渡船をめぐる大名との関係は、単なる利用者と提供者という間柄にとどまらなかった。特定の大名家は、池田村渡船方の中でも特定の家を窓口とし、参勤交代のたびに渡船一切を任せる「特約」を結んでいた。その実態は、残された御用通行目録帳や渡船目録帳の実例から、かなり具体的にうかがい知ることができる。
この記事の要点
- 紀州藩・尾張藩は、それぞれ池田村渡船方の特定の家と特約を結び、渡船一切を請け負わせていた。
- 奥州仙台藩とその分家筋にあたる藩は、中田太郎右衛門・中田三左衛門親子と特約関係にあった。
- 宝暦10年(1760年)、京の近衛家から仙台藩へ嫁ぐ姫君の通行にあわせた渡船目録帳が具体的に残る。
- 延享4年(1747年)の福井藩通行の記録には、船の艘数や諸経費まで細かく記されている。
- 特約は大名側に安定した渡船の確保をもたらす一方、渡船方の実収益はさほど大きくなかったとみられる。
紀州藩・尾張藩との特約
資料によれば、紀州藩・尾張藩という御三家の大藩は、それぞれ池田村渡船方の特定の家と特約を結び、その藩の渡船一切を指揮させていた。他の大名についての史料は乏しく詳細は不明だが、同じような特約を結んでいた大名は他にもあったと考えられている。大藩の通行ともなれば、供の人数も荷も膨大であり、渡船方は前もって日程の連絡を受け、大名一行が出府する月日が定まると早速村々へ伝え、到着前に川を渡りきれるよう準備を整えていたという。
特約を結んでいた大名からは、渡船賃の三割増しや二十人扶持といった優遇を受けることもあれば、目録や祝儀程度で済まされることもあり、その扱いは大名によってまちまちであった。特約自体は、渡船契約とは別枠の格別な取り決めであり、必ずしも大きな実入りにはならなかったとも記されている。
宝暦10年、仙台藩姫君輿入れの渡船目録帳
特に具体的な史料として残るのが、奥州仙台藩との特約である。仙台藩とその分家筋にあたる藩は、池田村渡船方の中田太郎右衛門・中田三左衛門親子と特約を結び、両藩の渡船一切を指揮させていた。宝暦10年(1760年)2月9日、京都の近衛家の姫君が仙台藩へ輿入れする際の大通行にあわせて作成された『渡船目録帳』の一部が資料に引かれている。中田太郎右衛門・中田三左衛門の名で作成されたこの目録帳には、御輿入れの大通行に際して高瀬船6艘、御召船の漕ぎ手の増員、水量の関係による増船などが具体的に記され、合計で金16両1分と銭6貫800文にのぼる費用がかかったことが記録されている。
目録帳には「是ハ当年出水殊ニ風強ク御座候ニ付増船也」とあり、その年はことのほか出水と風が強かったために船を増やしたという、現場の判断が書き添えられている。姫君の輿入れという格式高い通行にあわせ、天候にも細かく気を配りながら渡船を差配していた様子がうかがえる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 高瀬船 | 6艘(出水・強風のため増船) |
| 御召船 | 漕ぎ手増員2人 |
| 人足 | 5人増(出水風強のため増) |
| 作成者 | 中田太郎右衛門・中田三左衛門(池田村渡船方居番) |
| 合計費用 | 金16両1分と銭6貫800文 |
延享4年、福井藩通行の記録
紀州藩・仙台藩以外の大名通行の記録も残されている。延享4年(1747年)3月28日、越前福井藩・松平兵部大輔家の通行に際しての記録によれば、御下り両川昼(富田より池田へ)の渡しに小船22艘が用いられ、藤太夫・五兵衛の名で処理された費用は5両2分にのぼった。このほか例年御増金として5両が計上され、茶屋での接待費用なども別途記録されている。合計金11両1分2朱と銭150貫文余りが、この一度の通行にかかった費用として記されている。
『福井様御通覚帳』(元文5年/1740年)によれば、渡船数日前になると大名家から「御船賦(ふなぶ)」あるいは「御船割」と呼ばれる先調べの役目を担う者が数名派遣され、居番の家に宿泊して渡船準備が完了するまで滞在したという。仙台様の通行の場合、御役人衆は大船賦衆2名、大御番衆2名、下役1名、相役衆8名の計16名にのぼった。渡船準備の際には天候の具合が悪くなった場合に備え、綿密な計画を立てなければならなかった。例えば大水で渡船が中止になった場合は、浜松宿から見付宿まで急使を出して知らせる必要があり、夜越や風雨が強くなった時には、増船・増人足で対応しなければならなかったという。
大名の格式に応じて、渡船方は船を増やし、人足を増やし、時には夜を徹して備えた。特約という仕組みの裏には、天候と時間との絶えざる駆け引きがあった。
- 特約大名の主な例
- 紀州藩・尾張藩(御三家、特定の家と特約)/奥州仙台藩とその分家筋(中田太郎右衛門・中田三左衛門親子と特約)/越前福井藩(延享4年の通行記録あり)
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