何が残っているのか。 掛塚に伝わる市指定無形民俗文化財で、祭礼の中で継承される竹馬に関わる民俗である。
掛塚祭竹馬
掛塚祭の竹馬から、天竜川河口の湊町文化を読む。
なぜ指定されたのか
掛塚祭の町内文化、屋台・囃子・子どもや若者の参加、湊町の共同性を伝える点に価値がある。
どの歴史につながるのか
掛塚、祭礼、天竜川河口、湊町文化、県指定の掛塚祭屋台囃子につながる。
公式情報の整理
- 文化財名
- 掛塚祭竹馬
- 指定区分
- 市指定・無形民俗文化財
- 種別
- 無形民俗
- 指定年月日
- 令和6年4月30日
- 所在地
- 掛塚
- 保存団体・管理者
- 要確認(伝承では掛塚東町が担うとされる)
- 公式情報
- 磐田市公式「無形民俗文化財」
このページでは、文化財名・所在地・指定年月日を磐田物語の指定文化財一覧および磐田市公式「無形民俗文化財」へのリンクに基づく事実情報として扱う。竹馬を担う町内の運営体制の詳細については公開情報の再確認が必要なため、断定せず「要確認」として残した。
入口になる語は「掛塚 / 祭礼 / 天竜川河口 / 湊町文化」である。無形民俗文化財は、形のある建物や資料と違い、所作、音、供え物、巡行、家や町内の役割、世代間の受け渡しによって残る。だからこそ、行事名だけでなく、どの集落で、どの神社や道筋と結びつき、どの季節に何を願ってきたかを読む必要がある。
掛塚祭竹馬は、掛塚の貴船神社例祭「掛塚まつり」において、神幸行列の先頭を歩む役どころである。天狗の面をかぶり、竹でできたササラ状の道具を手にした若者が、猿田彦になぞらえられる存在として、辻ごとに地面を打ち鳴らしながら道を清め、行列が通る道筋の穢れを祓っていく。この役を「竹馬」と呼び習わし、江戸時代から掛塚九町のうち東町が一貫して担ってきたと伝わる。新しい馬を引き出す習俗と、ササラで渡御の道を清める習俗とが一体になった珍しい形の祭礼行事であり、令和6年(2024年)4月30日に磐田市の無形民俗文化財に指定された。
土地と行事から読む
集落の中で続く文化財
掛塚祭竹馬を読むうえで最初に確認したいのは、掛塚という場所の性格である。豊田の天竜川沿いの集落、豊岡の山麓と川筋の集落、掛塚の湊町では、それぞれ祭礼や年中行事の成り立ちが異なる。行事はただ保存されているのではなく、集落の道、神社、家並み、田畑、川や港との関係の中で続いてきた。
掛塚、祭礼、天竜川河口、湊町文化、県指定の掛塚祭屋台囃子につながる。 これは、文化財そのものの価値に加えて、共同体が何を大切にしてきたかを読むということである。食を供える行事、盆の念仏、湊町の祭礼芸能は、どれも日々の暮らしと信仰が分かれていなかった時代の記憶を残している。
史実・伝承・推定を分ける
市指定であること、文化財名、所在地、指定年月日は事実情報として扱える。一方、江戸時代から東町が竹馬役を担ってきたという由来には地域伝承が含まれることがある。さらに、地形や旧村、神社、周辺行事との関係から読み取る内容には推定が含まれる。このページでは、公式情報、伝承、独自考察を混ぜず、後から資料確認で更新できる形にしている。
無形民俗文化財の記録で大切なのは、行事を珍しいものとして眺めるだけでなく、準備、担い手、道具、食、音、巡行路、集落の境界を一体で見ることである。掛塚祭竹馬も、掛塚、祭礼、天竜川河口という複数の入口から読み直すことで、磐田の暮らしの歴史に位置づけられる。
掛塚まつりという祭礼全体の中での竹馬の位置
掛塚祭竹馬が組み込まれている掛塚まつりは、毎年10月の第3土曜・日曜に、掛塚の貴船神社で行われる例祭である。天竜川の河口に開けた掛塚は、近世から近代にかけて、天竜川上流から運ばれる木材やその他の産物を扱う「掛塚湊」として栄えた歴史を持つ湊町である。掛塚まつりでは、掛塚地区の9つの町内それぞれが屋台を持ち出し、絢爛豪華な屋台が町を練り歩く。屋台に付随する掛塚祭屋台囃子は静岡県指定の無形民俗文化財であり、屋台そのものも磐田市の有形民俗文化財に指定されている。竹馬は、こうした屋台や囃子とは異なり、神輿の渡御そのものに先立って道を清めるという神事の中核を担う役どころであり、掛塚まつり全体の宗教的な骨格を支える存在といえる。
湊町として栄えた掛塚では、廻船問屋や材木商が経済の中心を担い、その富が祭礼の屋台や装束に反映されてきたと考えられている。竹馬という一見地味な役どころが、屋台の華やかさとは対照的に、東町という特定の町内によって代々受け継がれてきたことは、湊町の中でも町内ごとに異なる役割分担が祭礼の中に組み込まれていたことを示している。
図解で見る関係
年表として読む
| 時期 | 見るポイント | このページでの扱い |
|---|---|---|
| 成立時期 | 行事の起源や伝承は資料確認が必要。 | 断定を避け、地域で伝えられてきた記憶として扱う。 |
| 近世から近代 | 神社、村、講、町内、家の役割が行事を支える時期。 | 旧村・集落・道筋との関係を読む。 |
| 市指定 | 保存継承の必要性が制度上確認された段階。 | 指定年月日は要確認として残す。 |
| 現在 | 担い手、記録、公開、継承の課題。 | 地域の記憶として更新できる読みものにする。 |
まち歩きでの読み方
無形民俗文化財は、行事当日だけを見ても全体像をつかみにくい。普段の神社、集落の道、川や田畑、港や山麓の位置を見ておくと、なぜその場所でその行事が続いてきたのかが見えやすくなる。
見学や撮影は、保存団体、神社、町内、地域住民のルールを優先する必要がある。文化財を記録することは、担い手の負担を増やすことではなく、地域が守ってきた秩序を尊重しながら次世代へ伝えることである。
関連リンク
参考資料・注記
- 磐田市公式ウェブサイト「無形民俗文化財」該当ページ。
- 磐田市教育委員会教育部文化財課「いわた文化財だより 第230号」(令和6年5月1日発行)。
- 磐田物語「磐田市の指定文化財一覧」c021。
- 磐田市文化財保存活用地域計画および関連する郷土史資料。
- 本文では、公式情報を事実情報、地域伝承を伝承、地形・道・周辺文化財からの読みを独自考察として分けて扱った。
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