を明記する。第一に、本稿は既刊各論の整理を主としたため、各アーカイブの現況について新たな一次調査は行っていない。宮下歴史庫の所蔵内容や虹文庫の実態が「未確認」にとどまる点は、現地調査によってのみ前進しうる。第二に、四類型は磐田の事例から帰納したものであり、他地域の民間アーカイブとの比較を経ていない。第三に、記録を残す営みを支えた社会的条件──宿場町や織物業といった地域の産業社会が、なぜ記録を蓄ええたのか──は、本稿では背景として触れたにとどまる。これらはいずれも、確度の層を保ちながら未確認を史実へ、推定を通説へと押し上げていく、今後の作業に属する。記録を残す営みを受けとめることは、その営みを引き継ぎ、次の世代へ手渡すことでもある。本稿がその一助となれば幸いである。個別の民間アーカイブについては、本論考シリーズの各号で稿を改めて論じている。
注
- 佐口史料の約340点という総数および12の種別は、第179号が史料で確認できる事実として提示した数値である。伝来の経緯は同号において推定・未確認として腑分けされている。↩
- 引札・絵葉書は近代の印刷物であり、広告・宣伝を目的とするため表現に誇張が織り込まれている。この点は第255号が断片史料の限界として論じた。↩
- 見付宿大略記・永野家書留・庚申中掛銭帳という三つの史料名は、平成6年度『磐田市歴史セミナー資料集』第7回に挙がる。詳細は第246号を参照。↩
- 記録の生成文脈を重んじる考え方(出所原則・原秩序尊重の原則)は、アーカイブズ学の基本原則として知られる。本稿は専門的な術語の詳細に立ち入らず、民間アーカイブの読解に必要な範囲で援用した。↩
- 本稿は既刊各論の整理を主とする横断的総合であり、各アーカイブの現況についての新たな一次調査は行っていない。この限界については結論に明記した。↩
付記:本稿は本論考シリーズの既刊各論(第179号・255号・215号・239号・256号・246号)を先行研究として整理・総合したレビュー論考である。各アーカイブの点数・種別は史料で確認できる事実として、来歴・意図は推定として扱い、「未確認」と「記載なし」を一貫して区別した5。
参考文献・参考資料
- 大石浩之「佐口行正氏所蔵史料を読む ── 一つの家が守った約340点の意味」大石浩之の磐田論考 第179号、2026年 https://iwata-monogatari.net/oishi-ronko/179/ (最終閲覧:2026年7月26日)。
- 大石浩之「佐口史料の紙片を読む ── 一枚の引札・絵葉書が伝える見付」大石浩之の磐田論考 第255号、2026年 https://iwata-monogatari.net/oishi-ronko/255/ (最終閲覧:2026年7月26日)。
- 大石浩之「宮下歴史庫を読む ── 一つの収蔵庫が支える地域の記憶」大石浩之の磐田論考 第215号、2026年 https://iwata-monogatari.net/oishi-ronko/215/ (最終閲覧:2026年7月26日)。
- 大石浩之「虹文庫を読む ── 一つの文庫が語る福田の知と産業の記憶」大石浩之の磐田論考 第239号、2026年 https://iwata-monogatari.net/oishi-ronko/239/ (最終閲覧:2026年7月26日)。
- 大石浩之「『東屋台と西屋台』を読む ── 一冊の私家版が記録した福田の祭り」大石浩之の磐田論考 第256号、2026年 https://iwata-monogatari.net/oishi-ronko/256/ (最終閲覧:2026年7月26日)。
- 大石浩之「史料で読む見付宿のお札ふり ── 複数の記録を突き合わせる」大石浩之の磐田論考 第246号、2026年 https://iwata-monogatari.net/oishi-ronko/246/ (最終閲覧:2026年7月26日)。
- 寺田勝彦『東屋台と西屋台』(郷土史探訪別冊第三集)1985年〔昭和60年〕。
- 磐田市『磐田市歴史セミナー資料集』第7回、平成6年度。
- 磐田市『磐田市史』通史編(磐田市、該当章)。
- 国文学研究資料館 編『アーカイブズの科学』上・下、柏書房、2003年。
- 全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)編『日本のアーカイブズ論』岩田書院、2017年。
- 国立公文書館「アーカイブズ関連用語・基本原則の解説」 https://www.archives.go.jp/ (最終閲覧:2026年7月26日)。
- 佐口行正氏所蔵史料。