宿場で人馬を借りるとき、選べる単位は本馬・軽尻・人足の三つであった。『東海道遠州見付宿』(田中友次郎編著、1974年)が挙げる見付宿の御定賃銭も、この三区分で示されている。本稿では、二つの区間の賃銭を比べて賃銭表の組み立てを読み、さらに積載量の規定と突き合わせて、三つの単位が並立した理由を考える。
- 本馬は荷40貫目、軽尻は乗人1人と荷5貫目、人足は荷5貫目までとするのが制度一般の規定である。
- 見付宿の賃銭は、本馬を1とすると軽尻約0.65・人足約0.50。距離の異なる二区間でこの比がほぼ一致する。
- 積載量では8倍の差があるのに賃銭は2倍しか違わず、小口の荷では人足が有利になる設計であった。
- 表の額は正徳の元賃銭であり、実際の徴収額には割増が掛かる。また伝馬以外には適用されない。
三つの単位
宿場で人馬を借りるとき、選べる単位は三つであった。本馬(ほんま)、軽尻(からじり)、そして人足である。『東海道遠州見付宿』(田中友次郎編著、1974年)が挙げる見付宿の御定賃銭も、この三区分で示されている。
単位の分け方は、運ぶものの性質に対応していた。本馬は荷物を積んだ馬、軽尻は人を乗せるか軽い荷を積んだ馬、人足は人が担ぐ。ここで重要なのは、これが単なる料金プランの違いではなく、積載できる重量の規定を伴う制度上の区分だったことである。
| 単位 | 積載の規定(制度一般) | 用途 |
|---|---|---|
| 本馬 | 荷物40貫目まで | 重い荷、まとまった量の荷 |
| 軽尻 | 乗る人1人と荷物5貫目まで | 人の移動、軽い荷 |
| 人足 | 荷物5貫目まで | 小口の荷、荷の分割運搬 |
積載量の規定は近世宿駅制度一般に属するもので、児玉幸多『近世宿駅制度の研究』などが整理している。見付宿の史料でこの数値を確認したものではない。1貫目は約3.75キログラムであり、本馬40貫目はおよそ150キログラムにあたる。
見付宿の賃銭で比べる。 同書が挙げる見付宿の御定賃銭を、単位ごとに並べる。
| 区間 | 本馬1疋 | 軽尻1疋 | 人足1人 |
|---|---|---|---|
| 見付 ─ 浜松間(4里半) | 234文 | 151文 | 117文 |
| 見付 ─ 袋井間(1里半) | 69文 | 45文 | 35文 |
| 本馬を1としたときの比 | 1.00 | 約0.65 | 約0.50 |
賃銭は田中友次郎編著『東海道遠州見付宿』第一章による御定賃銭(正徳の元賃銭)。比は本稿で算出した。浜松間では151÷234=約0.645、117÷234=0.50。袋井間では45÷69=約0.652、35÷69=約0.507。
注目したいのは、二つの区間で比がほぼ一致していることである。軽尻は本馬のおよそ65%、人足はおよそ半額。距離が3倍違っても、単位どうしの比率は変わらない。つまり賃銭は「距離 × 単位係数」という形で組み立てられていた。基準となる本馬の額を区間ごとに定め、軽尻と人足はそこから一定の比率で導く ── そういう設計である。
重さで割ると、逆転が見える。 ここで、積載量の規定と賃銭を突き合わせてみる。本馬は40貫目、人足は5貫目。運べる重さは8倍の差がある。ところが賃銭は2倍しか違わない。
単位重量あたりの運賃に直せば、人足で運ぶことは本馬で運ぶことのおよそ4倍高くつく計算になる。逆にいえば、荷が重いほど馬を使うほうが圧倒的に有利であった。それでも人足という単位が制度として維持されたのはなぜか。考えられるのは、荷が40貫目に満たない場合、馬一疋を仕立てても運賃は変わらないため、小口の荷では人足のほうが安く済むという事情である。5貫目以下の荷を運ぶなら、117文の人足で足りる。234文の本馬を立てる必要はない。
つまりこの三区分は、荷の量に応じて費用が段階的に上がるように設計されていた。運賃表としてはきわめて実務的な組み立てである。ただし、以上は積載規定と賃銭の数値から導いた本稿の解釈であり、同書がこの設計意図を述べているわけではない。
賃銭表を読むときの注意
この表を他の史料と比較するときには、二つの落とし穴がある。
第一に、割増の有無である。御用継立の実務で見たとおり、ここに挙げた額は同書のいう「御定賃銭(いわゆる正徳の元賃銭)」であり、正徳年間(1711〜1716年)に定められた基準額である。同書は、文政2年(1819年)より2割増、同8年(1825年)より3割増、幕末には「六倍五割増」と記す。ただし最後の語義は徴収例を未照合のため、実額へ換算しない。帳簿に記された金額が基準額か割増後の実額かを確かめずに比較すれば、まったく別の数字を並べることになる。
第二に、適用範囲である。同書は「この御定賃銭ならびにその割増は伝馬以外には適用されない」と明記する。一般の旅人が支払ったのは相対賃銭であり、その相場は御定賃銭のおよそ2倍であった。上の表は、公用通行の価格表であって、街道を行く人が実際に払っていた額の代表値ではない。
単位ごとの賃銭が距離に応じて素直に決まっていたことについては、見付宿から天竜川へで述べたとおり例外もある。西の見付・浜松間は賃銭比が距離比を1割強上回っており、天竜川の渡河が織り込まれていたと考えられる。単位係数は一定でも、区間の基準額そのものには地形の条件が反映されていたことになる。
単位が示すもの。 本馬・軽尻・人足という三区分は、宿場を通っていた物と人の性格を映している。重い荷を積んで街道を行く商荷、馬に乗って移動する人、そして小口の荷を担いで歩く人足 ── 同じ街道の上を、まったく違う速さと重さのものが流れていた。
見付宿の人馬割で述べるとおり、問屋場ではこの単位ごとに人馬を割り当て、継立帳簿は何を記録したかで述べるとおり、その一件ごとを帳面に記した。単位の区分は、価格表であると同時に、記録のための分類でもあった。二百年後にこの街道の交通を数量的に読めるのは、当時の実務がこの三つの箱に すべて を分けて書き留めたからである。
計算を再現し、計算の限界も残す。 軽尻と人足の比率は、浜松間と袋井間の二つでほぼ一致する。ただし「距離×単位係数」は幕府の公式な算定式を発見したという意味ではなく、二つの料金表を比べた本稿の記述的な整理である。
| 比較 | 浜松間 | 袋井間 | 読めること |
|---|---|---|---|
| 軽尻/本馬 | 151÷234=0.645 | 45÷69=0.652 | 二表で約0.65 |
| 人足/本馬 | 117÷234=0.500 | 35÷69=0.507 | 二表で約0.50 |
単位重量あたりの比較にも条件がある。本馬40貫目・人足5貫目をいずれも上限まで積むこと、荷の積替えや馬士の費用を別に数えないことを仮定した試算である。現実の荷が上限未満なら結果は変わる。よって「人足は4倍高い」は制度上限からの試算であり、実際の取引一件の採算ではない。
更新履歴:2026年8月8日 初版公開。2026年8月9日 全面改稿。積載規定の表、二区間の賃銭比の算出、単位重量あたり運賃の比較を追加し、積載量の規定が制度一般であることを明示した。 2026年8月10日、学術記事スキルv5.1で再査読し、根拠範囲・比較表・検証課題を追記。