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磐田物語向陽地区 / 米塚古墳群
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米塚古墳群 ── 12基の円墳が連なる、寺谷・磐田原台地西縁の群集墳

県指定・史跡寺谷古墳時代中期(5世紀)昭和49年4月18日

磐田原台地の西縁、天竜川を望む寺谷に築かれた米塚古墳群は、12基の円墳で構成される群集墳である。中心的な古墳である米塚古墳は直径40m・高さ6mの2段築成で、幅7mの周濠を巡らせている。

何が残っているのか。 12基の円墳からなる古墳群。中心の米塚古墳は直径40m・高さ6mで、幅7mの周濠が巡り、2段に分けて盛り土されている。

なぜ価値があるのか

群として残ることで、台地上の墓域・集落・階層構造を考えられる。2号・3号墳は昭和44年に発掘調査ののち消滅、11号墳も消滅している。

どの歴史につながるのか

寺谷、磐田原台地西縁、古墳時代中期(5世紀)、隣接する銚子塚古墳・長者屋敷遺跡につながる。

公式情報の整理

文化財名
米塚古墳群
指定区分
県指定・史跡
種別
史跡
指定年月日
昭和49年4月18日
年代
古墳時代中期(5世紀ごろと考えられる)
所在地
磐田市寺谷(磐田原台地西縁)
構成
12基の円墳。中心古墳(米塚古墳):直径40m・高さ6m・周濠幅7m・2段築成。2号墳・3号墳・11号墳は消滅。
調査状況
発掘調査は未実施(2号墳・3号墳は昭和44年に発掘調査ののち消滅)。古墳内部の構造は不明。
所有者・管理者
要確認
公式情報
磐田市公式ページ

このページでは、規模・構成・指定年月日を、磐田市文化財課発行の現地案内パンフレットと磐田市公式情報に基づく事実情報として扱う。

入口になる語は「寺谷 / 磐田原台地西縁 / 群集墳 / 銚子塚古墳・長者屋敷遺跡」である。文化財名だけを見ると小さな点に見えるが、これらの語をたどると、築造された時代、伝えられた場所、守ってきた共同体、近現代に指定された意味が連続して見えてくる。

12基の円墳と、中心の米塚古墳

米塚古墳群は、12基の円墳で構成される古墳群である。その中心的な古墳が米塚古墳で、直径40m・高さ6mを測り、幅7mの周濠を巡らせている。墳丘は2段に分けて盛り土されていることが確認されている。また、墳丘上に礫(小石)が見られることから、葺石を施していた可能性がある。

発掘調査が行われていないため、古墳内部の構造は不明であるが、規模と外観の特徴から、古墳時代中期の5世紀に造られたと考えられている。米塚古墳群のうち、2号墳と3号墳は昭和44年(1969年)に発掘調査が行われたのち消滅しており、11号墳もすでに消滅している。現存する古墳群は、かつての規模より縮小した姿を今日に伝えている。

銚子塚古墳・長者屋敷遺跡との関係

米塚古墳群は、同じ磐田原台地西縁に所在する銚子塚古墳・小銚子塚古墳(k047)、長者屋敷遺跡(k038)と近接している。銚子塚古墳・小銚子塚古墳が古墳時代前期(4世紀後半)の大型古墳であるのに対し、米塚古墳群は古墳時代中期(5世紀)の群集墳であり、時代を追って台地の縁に有力者の墓や施設が営まれ続けたことがうかがえる。さらに時代が下ると、奈良時代の官衙的施設と考えられる長者屋敷遺跡がすぐそばに営まれる。台地の西縁という立地は、古墳時代から奈良時代にかけて、この地域における権力や統治の拠点であり続けたと読み取れる。

図解で見る関係

寺谷・台地西縁 所在地 米塚古墳群 12基・県指定史跡 5世紀 古墳時代中期 銚子塚古墳 4世紀後半・前期 長者屋敷遺跡 奈良時代・官衙的施設

年表として読む

時期できごとこのページでの扱い
4世紀後半隣接する銚子塚古墳・小銚子塚古墳の築造(古墳時代前期)。台地西縁での墓域形成の始まりとして扱う。
5世紀(古墳時代中期)米塚古墳群(12基の円墳)の築造。史実として扱う(規模・外観の特徴による年代推定)。
昭和44年(1969年)米塚2号墳・3号墳の発掘調査。調査後、両古墳とも消滅。11号墳も消滅。史実として扱う。現存しない古墳の記録として残す。
昭和49年(1974年)4月18日県指定史跡となる。史実として扱う。
現在磐田原台地西縁の遺跡群として、銚子塚古墳・長者屋敷遺跡とあわせて紹介される。公開範囲に配慮し、現地案内に基づき紹介する。

まち歩きでの読み方

米塚古墳群は発掘調査が行われていないため、現地で確認できるのは墳丘の形状と規模である。周辺の銚子塚古墳・小銚子塚古墳、長者屋敷遺跡とあわせて、磐田原台地西縁の遺跡群として歩くと、台地の縁という立地が古墳時代から奈良時代まで一貫して重視されてきたことが実感できる。

所有者・管理者がある古墳のため、見学の際は公開されている範囲を優先し、私有地への立ち入りは避ける必要がある。

関連リンク

参考資料・注記

確認状況:構成(12基)、中心古墳の規模(直径40m・高さ6m・周濠幅7m)、指定年月日、2号墳・3号墳・11号墳の消滅は、磐田市文化財課の現地案内パンフレットに基づく。所有者・管理者の詳細は磐田市公式で要確認。

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