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磐田物語竜洋地区 / 天竜川河口のシラスウナギ漁とウナギ養殖の源流

竜洋地区の記憶 第七回 | 暮らし

天竜川河口のシラスウナギ漁とウナギ養殖の源流 ── 汽水域がもたらす大自然の恵み

冬の寒風吹きすさぶ天竜川河口で行われる「シラスウナギ漁」。淡水と海水が交わる極めて豊かな汽水域がもたらす水産資源と、遠州地方が世界に誇るウナギ養殖業の基盤を築いた漁師たちの歩みを検証します。

天竜川が太平洋と出会う河口部は、潮の満ち引きによって海水と淡水が絶妙に混ざり合う「汽水域(きすいき)」を形成しています。この豊かな環境は、冬の深夜に黒潮に乗って遡上してくるウナギの稚魚「シラスウナギ」の格好の捕獲場であり、遠州の豊かなウナギ食文化と養殖業を底辺から支えてきた極めて重要な産業の現場です。

本稿の要点
  • 汽水域が育む奇跡の生態系:天竜川が運ぶ山の栄養素と、黒潮の海の栄養素が交わる河口部は、シラスウナギをはじめとする無数の水産資源の宝庫です。
  • 闇夜を照らす伝統の掬い漁:冬から早春の深夜、漁師たちは小舟に乗り、川面をサーチライトで照らしながら、極小の網を使って手作業でシラスウナギを掬い上げます。
  • 浜名湖・遠州養殖業の絶対的供給源:ここで獲れたシラスウナギは、浜名湖や磐田平野の養殖池へと送られ、高品質な日本の養殖ウナギブランドの絶対的な土台となりました。

淡水と海水が交わる豊かな汽水域の生態系

天竜川の河口は、単に川が終わる場所ではありません。信州の深い山々から運ばれてきた有機物と、太平洋の巨大な潮流がせめぎ合い、日本でも有数の肥沃な汽水域(エチュアリ)を作り上げています。このエリアは、プランクトンが爆発的に発生するため、多くの魚介類が産卵し、稚魚が育つ「生命のゆりかご」となっています。

そのなかでも特別な存在が、ウナギの稚魚である「シラスウナギ」です。ニホンウナギは、日本から南へおよそ2,000キロメートル離れたマリアナ諸島付近の深海で産卵すると考えられており、そこで生まれた仔魚は黒潮に乗って海流を漂いながら日本沿岸を目指す。海流に乗ってはるばる数千キロを旅してきた透明なシラスウナギは、冬の寒さに乗じて、天竜川を登ろうと河口に集まってくるのである。

暗闇の川面を照らす伝統のシラスウナギ掬い漁。 シラスウナギ漁は、毎年十二月から翌年三月にかけての、極寒の深夜に行われます。漁のタイミングは、潮が満ちてくる「満潮」の前後です。新月の闇夜、天竜川河口の川面には、ポツポツと明るい光が灯り始めます。これは、小舟の船首に取り付けられた集魚灯の光です。

シラスウナギは光に集まる習性があります。漁師たちは、冷たい強風に耐えながら、光のなかに浮かび上がる、細い糸のように透明なシラスウナギ(体長約六センチメートル)を、繊細な手杁網(たもあみ)で素早く、かつ慎重に掬い上げます。指先が凍えるような過酷な状況のなかで、一匹ずつ手作業で集めるこの漁法は、熟練の直感と集中力を要する職人技です。

近年、シラスウナギの採捕は都道府県知事の許可制のもとで厳格に管理されており、静岡県内では例年12月1日から翌年4月30日までが漁期と定められている。また、令和2年(2020年)の漁業法改正により、シラスウナギは「特定水産動植物」に指定され、令和5年(2023年)12月の施行以降、密漁対策や資源管理がさらに強化された。乱獲や海洋環境の変化によりシラスウナギの漁獲量は年による変動が大きく、天竜川河口の漁師たちは、限られた資源と向き合いながら、伝統の漁法を今日まで守り続けている。

遠州のウナギ養殖を支えた稚魚供給の役割。 こうして天竜川河口で獲れたシラスウナギは、ただちに近隣の浜名湖周辺や、磐田市内の養殖農家へと買い取られていきました。ウナギは現代の科学技術でも「完全人工養殖」の商業化が極めて難しく、養殖を営むためには、野生のシラスウナギを捕獲して育てるしかありません。

浜名湖周辺のウナギ養殖業は、明治12年(1879年)に東京でウナギの養殖に初めて成功した服部倉次郎(はっとりくらじろう)が、明治30年(1897年)ごろから浜名湖周辺の調査を始めたことに端を発する。服部は東海道本線の車窓から浜名湖を見て、汽水湖であるこの湖がウナギの養殖に適していると直感したと伝えられ、明治33年(1900年)、浜名湖周辺に8ヘクタールにおよぶ養鰻池を築いて養殖を開始した。これが浜名湖におけるウナギ養殖の最初とされ、以後、浜名湖・天竜川河口一帯は、日本を代表するウナギ養殖地としての地位を確立していくことになる。養殖には浜名湖や天竜川河口で採取されたシラスウナギのみが用いられ、夏は露地池、冬はハウスで1年以上かけて育てるのが基本的な方法であった。

つまり、天竜川河口のシラスウナギ漁こそが、静岡県を「日本のウナギの代名詞」へと押し上げた真の源流だったのです。河口の厳しい自然と対峙し、深夜の冷たい水面を見つめ続けてきた竜洋の漁師たちの歩みは、地域の食文化と水産業の発展に計り知れない貢献を果たしました。

資源管理時代のシラスウナギ漁。 近年、ニホンウナギの資源量は世界的に減少傾向にあるとされ、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでも絶滅危惧種に分類されている。天竜川河口という一つの漁場の盛衰が、国際的な資源保護の議論とも直接つながっている点は見逃せない。天然のシラスウナギに依存する養殖業にとって、稚魚の減少は死活問題であり、静岡県をはじめとする各都道府県は、採捕期間の設定や許可制の徹底、密漁の取り締まり強化など、資源管理の取り組みを年々強めてきた。天竜川河口の漁師たちが守り続けてきた伝統の掬い漁は、こうした資源管理の枠組みのなかで、限られたシラスウナギを一匹たりとも無駄にしないという意識とともに、現在まで受け継がれている。かつては豊漁が当たり前であった河口の風景も、今では自然の恵みをどう次の世代へつないでいくかという、より重い課題と向き合う場になっている。集魚灯が照らす闇夜の川面は、単なる郷愁の風景ではなく、地域の水産業がこれからも存続できるかどうかを占う、現在進行形の現場でもあるのだ。

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主な参考資料

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