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先触れから出発まで ── 見付宿の継立手順をたどる
先触の到着、御朱印の照合、人馬の割当、荷の積替え、次宿への引渡し。継立一件の手順をたどり、あわせて問屋場がいつからあったのかという論点を整理する。
見付宿の人馬割 ── 誰が何人・何疋を出したのか
間口2間の家が約2割、11間・13間は庄屋の家。伝馬役は表間口の間数で割り付けられた。171軒の分布と免除された家々から、負担配分の構造を読む。
本馬・軽尻・人足 ── 荷物に応じて変わる継立の単位
本馬234文、軽尻151文、人足117文。二つの区間で比率がほぼ一致することから、賃銭が「距離×単位係数」で組み立てられていたことが読める。
人足100人・馬100疋とは何か ── 見付宿の常備人馬を読む
百人百疋は実在の数か、負うべき義務の量か。読み方によって同じ数字の意味は変わる。見付宿の171軒という不変の枠から、定数という考え方の性格を読む。
見付宿の財政 ── 天保10年の勘定帳から読む宿場経営
天保10年の勘定帳を全頁照合し、歳入5区分、主要支出、天保11年と元治元年の変化、幕府助成と助郷の負担差から宿場会計を読む。
見付宿から天竜川へ ── 池田の渡船につなぐ人馬継立
東の袋井へ1里半、西の浜松へ4里半。賃銭を比べると距離比を1割強上回る。見付宿にとって天竜川が何であったかを、御定賃銭の数字から読む。
大通行が見付宿に来た日 ── 人馬・宿泊・助郷の総動員
文久2年の御上洛御宿割下帳は見付宿を1,083軒と数えた。宿泊の割り当て、寺の収容、助郷への触れ ── 行列が着く前から始まっていた総動員の実務を読む。
御用継立の実務 ── 証文・無賃・割増を見分ける
幕府は無賃、諸藩は御定賃銭、庶民は相対賃銭。同じ馬に三通りの値段がついた仕組みと、窓口で証文を照合した実務、そして割増率だけを動かす幕府の方式を読む。
馬をどう補ったか ── 見付宿の伝馬補充と馬持の負担
定数の馬と、その日歩ける馬は違う。補充の三経路、公定価格に縛られた収入と市場価格に連動した支出、そして秣場をめぐる争いから、伝馬を維持する仕事を読む。
見付宿の伝馬制 ── 人馬継立はどう動いたか
道中奉行と中泉代官という二重の支配、慶長6年から明治5年までの年表、そして宿駅制度をどう性格づけるかの学説を整理し、見付宿の人馬継立の全体像を示す。特集第2部の総論。
絵図で読む見付宿の周縁 ── 御伝馬自林絵図と御普請所絵図
御伝馬林と自林、御普請所と自普請所。二枚の絵図が描いた権利と義務の境界線から宿の空間を読む。
幻の大見付城 ── 家康が築こうとして中止した城と「古城郭二ヶ所」の記録
永禄12年に家康が築きかけ用水の関係で中止した大見付城と、明和7年差出帳が伝える宿内の城跡二ヶ所を読む。
伝馬賃銭のしくみ ── 御定賃銭・相対賃銭と幕末の物価騰貴
見付から浜松まで本馬234文、袋井まで69文。御定賃銭と割増、そして自由契約の相対賃銭という二つの価格世界を読む。
見付町 小字・地名資料 ── 宅地・畑・田の名が残す土地の記憶
見付町地名一覧を宅地・畑・田に分けて翻刻し、鐘鋳塚・元天神・城ノ腰などを本書の記述と結んで読む。
問屋場はどこにあったか ── 見付宿の心臓部と六枚の高札
天保13年の宿絵図から問屋場の位置と規模を復元し、人足部屋・馬小屋、六枚の高札、問屋の自宅事務の時代を読む。
見付宿の十一ヶ寺と二社 ── 朱印高191石の寺社世界
十一ヶ寺の宗派・本寺・朱印高・所在を天保15年の記録から一覧化し、堂庵の網と寺の勢力を読む。
遠江の宿駅はどう移り変わったか ── 平安から江戸への駅名変遷表を読む
猪鼻・栗石から橋本・池田・国府、そして見付へ。五時代の遠江宿駅変遷表を読み、名を変えて残った土地を追う。
火事・洪水・祭礼 ── 見付宿の災害史と天神祭の拝殿踊
見付宿の災害史年表、中川・加茂川の治水と橋の掛替普請、祇園と天神の祭礼、文化14年の拝殿踊順争いを読む。
中泉代官と見付宿の年貢 ── 安政3年の年貢割付を読む
中泉代官所の来歴と、今川氏以来の永高で計算された見付宿の年貢、附加税、御囲蔵の備荒貯穀を読む。
宿を動かした人々 ── 名主・問屋・年寄・組頭と伝馬役の負担
天保13年の名前帳に残る宿役人9名の顔ぶれ、問屋給米、間口で決まる伝馬役の負担を読む。