失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す
磐田物語 / 磐田の高等学校史 / 1990年代の磐南

磐田・学校史資料

創立80周年記念誌に見る1990年代の磐南 ── 国際交流・自然科学・部活動

創立80周年記念誌は、創立70周年から80周年までの10年を「南高トピックス」としてまとめた。そこには、国際交流、自然科学研究、部活動の活気が並んでいる。

磐田南高校の近現代史を語るとき、旧制見付中学校、水泳、国分寺跡、SSH指定がよく挙げられる。しかし2002年刊行の創立80周年記念誌を読むと、SSH指定直前の1990年代にも、国際交流と自然科学研究、部活動が強く結びついた時期があったことが分かる。

本稿の要点
  • 平成4年(1992年)の創立70周年を機に、米国マウンテンビュー高校との姉妹校交流が始まった。
  • 1990年代には訪米・来校を通じて、授業参観、ホームステイ、日本文化紹介が行われた。
  • 生物部・自然観察部は桶ケ谷沼、天竜川下流中州、コアジサシ、トンボなどを題材に研究成果を重ねた。
  • 水泳・陸上・剣道・弓道・将棋・美術など、運動部と文化部の記録が同じ紙面に並ぶ。
  • 昭和45年設置の理数科、平成15年のSSH指定へ続く流れを、1990年代の活動から読み直せる。

創立70周年から80周年へ

創立80周年記念誌の巻頭部は、平成4年(1992年)の創立70周年記念式典と、米国カリフォルニア州マウンテンビュー高校との姉妹校提携から10年が経過したことを強調している。つまり記念誌は、単に80年の通史をまとめた本ではなく、70周年から80周年までの10年間を一つの時代として振り返る資料でもある。

この10年は、21世紀を目前にした時期だった。記念誌の挨拶文には、情報化、国際化、学校週5日制、「総合的な学習」、新教科「情報」といった言葉が並ぶ。磐南が自分たちの伝統を語ると同時に、新しい教育環境へどう向かうかを意識していたことが読み取れる。

マウンテンビュー高校との交流

記念誌の「この10年 南高トピックス」には、マウンテンビュー高校との交流が繰り返し現れる。平成4年に姉妹校提携が結ばれ、翌平成5年には第一回訪問としてロサンゼルス、マウンテンビュー、ヨセミテ、スタンフォード大学、サンフランシスコなどをめぐる日程が記されている。ホームステイ、授業参観、歓迎会、日本文化の紹介も行われた。

平成6年にはマウンテンビュー高校生徒の初来日が記録され、平成7年以降も訪問が続く。平成10年には来校、平成11年や平成13年にも訪問記録が見える。交流の内容は観光だけではない。授業を見て、家庭に滞在し、文化祭や学校行事と接続し、相互の学校生活に触れる形だった。

この交流は、現在の国際理解教育の前史として読むことができる。創立80周年記念誌は、国際交流事業を教育内容の中に位置づけ、10年の成果を確認する節目としたいと述べている。学校の伝統を守るだけでなく、外の世界へ開くことが、1990年代の磐南にとって大きなテーマだった。

自然科学研究の厚み

同じ時期のトピックスで目立つのが、生物部・自然観察部の活動である。平成4年度には桶ケ谷沼でのタヌキモ調査、平成5年度には桶ケ谷沼と周辺地域のアカトンボ類の研究、野外活動部によるコアジサシに関する研究が見える。平成10年度以降には、自然観察部が天竜川下流中州に繁殖するコアジサシの生態、冠水による繁殖のやり直し、卵温調節などを扱った記録が現れる。

生物部についても、日本学生科学賞の県審査や中央審査の記録が複数残る。トンボ釣りの分析、トンボ類の研究、桶ケ谷沼をめぐる調査など、地域の自然環境を対象にした研究が多い。磐田南高校の理数教育は、教室の中だけで完結したものではなく、桶ケ谷沼や天竜川下流という地域のフィールドに出ていた。

この流れは、昭和45年(1970年)に全日制理数科が設置されたこと、平成15年(2003年)にSSH指定を受けることと接続して読める。記念誌の福田氏インタビューでは、理数科での学びや生物観察、数学への興味、伊豆での合宿の思い出が語られる。SSH以前から、理数科と自然科学活動は学校の性格を形づくっていた。

部活動と文化活動が同じ紙面に並ぶ

記念誌は、運動部と文化部を分けて序列化するのではなく、同じ「南高トピックス」の中に並べている。野球部の県大会4強、陸上部の全国高校総体出場、水泳部の国体・東海総体、バドミントン、剣道、弓道、山岳、卓球、サッカー、将棋部、美術部など、多様な部活動が記録されている。

文化面では、読書感想文コンクール、英語スピーチコンテスト、文学部の文芸コンクール、ホームページ開設、社会講座なども出てくる。平成10年度のページには、南高ホームページ開設や社会講座が記録されており、情報化時代への入口が学校生活に入り始めたことが分かる。

こうした記録は、一つ一つの大会成績を暗記するためのものではない。学校がどんな活動を価値あるものとして記念誌に残したかを見る資料である。運動部の全国・東海大会、自然科学の研究、国際交流、読書や芸術活動が同じ紙面にあること自体が、1990年代の磐南の自己像を示している。

はぐまの名が示す連続性

記念誌の冒頭には、エンシュウハグマと校章の説明がある。はぐまの校章は昭和23年に提案・図案化されたものとされ、遠州を中心に地道で力強く発展する願いを込めたと説明されている。平成の国際交流や自然科学研究を読むときにも、この「はぐま」の象徴は背景にある。

はぐま祭、はぐま会館、校章、記念誌のデザイン。これらは、見付中学校以来の旧制中学の記憶と、戦後の磐田南高校の記憶をつなぐ言葉である。1990年代のトピックスは新しい活動に満ちているが、それらは伝統から切り離されたものではなく、学校が自分たちの象徴を持ちながら外へ開いていく過程だった。

親記事との関係

このページは、磐田南高等学校の歴史のうち、創立80周年記念誌が詳しく伝える1990年代に焦点を当てた深掘りである。親記事ではSSHとはぐま祭を通史の中で短く扱うが、ここではSSH直前の国際交流、自然科学研究、部活動を一つの時代として整理した。

資料を読む限り、この10年は「進学校」という言葉だけでは説明できない。地域の自然を調べる、海外の高校と交流する、部活動と文化活動を積み上げる、ホームページや社会講座に取り組む。そうした多方向の活動が、21世紀初頭の磐南像を準備していた。

テーマ記念誌に見える内容読みどころ
国際交流マウンテンビュー高校との姉妹校提携、訪米・来校、ホームステイ、授業参観、日本文化紹介。国際理解教育を学校行事と接続していた。
自然科学桶ケ谷沼、天竜川下流中州、コアジサシ、トンボ、タヌキモなどの研究。地域の自然が理数教育のフィールドになった。
部活動水泳、陸上、剣道、弓道、将棋、美術などの大会記録。運動・文化・研究をまとめて学校の記憶にしている。
情報化南高ホームページ開設、社会講座、新教科「情報」への意識。21世紀型の学びへ向かう前段階が見える。
理数教育理数科卒業生インタビュー、生物観察、数学への興味。SSH以前から理数探究の土台があった。

更新履歴:2026年7月12日 新規公開。

参考資料

地域の学校史や土地の記憶は、家・土地の背景整理にもつながります。

家・土地・空き家の整理について相談する