磐田物語

若宮八幡宮(郷社)祭典|詳細1

若宮八幡宮の由緒と郷社の成り立ち

中嶋村の気神から、明治の合祀と森下への遷座、旧井通村という地域の母体までを整理する。

確かなこと

中嶋村の気神から郷社へ

若宮八幡宮の前身は、豊田郡中嶋村に鎮座した有力な気神として語られる。明治初年、浜松県下で進められた神社整理の中で、周辺の社が統合され、郷社として位置づけられた。

森下の現在地は東海道沿いに近く、周辺の村から集まりやすい場所であった。郷社化は単なる社名の変更ではなく、複数の集落が一つの社を共有するための近代的な再編であった。

祭神三柱

大雀命は仁徳天皇、誉田別命は応神天皇、息長足姫命は神功皇后にあたる。若宮八幡の名は、応神天皇の御子神を祀る信仰と関わる。

旧井通村という母体

明治22年に17か村が合併して井通村が成立した。この「17」というまとまりは、今日の豊田南17地区、17台の屋台という祭礼の単位にも重なる。

資料の揺れ

統合された社や村の数は、資料により「28社」「28か村」「29か村」と揺れがある。本ページでは断定を避け、「およそ二十数社」「資料により二十八から二十九」と表記する。

郷社列格についても、明治6年と明治7年が前後して語られる。本文では、明治6年に郷社へ列格し、前後して近隣の社が合祀された、と幅を持たせる。

主な参考資料

一次・準一次資料

未確認・今後の確認先

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