磐田物語
磐田物語磐田の祭り遠州福田まつり / 六社神社

遠州福田まつり特集|子ページ1

六社神社の由緒と、海の神々

海の主宰神と航海の守護神を六柱まとめて祀る。六社神社は、海に生きる福田の信仰を映す総鎮守である。

確かなこと

海の六柱

綿津見三神は海そのものを司る神であり、住吉三神は航海と水難除けの神である。福田の人びとがこの六柱を一つに祀ったことは、海上安全と豊漁を生活の根幹に置いていたことを示す。

六社神社は祭りの舞台であるだけでなく、福田の生業と地理を象徴する場所である。

明治の合祀と複合的な聖域

明治8年の合祀では、折口の道祖神社、水神野の水神社、福田湊川洲の厳島神社などが重ねられた。道祖神社の猿田彦命は陸上交通、水神社の弥都波乃売神は雨乞い、厳島神社の市杵島姫命は港口の守護に関わる。

この合祀によって、六社神社は海だけでなく、陸の交通、水利、港口を司る複合的な聖域になった。

鰹釣り船絵馬

拝殿内の鰹釣り船絵馬は、福田が海運の町から漁業の町へ力点を移していった歴史を象徴する。昭和8年の建立記録も伝わり、近代以降の漁業への誇りが神前に奉納されたものと読める。

伝承として扱うこと

創建は約400年前と伝えられるが、年代は伝承として扱う。中島神明宮の天武朝創建、老松山宗次寺の武田信玄ゆかり、塩新田公民館の力善右衛門手水鉢なども、地域説話として紹介するにとどめる。

以下は地域に伝わる言い伝えであり、史実として確認されたものではない。

編集メモ

綿津見は海そのもの、住吉は航海の安全である。明治の合祀で陸の交通神、水神、港口の弁天までが一つの境内に集まり、六社神社は福田という結節点そのものを映す聖域になった。

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