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磐田物語磐田の祭り / 遠州福田まつり

福田地区 港と海の信仰

遠州福田まつり

六社神社

海の六柱に、「ソラヤレ」の声

福田10月第2土・日曜屋台20台超の統一行動祭り/福田/歴史

遠州灘に臨む漁師町・福田の氏神。綿津見三神と住吉三神、海を守る六柱を祀る。「ソラヤレ」の掛け声とともに屋台が曳かれ、二日目夜の中川通りには周辺を含め二十台を超える屋台が集結する。

確かなこと

  • 海上の安全と豊漁を祈願し、約400年前に始まったと伝えられる。
  • 六社神社は綿津見三神・住吉三神の六柱を祀り、その名はこの六柱に由来する。
  • 10月第2土・日曜に、法被姿の住民が「ソラヤレ」の掛け声で屋台を曳き回す。
  • 二日目夜、中川通りに周辺地区を含め20台を超える屋台が集まる統一行動が最大の見どころである。
  • 二日目には浦安の舞の奉納と餅投げが行われる。

伝承として扱うこと

  • 社の起こりは、京都東山の出という公卿・落合平右衛門が安芸の厳島神社から祭神を勧請したことに始まる、と伝えられる。
  • 屋台が激しくぶつかり合うさまから「けんか祭り」とも呼ばれる。これは祭りの通称であり、正式な神事の名ではない。
  • 笹を借りて病平癒を願う「お笹」など、海と水にまつわる民間信仰が祭りの周辺に伝わる。

海運の記憶と漁師町の現在

福田はかつて福田湊で海運に栄えた。近代に鉄道へ物流が移ると、町は鰹などの遠洋漁業へ生業を転換し、海に向き合う活力を保った。遠州福田まつりは、海運の記憶と漁師町の現在を同時に背負う祭りである。

編集メモ

享和3年(1803年)に社殿が再建されたと伝わる。明治期の「東屋台・西屋台」2台から町ごとの屋台へ発展し、戦時に一時2台まで減ったのち、戦後に各町が競って新造・修復し現在の規模になった。

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