確かなこと
- 掛塚祭屋台囃子は昭和45年(1970年)に静岡県指定無形民俗文化財となった。
- 編成は大太鼓1、小太鼓または締太鼓4、横笛2から3である。
- 保存会は昭和43年(1968年)に結成された。
- 掛塚祭「竹馬」は令和6年(2024年)4月26日に磐田市指定文化財となった。
- 竹馬は神輿渡御の行列の先頭を務め、江戸時代から東町、旧新田町が代々専属で担う。
場面で変わる囃子
掛塚祭屋台囃子は、京都の雅楽の影響を感じさせる、ゆったり荘重な曲調を持つ。曲は約8曲あり、場面ごとに使い分けられる。
- 馬鹿囃子は道中や引き回しの曲で、小太鼓の擬音から「テンテコ」とも呼ばれる。
- 入船囃子、出船囃子は神社への曳き込み、曳き出しに用いられる。曲名の「船」は湊町の記憶を残す。
- 神楽囃子は神輿渡御で御仮宮へ向かう道中の神聖な曲である。
- 御公卿囃子は全日程終了、帰町の際に奏され、祭りの余韻と哀愁を帯びる。
- ほかに大庭囃子、本囃子、道囃子が伝わる。
神を先導する竹馬
竹馬は、天狗、すなわち猿田彦の面を被り、長さ約3.6メートルの孟宗竹「バレン」を持つ。先端を細かく割った竹を、辻ごとに地面へ叩きつけ、穢れを祓いながら進む。
神馬を引き出す習俗と、ササラで道を清める習俗が融合した独特の形態とされる。行列は竹馬、社名旗、御塩、太鼓、唐破風屋根型の御神輿へと続く。
面によって視界は極端に狭く、二人の介添えが手を引いて進む。見る者には、個人の演技を超えた神懸かりに近い姿として映る。
精進潔斎と共同体
竹馬の役者には、厳格な物忌みと精進潔斎が求められる。祭り1週間前から早朝に天竜川で禊を行い、かつては遠州灘海岸で身を清めたとされる。
「竹馬の精進が足りなかった」と非難されることを避けるために過酷な掟が守られるという語りは、共同体が祭礼の神聖性を個人の身体規律に担保させてきたことを示す、と考えられる。これは考察であり、史実として断定するものではない。
編集メモ
屋台囃子は音の文化財であり、竹馬は行列の秩序と清めの文化財である。掛塚まつりは、豪華な屋台だけでなく、音と身体の所作によって神事として成立している。
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