壺棺墓、蔵骨器、火葬の痕跡は、一の谷で確認される葬送の方法が一つではなかったことを示します。このページでは、土に埋める墓とは異なる弔い方を整理します。
中世の葬送は一様ではありません。火葬、納骨、埋葬の違いは、信仰や時期の違いを考える材料になります。
壺棺墓と蔵骨器
壺棺墓は、壺を棺として用いる墓です。蔵骨器は、火葬後の骨を納める器として考えられます。どちらも、死者をどう扱うかについて、土壙墓とは異なる方法を示します。
一の谷でこうした痕跡が扱われることは、墓域の中に複数の葬送形式があったことを意味します。単純に「中世の墓」と一括りにせず、形式の違いを見る必要があります。
火葬の痕跡
茶毘跡は、火葬に関わる痕跡として整理されます。一の谷では茶毘跡五十八基という数値が示されており、火葬が一定の広がりを持っていたことがうかがえます。
火葬の痕跡は、宗教的な考え方や葬送の手順を考える手がかりです。ただし、誰がどのような理由で火葬を選んだのかは、資料だけでは断定できません。
弔い方の違いを見る
壺棺、蔵骨器、茶毘跡を土壙墓と比べると、一の谷では死者を送る方法が一つに固定されていなかったことが分かります。
この違いは、時代差、家や共同体の違い、信仰の違いなど、複数の可能性を考えさせます。大切なのは、形式の違いを分類名で終わらせず、見付に近い墓域で実際に多様な葬送が行われた点を押さえることです。
この地域の家・土地・空き家について
見付のように古くから町が続いてきた地域では、家や土地にも、古い道、町内、寺社、地形との関係が残っていることがあります。
相続した家、空き家、使わなくなった土地をどうするか考えるときは、価格だけでなく、その場所の成り立ちも含めて整理することが大切です。磐田市内の家・土地・空き家については、富士ヶ丘サービス株式会社までご相談ください。