失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す
磐田物語 / 遠州灘の砂丘・海岸線・防潮堤
海岸・防災 | 福田・竜洋

遠州灘の砂丘・海岸線・防潮堤 ──
令和の「静岡モデル」がつなぐ防災の記憶

遠州灘に面した福田・竜洋の海岸線は、砂と風とのたたかいの歴史そのものだった。明治以来の黒松防風林から、令和のいま完成に近づく防潮堤「静岡モデル」まで――砂丘という同じ舞台の上で、時代ごとに形を変えてきた防災の記憶をたどる。

遠州灘の海岸線という舞台

竜洋・福田の沿岸は、太古から砂と風にさらされてきた土地である。縄文海進期には汽水湖がひろがり、その後の砂丘形成によって海岸線の姿が定まっていった。この古代の海岸線の記憶については太古の竜洋と大の浦で扱っている。

先人の対策 ── 黒松防風林という知恵

飛砂に苦しんだ竜洋・福田の人々は、明治期以降、黒松の防風林を築くことでこれに対抗してきた。竜洋大砂丘の防風林については竜洋大砂丘と防風林の維持管理で、豊浜の砂丘については豊浜の砂丘と黒松防風林で、それぞれ詳しく扱っている。これらの防風林は、いまも保全活動が続けられている、地域が守り続けてきた財産である。

令和の防潮堤 ──「静岡モデル」という新しい対策

いま、遠州灘沿岸では、まったく新しい規模の防災事業が進んでいる。南海トラフ巨大地震で想定される最大クラスの津波から市街地を守るため、磐田市では「静岡モデル」と呼ばれる海岸堤防(防潮堤)の整備が進められている。この「静岡モデル」は、コンクリートの壁だけに頼るのではなく、既存の砂丘への盛土や海岸林の整備を組み合わせたハイブリッド型の防潮堤であり、明治以来の黒松防風林の伝統と、どこかで地続きの発想だといえる。

静岡県の「ふじのくに森の防潮堤づくり」は平成26年度(2014年度)に治山事業として始まり、令和元年度(2019年度)からは、すでに健全な区間でも機能強化のための整備が可能になった。磐田市の防潮堤は高さ14m、延長11kmという規模で計画され、令和8年度(2026年度)の完成を目指している。

竜洋地区の整備区間と進捗

竜洋地区では、天竜川左岸河口から竜洋海洋公園を経て、駒場海岸観光駐車場の地先までの約1.6kmの区間で、盛土による高さ14mの防潮堤が竜洋海洋公園と一体的に整備され、広葉樹などの植林も行われている。令和7年度(2025年度)には新たに3.3kmが完成し、完成延長は9.3km、全体の91.5%に達する見込みである。隣接する浜松市では2013年に着工し、総事業費は約330億円にのぼるとされ、遠州灘沿岸全体で進む巨大事業の規模がうかがえる。

古代縄文海進による汽水湖、その後の砂丘形成で海岸線が定まる(r018)。
明治期以降黒松防風林による飛砂対策(r010・f006)。現在も保全活動が続く。
2014年度〜静岡県「ふじのくに森の防潮堤づくり」開始。
2019年度〜健全区間でも機能強化整備が可能に。
2025年度磐田市内、完成延長9.3km(全体の91.5%)見込み。
2026年度高さ14m・延長11kmの防潮堤、完成予定。
史実と考察の区別
防潮堤の整備状況・年度・延長・高さは、磐田市・静岡県の公式資料で確認できる史実である。一方、「静岡モデル」の設計思想が明治以来の黒松防風林の伝統を継承したものだ、という見方は、地域史としての連続性を指摘する考察であり、公式にそう説明されているわけではない点に留意されたい。

主な参考資料

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この記事について

著者
大石浩之(富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役/磐田物語 運営者)
参考資料
佐口行正氏所蔵資料、磐田市・静岡県等の公開資料、現地確認、郷土史関連資料を参考にしています。記事ごとに主要な参考資料がある場合は、個別に追記してください。
作成方針
本記事は、資料の文章をそのまま転載するのではなく、史実・地名・地理・時代背景を確認しながら、読みやすい地域史コンテンツとして再構成しています。誤りや補足情報がある場合は、運営者までお知らせください。