失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す
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磐田市防災訓練2026
東南海地震の記憶を読む

家庭の木の机に防災用リュック、懐中電灯、ラジオ、水、手袋、地図、古い郷土資料を並べ、地域の地震記録と備えを一緒に確かめる様子を表した生成イメージ
記事内容をもとに生成したイメージです。実在の訓練、被災状況、特定の地区や資料を撮影・再現したものではありません。

この記事は、磐田市の訓練案内を入口に、磐田物語の既存ページへ案内するものである。新しい史実をここで主張しない。訓練日は磐田市「防災訓練」により2026年9月6日に確認した。実施の完了、時刻、地区ごとの内容は、確認できた範囲を越えて書かない。

今日の防災訓練を、地区の地震記録へどうつなげればよいですか。

磐田市は2026年9月6日を総合防災訓練の実施日として案内している。まず自治会から届いた概要と安否確認の様式を確かめる。訓練後は、竜洋や田原など自分の地区に近い地震記録を一つ読み、家族で次に確認する場所を決めたい。

9月6日、公式案内で分かる範囲

磐田市の案内は、2026年9月6日の日曜日に「令和8年度 総合防災訓練(地域)」を実施するとしている。磐田市自治会連合会の統一訓練日に、毎年行う地域単位の訓練という位置づけである。ページの更新日は8月5日だった。

概要と実施報告書は7月16日付で各自治会長へ配布され、自主防災会長分も同封されたと市は説明する。安否確認シートの掲載例もある。ただし、自治会や自主防災会ですでに用意した様式があれば、そちらを使うよう案内している。

様式をダウンロードできることと、自分の地区で使えることは別である。組や班の区切り、確認する人、集めた紙の届け先は、掲載例だけでは決まらない。用紙を印刷する前に、届いている地区資料と見比べる方が手戻りは少ない。

意外だったのは、公式ページに開始・終了時刻と個別の訓練内容が載っていないことだ。避難、消火、避難所運営といった項目を、今回の訓練内容だと決めつけることはできない。市のページは入口であり、自分の地区の時間と集合方法は自治会資料で確かめる必要がある。

同じページには12月6日予定の「地域防災訓練」も別項目で掲載されている。名称が近くても、9月の総合防災訓練と混ぜない。画面を開いたら、まず日付と見出しを読む。この一手間で、別の訓練の説明を持ち込む誤りを避けられる。

良い点は、地区で動く日をそろえたこと

磐田市の総合防災訓練で評価したいのは、自治会連合会の統一日を置き、自治会と自主防災会へ事前資料を届ける流れが見えることだ。市の案内だけで完結させず、地区ごとの連絡と動きへ渡している。

安否確認シートを一律の正解にしていない点もよい。市の様式は一例とし、地区ですでに使っているものがあればそちらを使う。この扱いなら、名簿や組分けなど、地域ごとに違う段取りを無理に同じ形へ押し込まずに済む。

訓練は、読むだけでは分からない詰まりを出す。誰が声をかけるのか。紙はどこにあるのか。家を離れられない人の確認はどうするのか。同じ日に動くことで、自分の地区では何が足りないかを言葉にしやすくなる。

注文は、公式案内と地域の記録を結ぶこと

磐田市の訓練案内に対し、一市民として注文したいこともある。配布資料の名前だけでなく、地区の災害記録をどこで読めるかまで一段つながれば、訓練が年中行事で終わりにくい。歴史の説明を増やすのではなく、既存資料への入口を添える話である。

行政は敵でも味方でもない。良い点は、地区が動く日と事前資料をそろえたことだ。その上で、訓練後に地域の記録へ戻れる導線がほしい。私はこの順で評価する。先に欠点を並べるだけでは、すでに動いている自治会の手間が見えなくなる。

ここは言い切りたい。訓練は参加して終わりではない。家へ戻ってから、自分の地区の古い地震記録を一つ読む。そこで出た疑問を、次の家族の確認事項にする。その往復までできて、訓練が暮らしの段取りになる。

竜洋では土地と被害記録を分けて読む

「竜洋を襲った地震」は、宝永、安政、1944年の東南海地震を一つの地震史としてたどる。天竜川沿岸の低地という土地の成り立ち、掛塚や駒場に残る記録、数値を読む際の注意を分けている。竜洋地区で訓練する人が最初に開きやすい一編である。

同記事は、被害数が資料によって違う理由も説明する。掛塚の町場と駒場村では、数える範囲が違う。津波の高さや浸水範囲も、記録ごとの差が大きいとする。大きな数字だけを抜き出さず、どの場所を数えた値かを一緒に読む必要がある。

過去の被害分布を、現在の家一軒の危険判定には使わない。河川、道路、造成、建物は時代とともに変わる。歴史記事は「この地区で何が記録されたか」を知る資料であり、現在の避難判断は市の最新資料と地区の案内で確かめる。二つは役割が違う。

竜洋の記事が残す火鉢、屋根、避難先の記述は、訓練項目の答え合わせではない。体験者の記録が何を見ていたかを知る入口だ。現在の集合場所や安否確認方法は、自治会の案内と現地表示で別に確かめたい。

学校の記録から田原と竜洋を読み比べる

「東南海地震と竜洋の学校」は、1944年12月の地震を、戦時下の学校と学びの中断という視点から扱う。竜洋町の震度や具体的な被害数は、同ページが参照できた資料から確認できないとも明記する。分からない数字を残している点も含めて読みたい。

