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磐田物語磐田の祭り / 掛塚まつり

竜洋地区 港と海の信仰

掛塚まつり

貴船神社

遠州の小江戸、湊の富が彫った屋台

竜洋10月第3土・日曜県指定無形民俗文化財(掛塚祭屋台囃子)市指定文化財(屋台・竹馬)

天竜川河口で廻船業に栄え「遠州の小江戸」と呼ばれた掛塚。その富が、総漆塗りに金箔、名工の彫刻と豪華な刺繍天幕で飾られた九台の屋台を生んだ。神輿の御渡を、屋台と京都流の囃子が供奉する。

確かなこと

  • 掛塚湊は、天竜杉の集散と遠州灘の風待港として室町後期から栄えた港町である。
  • 貴船神社は水を司る高龗神を祀り、廻船業者の崇敬を集めた。
  • 九町が屋台を曳き出す。屋台は総漆塗り・金箔押しで、諏訪立川流や名古屋彫長一門らの彫刻、刺繍天幕で飾られる。
  • 「掛塚祭屋台囃子」は静岡県無形民俗文化財である。屋台と「竹馬」は磐田市指定文化財である。
  • 神輿に元禄10年(1697年)銘の銅鏡があり、少なくとも江戸前期には祭礼が行われていたと考えられる。

伝承として扱うこと

  • 南北朝期、遠江沖で暴風に遭い白羽に漂着した宗良親王が当社の祭典に出会い、随員の中御門中納言某より公卿囃子が伝授された、という囃子の起源譚が語られる。
  • 公卿囃子の伝授譚は地域に伝わる言い伝えであり、史実として確認されたものではない。

編集メモ

宗良親王の囃子伝授は伝承であり、史実として確かなのは元禄銘の銅鏡が示す江戸前期以来の祭礼である。両者は分けて捉える。

祭りの一日

宵祭りは土曜夕刻、九台の屋台が貴船神社へ曳き込まれ、提灯に火が入る。本祭りは日曜、神輿渡御を中心に進み、竹馬が先導し、屋台と囃子がこれに供奉する。夜、屋台が再び境内に勢揃いし、御公卿囃子の余韻の中で祭りは終わりへ向かう。詳しい流れは「湊町の歴史と、いまの継承」で扱う。

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