家と屋敷のことば ── ほんや・しんや・在所・あいさ
字で見れば「本家」、声で聞けば「ほんや」。家の呼び名には、建物の形とは別の、人と家との関係が残ります。国研の回答にある「ホンヤ」「シンヤ」と、郡誌の「ざいしよ」「あいさ」を読み、家を表すことばをたどります。



「ホンヤ」と「シンヤ」は、質問を対にして読む
全国方言分布調査の磐田市地点には、「ほんけ(本家)」という質問に「ホンヤ」、「ぶんけ(分家)」という質問に「シンヤ」と答えた記録があります。二つは連続する質問項目L-41とL-42です。漢字だけで説明すると読みの特徴が見えにくいため、本資料室では原回答の片仮名を残し、辞典では「本家」の読みを「ほんや」、「新家」の読みを「しんや」と示しています。
| 調査の質問 | 磐田市地点の回答 | 出典 |
|---|---|---|
| ほんけ(本家) | ホンヤ | L-41/data-ID 35523 |
| ぶんけ(分家) | シンヤ | L-42/data-ID 36223 |
この回答を読んでまず分かるのは、標準語の質問が示した家の関係を、この地点ではどのような語で表したかということです。どの家がどの本家から分かれたか、何代前に分かれたか、祭礼や相続でどんな役割を担ったかまでは、回答欄には書かれていません。ことばがあることと、その土地の家の制度を詳しく説明できることは別です。語の意味から具体的な家系を推測してはいけません。
「新家」という字を見ると、最近建った新築住宅だと受け取る人もいるでしょう。しかしここでの質問は建物の築年を尋ねたものではなく、「分家」をどう言うかです。したがって「シンヤ」が記録されたというだけで、その家が新しい建物だったとは言えません。古い建物に住み続けていても、家同士の関係を表す呼び名が残る可能性はあります。具体的な継承関係は、その家や集落の資料で確かめる必要があります。
家の呼び名を聞き取る場では、漢字を先に決めて書くと、音の違いを消してしまうことがあります。まず聞こえた読みを記し、どんな相手を指して使ったかを尋ねる方法が役に立ちます。「あそこの家をそう呼ぶ」のか、「分家一般をそう呼ぶ」のかでも、記録の内容が違います。本人に表記を確かめられるなら、読みと漢字を別々に確認して残すと、後から読み直しやすくなります。
同じ語が他の地域にもあるかは、別の地点の回答を比べて調べる課題です。磐田市地点の一行が見つかったからといって、磐田だけの固有の語とも、市内で誰もが使う語とも言えません。ほんやとしんやの辞典項目には、こうした区別ができるよう出典の質問を添えています。古い家の聞き書きや屋号の資料と結び付ける場合も、語の一般的な意味と個別の家の来歴を分けて記します。
記録を読む際は、質問が家の建物を指しているのか、親族の関係を指しているのかも確かめたい。現在住んでいる家の新旧だけで「本家」「新家」を振り分けると、回答で語られている関係を取り違える可能性がある。
帰る場所と、家のあいだにある空間
1921年の『静岡県磐田郡誌』1246頁には、袋井町の「ざいしよ」が「さと」と説明され、原注に「實家」とあります。辞典の在所を読む際の歴史的な手掛かりです。「在所」は文字どおりの所在地という意味だけでなく、人が帰っていく家や土地を指すことがあります。ただし、この記録が示すのは袋井町で採録された語義であって、当時の磐田郡のどの村でも同じように用いられたという調査結果ではありません。
「在所へ行く」という作例を読むと、ある人にとっての生家や実家という関係が、ことばの中に入っていることが分かります。地図の住所は同じでも、誰の立場で話すかによって「在所」と呼ぶ相手の家が変わる場合があります。だから聞き書きでは、単に「実家という意味」と訳すだけでなく、誰が誰に向けて使った文だったかを残すと、暮らしの中の用法を読み取りやすくなります。公開の際には個人の住所や家族関係への配慮も必要です。
同じ郡誌1243頁には、袋井町の「あいさ」が「あひだ」、原注「間」として載っています。辞典では、たんすと壁のあいさに物が落ちるという場面を作例にしました。これは原資料に載った文章ではなく、意味を伝えるために編集部が作った例です。郡誌の短い語義をそのまま家庭の実景へ置き換えた記録、と誤解されないよう、絵札も作例の図として扱います。
家のまわりの「くろ」は、辞典では端・隅・へりを表す語として載せています。一方、今回抄録した郡誌の表や国研の二つの家の回答が、そのまま「くろ」の出典になるわけではありません。一つの解説記事で近い主題の語を並べても、資料の裏付けは語ごとに異なります。辞典の資料バッジは記事全体へ一括して付けず、原資料で照合できた語だけに付けています。
家の資料には、呼び名、敷地の区切り、道や水路との関係、そこで暮らした人の記憶など、複数の層があります。磐田の地名を調べるページと併せて読むと、名前から場所を探す場合にも、現在の表記だけでなく古い表記や由来を確かめる必要があると分かります。ただし、家の呼称と地名の語源が似ているからといって、同じ起源だと決めることはできません。似た音は比較の入口であり、結論ではありません。
身近な家のことばを記録するなら、「どういう意味ですか」に加えて、「どんなときに、誰が、誰に使いましたか」と尋ねると、短い辞典の説明からこぼれる場面が残ります。答えをすぐ標準語に直さず、本人が選んだ語形を残すことも大切です。その記録と公開資料を突き合わせれば、同じ形が記録されている部分と、家ごとの記憶として新たに確かめたい部分を分けられます。
「ほんや」「しんや」「ざいしょ」「あいさ」は、家を建物の種類だけでなく、人の関係、帰る先、物と物との間から語ることばです。今回は国研の回答と郡誌の記録があるところから読みました。個別の家の来歴や地区ごとの使い分けは、現物の資料と聞き書きを重ねて初めて具体的になります。
参考資料
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文字を拡大した際に絵札の列が画面幅へ収まるよう調整した。本文と画像は保持。