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本編の読み解き

津波防災の日はなぜ11月5日?磐田の地震記録と読み比べる

遠州と紀州の地震記録を読み比べる様子を表した、二冊の白紙の帳面と小石、稲わら
記事内容をもとに生成したイメージです。実在の史料・施設・調査現場の写真ではありません。

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津波防災の日はなぜ11月5日なのですか?

旧暦11月5日、安政南海地震の津波が紀州広村を襲った際、稲むらに火をつけて村人を高台へ導いた故事にちなみます。磐田の本編にある旧暦11月4日は、遠州を襲った安政東海地震の日です。二つの日付は、別々の地震を指しています。

大石浩之(磐田市/不動産業)です。磐田物語の地震の記事と国の広報資料を開き、そこに記された月日を読み比べます。

広村で火をつけた「稲むら」とは

稲むらとは、刈り取った稲わらを屋外に積み重ねたものです。内閣府広報誌「特集 津波防災の日」は、紀州藩広村(現在の和歌山県広川町)で濱口梧陵がその稲むらに火をつけ、逃げ遅れていた村人を安全な場所へ導いたと説明しています。暗いなかで避難する人に、どちらへ向かえばよいかを知らせた火でした。

同誌がこの出来事に添えているのは、旧暦11月5日と太陽暦の1854年12月24日という二通りの日付です。現在の記念日に残ったのは、当時の暦で数えた月日です。冬の出来事がなぜ今のカレンダーでは11月に出てくるのか。広報誌の括弧内の太陽暦表記まで読むと、その疑問がほどけます。

中央防災会議が2026年10月9日に決定した文書では、第1節に11月5日を「津波防災の日」と定めた経緯があり、第3節には過去の災害の体験談を伝える機会を設けることが挙げられています。そこで磐田で読める記録を一つ開いてみます。

磐田の本編に出るのは前日の地震

「安政東海地震と磐田」の冒頭には、嘉永7年11月4日、西暦1854年12月23日の朝とあります。本編の舞台は遠州です。広村の話と一日ずれますが、暦を換算してもこの一日の差は残ります。遠州の記録が指す地震の名は「東海」、広村の避難を伝える資料が挙げる地震の名は「南海」です。

では、その朝を竜洋で生きた人の話はどこにあるのでしょう。「竜洋を襲った地震」の『一代咄』の節は、駒場村の石川多喜蔵が自らの生涯を書き残した体験記を紹介しています。地震の名だけを追っていた目が、ここでは火鉢の火を気にする祖父や、屋根を切り抜く隣人の姿に向きます。広村の稲わらと竜洋の火鉢。同じ「火」の字でも、別の場所の、別の場面です。

『一代咄』を案内する言葉も本編ごとに少し違います。磐田全体を扱う記事では掛塚の記録として紹介され、竜洋の記事では駒場村と書き手の名が出てきます。私は、短く紹介しようとするときほど、地名を一つにまとめてよいか迷います。今回はそれぞれの表記を残します。地名だけから、揺れた瞬間に筆者が立っていた場所までは決められません。

日付の隣に何を書くか

私なら、日付を写したその場で、隣に地震名と地名を書きます。「安政の地震、11月」と一行に縮めると、後で資料を開き直さなければ広村の話か遠州の話か分かりません。家族に磐田の記録を手渡すなら、次の二行で足ります。

  • 旧暦11月4日(太陽暦12月23日)――安政東海地震。遠州の揺れは磐田物語の本編へ。
  • 旧暦11月5日(太陽暦12月24日)――安政南海地震。紀州広村の避難は内閣府の広報誌へ。

紙幅が足りなければ、日付の後ろの出典名だけでも残したいところです。月日の換算に迷ったときは、磐田の行事記録から旧暦と新暦を読み分ける記事も入口になります。ここで使った換算は、各資料が併記した日付です。別の年や別の行事にそのまま当てはめることはできません。

よくある質問

11月5日は、現在の暦でも広村に津波が来た日ですか?
広村を襲った安政南海地震の日付は当時の暦で11月5日です。内閣府の広報誌は太陽暦の12月24日を併記しています。今のカレンダーにある「津波防災の日」は毎年11月5日。記念日の月日と、出来事を太陽暦に換算した月日を分けて読むと、二つの資料を見比べられます。
掛塚の本編に出てくる11月4日は、どちらの地震ですか?
磐田物語の「安政東海地震と磐田」が扱う、遠州を襲った安政東海地震の日です。記念日の由来を説明するときの安政南海地震はその翌日です。どちらにも「安政」が付きます。人に伝えるメモでは「東海」「南海」まで書くと、どちらの土地の話かを後から確かめられます。
竜洋に伝わる体験記『一代咄』はどこから調べられますか?
本編「竜洋を襲った地震」の『一代咄』の節から入れます。同じページの末尾に、参照した資料と体験記の所蔵についての記載があります。本文の説明を自分の言葉で紹介する場合は本編を出典にし、体験記の言葉をそのまま引きたい場合は、該当する原文を確かめるところから始めます。

出典と確認範囲

大石浩之

大石浩之磐田市/富士ヶ丘サービス株式会社 代表/不動産業・宅地建物取引士

磐田市で不動産・介護事業を営みながら、地域の歴史・地名・寺社・暮らしの記録を調べています。磐田物語では、公開資料と現地情報を確認しながら、地域の記憶をWeb上に残しています。

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