「田原の地震と戦争の記憶」は、1944年12月7日の揺れを学校で経験した児童の回想へ案内する。底本は『田原の史話』であり、校舎、教室、運動場、避難という場所に結びついた記憶を整理している。地区の記録は年表だけにあるのではない。

二つのページは地震の規模表記がそろっていない。このブログで値を一本化はしない。共通して確認できる発生日と、各ページが扱う記録の範囲を案内するにとどめる。数字を使うなら、元資料まで戻って確かめる余地が残る。

これは、同じ出来事を案内するサイトとして放置してよい差ではない。どちらかへ合わせる前に、各記事が参照した資料と公的記録を照合する必要がある。本記事では不一致を隠さず、本編を改訂するときの確認課題として残す。

学校は、子どもの記憶が残る場所であると同時に、現在は地区の集合や情報共有を考える場所でもある。ただし、過去の学校と現在の訓練会場を同一視しない。まず回想が示す場所を読み、現在の避難先は最新の地区資料で確かめる。

安政から東南海へ、同じ土地の別の記録をたどる

「安政東海地震と磐田」は、1707年の宝永地震、1854年の安政東海地震、1944年の東南海地震を、遠州で繰り返す地震の系譜として置く。訓練日の話を昭和だけで閉じず、さらに前の記録へ進む入口になる。

一方で同記事は、見付や中泉など内陸部の具体的な被害数を手元で確認できていない、と書く。史料が見つかっていない部分を、周辺地域の被害から断定しない。この留保は、地域の記録を読むときの境界線になる。

竜洋、田原、見付、中泉では、残る資料も語られ方も同じではない。自分の住所に一番近い記録が見つからないこともある。その場合は空白を想像で埋めず、隣接地区の記事を入口に、図書館や歴史文書館で資料名を確かめる。

訓練後に今日できる四つの確認

防災訓練と地域史をつなぐ作業は、四つに絞れる。自治会資料の見出しを読む。安否確認の紙がある場所を確かめる。地区に近い既存記事を一つ読む。最後に、家族で次に確かめる場所を一つ決める。

  1. 自治会資料で、時間、集合方法、安否確認の様式を確かめる。
  2. 玄関から持ち出す物と、紙の保管場所を実際に指で示す。
  3. 竜洋、田原、または磐田全体の地震記事を一つだけ読む。
  4. 避難先、家族への連絡、家の中の危険箇所から一つを選び、確認日をメモする。

メモは一枚でよい。「読んだ記事」「分からなかった点」「現在の情報を確かめる先」を三行に分ける。たとえば、田原小学校の回想を読んだ、当時の被害規模は未確認、現在の避難先は自治会資料で確認、と書く。過去の記録と現在の行動が混ざりにくい。

私は迷う。訓練の日に古い記録まで読むのは、参加者の負担を増やすだけではないか。ただ、記事を一つ読むだけなら、地域の役員へ新しい仕事を増やさずにできる。被害の数字より、どこで何が記録されたかを見る。それなら今日の行動へ戻しやすい。

全部を調べる必要はない。訓練の成果を、備蓄品の数だけで測らないことだ。自分の地区に残る一文を知り、次の確認先が一つ決まればよい。郷土史は答えを飾るためではなく、備えの問いを具体的にするために使える。

よくある質問

磐田市の総合防災訓練は何時からですか。

2026年9月6日朝に確認した市のページには、開始・終了時刻が掲載されていない。各自治会へ概要が配布されたと案内されているため、回覧、連絡文書、自主防災会からの案内で地区ごとの時間を確認したい。

安否確認は市のシートを必ず使いますか。

市が掲載する安否確認シートは一例である。自治会や自主防災会ですでに様式を用意している場合は、地区のものを使うよう市は案内している。自宅に届いた資料を優先し、用紙の保管場所と提出先を確認する。

東南海地震の地域記録は、どこから読めますか。

竜洋の土地と被害記録は「竜洋を襲った地震」、学校の視点は「東南海地震と竜洋の学校」、田原小学校の回想は「田原の地震と戦争の記憶」から読める。数値がそろわない箇所は、各記事の出典と留保も一緒に確認したい。

磐田物語を書いている大石浩之の肖像

大石浩之(磐田市/不動産業・宅地建物取引士)

静岡県磐田市で不動産と介護の仕事をしながら、郷土史の資料を読み、現地を歩いて書き留めている。研究者ではない。磐田物語を始めた理由ははじめにに書いた。

訓練の時刻、集合方法、安否確認、避難先は地区により異なる。磐田市、自治会、自主防災会の最新案内を確認してほしい。本記事は災害時の個別判断や、既存記事の出典を越えた被害像を示すものではない。

  • 初版公開。

この記事について

著者
大石浩之(富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役/磐田物語 運営者)
参考資料
佐口行正氏所蔵資料、磐田市・静岡県等の公開資料、現地確認、郷土史関連資料を参考にしています。記事ごとに主要な参考資料がある場合は、個別に追記してください。
作成方針
本記事は、資料をもとに、史実・地名・地理・時代背景を確認しながら、読みやすい地域史コンテンツとして再構成しています。誤りや補足情報がある場合は、運営者までお知らせください。